16.定休日?
サーカスは流行った。
初日の客も凄かったけど、翌日はさらに多くの人が詰めかけた。
正確な数は判らないけど、1.5倍くらいは来たらしい。
3日目は、初日の倍くらい押し寄せたらしくて、ついに入場制限がかかった。
どうも、観た人が感想をしゃべりまくって、評判が口コミで広まったようだ。
このままではパンクするということで、アレスト興業舎では急遽サーカスの入場予約券を別売りすることにした。
つまり、当日券を廃止したわけだ。
一日の入場者数を概算で計算して、その分だけ予約入場券を作り、ギルドで売り出すことになった。
何せ、3日目はサーカス団の構内が人波に呑まれかけたのだ。
スタッフは疲労困憊で、倒れる者が続出したらしい。
用意した食材もあっいう間に売り切れ、空腹で倒れたり弁当の奪い合いで喧嘩になったりしたという報告があった。
これではたまらないということで、開業4日目は臨時休業して、その間に予約入場券を大あわてで作ったり、ギルドに話を通したりした。
何とかその手配が終わって、夕方から会議をやっているんだけど。
「予約券は、通し番号をつけてギルドの窓口とアレスト興業舎のサーカス入り口で販売することになります。
とりあえず1週間先の予約券まで作りました。
出版班に大車輪で刷ってもらいましたが、今後は偽造防止のために何かの工夫が必要になるでしょ」
ラナエ嬢が報告すると、みんなはぐったりした表情で頷いた。
リーダークラスは全員、目の下に隈を作っている。俺以外は。
何せ、フクロオオカミですら倒れる者が出たほどなのだ。
誰も、こんなことになるとは思っていなかったわけで、事前のリサーチ不足は否めない。
これはやっぱり俺の責任だろうなと思っていたら、急遽駆けつけて出席していただいているハスィー様が発言した。
「ギルドでサーカスの臨時休業と予約券の販売を広報していますが、それがかえってサーカスの存在を広めているようで、わたくしの所にも問い合わせが相次いでいます。
それに、ギルド評議員や有力な後援者の方からも、入場券を手配して貰えないかという要望が殺到していまして。
出来れば、都合していただきたいのですが」
ありゃ。
まあ、それはそうだろうな。
金持ちがトップに直談判してくるのは当然だ。
ラナエ嬢はすぐに応えた。
「それでは、特別枠でギルドのプロジェクト室にも入場券を回しましょう。
日付予約ではなく、いつでも入場できる特別券とします。
ただし、お値段は高く設定しますが、よろしいですか?」
「結構です。
それと、その券で入場した方は、出し物を優先的に見せていただけるようにして欲しいのですが」
ハスィー様、結構押し込まれているらしい。
予算とか握られているからなあ。
その辺りは判っているラナエ嬢は即答した。
「よろしいでしょう。
では、優先入場券と特別券の二本立てとします。
価格設定は後ほどお知らせします」
ラナエ嬢の隣で、ジェイルくんが猛烈なスピードでペンを動かしている。
凄いな、このコンビ。
その他の出席者は、誰も反応しない。
みんなゾンビになってしまっている。
いやゾンビならまだ人を襲ってくるけど、ここにいる人は全員、もうただの屍のようだ。
仕方がない。
俺が君たちの屍を越えていくしかないか。
「他に、何かございますでしょうか」
ラナエ嬢が俺を見たので、早速手を上げた。
「舎長代理?」
「提案があるのですが、アレストサーカス団に定休日を作ったらどうでしょうか」
全員、? という顔をしている。
こっちにはそういう概念自体、ないみたいだな。
年中無休がスタンダードだから。
「つまり、サーカス団の休業の日を作るということですか?」
「はい。
毎週、決まった日にサーカス団の営業を全面的に中止するんです。
その日は門を閉めて、お客さんを入れません。そうすれば、スタッフは丸一日休養できます」
「ということは、それ以外は休めないわけですか」
違うよ。
「もちろん、個人としては今と同様にローテーションで休んで貰ってもかまいません。
その他にも完全休養日を作るということです。
それに、サーカスの大道具や備品など、整備する時間が必要でしょう。
もちろん普段の日にも行いますが、大規模な修繕などは丸一日かかる場合もあるでしょうし。
定休日にそういった活動を行うようにすれば、その他の日はスムーズに営業できます」
もちろん、その担当の人は定休日の出勤になりますが、そこはみんなでカバーします、と付け加える。
休日出勤という奴ね。
ジェイルくん、それって速記?
それ以外の人は、みんなポカンと口を開けたまま俺を見ている。
俺、そんなに変なことを言ったっけ?
ややあって、誰かがつっかえながら言った。
「ええと、それはつまり、みんなで一緒に休めということですか」
「そういうことになりますね。
従業員は同僚と一緒に一日かけて何かしたりすることも出来ますし、一人で一日中寝ていることも可能です」
「でも、その分だけ営業日が少なくなる分、給料も減るのでは」
あ、そこが心配か。
今は月給制だけど、個人的に休んだ日の分は引かれているからね。
「もちろん有給の休日です。
定休日はアレストサーカス側の都合ですから。
それに、長い目で見たら、むしろ元が取れると思いますよ。
休まずに働き続けて消耗して事故でも起こしたら、それこそサーカスの存続問題に関わってくるかもしれませんし」
突然、パチパチパチ、と拍手が聞こえた。
ハスィー様が俺を見ながら手を叩いている。
すぐに全員が付随し、会議室には大歓声が響いた。
「すごい!」
「そうか、みんなで休めるのか!」
「何で今まで誰も気づかなかったんだ」
「壊れた道具も、ゆっくり直せるな」
「まてまて、それだと休みが多くなりすぎないか?」
「その分、一人で休む日を減らせばいいんだよ!」
みんなが口々に賛同してくれているようだ。
俺を褒め称える声まで聞こえてくる。
何で?
定休日なんか当たり前だろう。
地球では、個人営業の八百屋とか肉屋でもやっているぞ。
でも、こっちの世界では革命的な概念なのかもしれないなあ。
こうなっている原因は判らないけど、俺が疑っているのは、宗教の力が弱いからではないかという事だ。
もともと休日という