3.身元保証?
そうか、これが「ある程度の後ろ盾」ということだな。
それならそうと言ってくれればいいのに。
なるほど。
つまり、仕事につくためには、まず公的な身分証明をしておく必要があるわけか。
自分でもうかつだったけど、今の俺って不法入国した外国人みたいなものだ。
厳密に言えば不法ではないけれど、公的な身分がないから、働こうとしてもアンダーグラウンド的なものしかないだろう。
そのために、マルトさんは俺の「適性検査」を行うための後ろ盾になってくれたわけか。
だからギルドなのか。
ハロワじゃなくて。
「すみません。そのあたりのこと、全然判らないんですが、そもそもギルドとか適性検査って、どういうことでしょうか」
恥はかき捨てだ。
どうせ、ハスィーさんみたいな美女とは今後縁がないんだから、ここで出来るだけ情報を聞き出しておくことにする。
美人過ぎると、お相手して貰いたいという欲望すら起こらないからな。
ハスィーさんは、ちょっと頷いて言った。
「失礼しました。異世界人とすれば、ここのことについておわかりにならないのは当たり前ですね。では、簡略ですが説明させて頂きます」
凄いね、ハスィーさん。
ちょっと歳が判らないけど、これだけ丁寧な対応が出来るって、かなり優秀なサラリーマンと言えるぞ。
ギルドだから組合員か。
「お願いします」
「それでは、と。まず、ギルドですが、基本的にはこの街で行われるすべての労働行為に対して責任を負う機関です」
え?
「あの、それってお役所ということですか?」
「YakUUSHO? ああ、そうですね。ちょっと意味がとれませんでしたが、そのような機関がそちらにはあるのですか。なるほど。異世界の方との意思疎通って、こういうことですか」
ハスィーさん、俺の言った「役所」が理解できなかったらしく、聞き返してきた後に自分で納得していた。
うん、魔素による意思疎通って、実に便利だ。判らないことは判らないと、すぐに判る。
「ギルドって、そういうことをするんですか」
「ギルドをすんなり理解されているところをみると、そちらの世界にもギルドがあるのでしょうか。どうやら、こちらのギルドとは役目が違うようですが」
話が進まないなあ。
つまり、ハスィーさんが言っているギルドと、俺の理解しているギルドには微妙な差があるわけだな。
だが、まったく違うというわけではないし、おそらく共通している機能が多いのだろう。だから、ハスィーさんの言葉を俺は「ギルド」と認識したわけだ。
でも、俺の知識におけるギルドって、ラノベの奴だからなあ。そんなものが本当にあるとは思ってなかったし。
いやいや、確か高校の歴史で習ったような気がするけど、もともとはギルドってヨーロッパの石工の職人組合として出来たんだっけ?
それをゲームの冒険者の管理機関みたいなものにしてしまっただけで、ルーツはまさにこの世界の労働者管理組織に近いのかもしれない。
「とりあえず、ギルドについてはおいおい説明するとして、まず適性検査ですが、これについてはおわかりになりますか?」
今気づいたけど、ハスィーさんの言葉って凄く丁寧というか、敬語混じりだよな。
言葉自体が敬語というよりは、それに込められたハスィーさんの意志というか態度が敬語なのだろう。
だから、俺にはハスィーさんの言葉が敬語として聞こえるわけだ。
これは、どうなのか。
俺のサラリーマンとしての常識で言えば、まったく関係がない組織の人や、取引先の顧客と話す場合、相手がどんな地位や立場でもこっちは敬語だ。
コンビニやファミレスに行った時に、店員やウェイトレスさんが敬語で話してくれるのと同じで、それは相手が店長でも一緒だ。
お互いの立場に関係がないからこそ、相手に敬語で話すことで、取引を円満に行うべく地ならしをしているのだと思う。
まあ、その辺りは新人研修では習わなかったから、本当にそうかどうかは判らない。だけど、俺が顧客とのやり取りの中で経験したものだから、多分正しいだろう。
やっぱり、初めて会う人にタメ口で話されたら不快だよね。
だから、ハスィーさんが徹頭徹尾敬語なのは、俺という客に対する正しい態度ではあると思うんだが、それは俺が客として扱われている場合だ。
例えば、俺はそのつもりでここに来たけど、求職者としての立場だったらどうなのか。
バイトの面接や就活では、まず間違いなくこっちの立場が低いから、向こうは敬語なんかあまり使わない。使う人もいるけど、少数派だ。
俺が求職者なら。
役所に何かの手続きをしにいくと、やはり役人は敬語で話してくる。こっちが客だからだ。ということは、ギルドってのはお役所的なものなのかもしれないな。
「いえ、その辺りもまったく判りません」
「そうですか。では、簡単に説明させて頂きます」
こんな美人に丁寧に扱われると、何か誤解というか、変な気持ちになりそうだな。
それにしてもラノベ的な美人がギルドからやってくるとか、やっぱここってアレなんじゃないのか?
俺って主人公?
「適性検査は、対象者がこの土地において正常な生活活動を営めるかどうかを確認するためのものです。
検査方法としては、主にギルドの担当者による聞き取り調査になります。
検査の結果、問題なしと判明すれば、仮の居住許可と労働許可が発行されます」
やっぱ役所だった。
ギルドっていってるけど、これって労働監督署の仕事だよね? それも移民とか出稼ぎ労働者とかの、一般市民じゃなくて、市民権を持ってない人に対する確認だろう。
うちの会社でも、契約社員として外国の技術者を使っているけど、その人たちと話したところでは、外国人が日本で働くには労働ビザというものが必要なのだそうだ。
ハッサンや兆さんは、結構優秀な技術者だから割と簡単にビザがとれたんじゃないかと思って聞いてみたら、基本的には技術とか能力と労働ビザにはあまり関係がないらしい。
いや、もちろん専門技能がなければそもそも労働ビザが降りないと言っていたけどな。問題は、IT技術者として優秀な経歴や資格を持っていても、それだけでは日本で働けないということで、何が足りないのかというと信用だそうである。
まあ、判る気はする。
優秀な人だから信用できるかというと、違うもんな。政治家や大企業のトップが脱税とか汚職とかやるし、まあそれは日本人だからいいとしても、外国人はなあ。
戸籍や市民権があれば、まあ身内だからある程度は許容できるけど、まったく判らない海外の人をホイホイ入国させて働かせると、何をするか判らないということで。
日本ではあまり聞いたことがないけれど、ヨーロッパや中東では移民や不法入国者がテロに走っているというし。
だから、働きたいと言ってくる人をホイホイ受け入れるのはまずい、ということなのだろう。
つまり、今の俺ってそういう扱いなのね。
市民権も居住権もない放浪者で、本当ならハロワでも門前払いのところが、有力な商人が後ろ盾になっていて何とかしろとねじ込んできたので、仕方なくギルドが身元の確認をするということだ。
ここは、素直に従っておくべきだろう。
「判りました。お願いします」
ハスィーさんはにっこり笑ってくれた。
凄い美人にそういうことされると、気持ちが明るくなるな。
うん、いい面接官に当たった。
ハッサンが言っていたけど、労働監督署の担当者にも色々いて、変なのに当たるとすごく嫌な気分になるらしいし。
まして、今の俺は密入国疑惑をかけられた状態の不法労働者スレスレの得体の知れないガイジンだ。
ここは、何としても好印象を与えなければ。
いや、それにしても俺が読んだラノベでこんなシーンなかったよね?
考えてみたら、異世界から来ましたとかいう奴をすんなり信用する方がおかしい。
だからラノベなのか。
ハスィーさんは、それからまばゆい微笑を見せてくれながら色々質問をしてきたので、俺は出来るだけ誠実に答えた。
だって、魔素のせいで嘘がつけないんだから、正直に答えるしかないじゃないか。
どっちにしても、今の俺に隠すことなんかないしな。
マルトさんに言われたことも、全部話した。
俺の感覚では30分くらいだったけど、ひょっとしたらその倍くらいかかっていたかもしれない面接は、緊張しながらも気持ち良く終わった。
疲れた。




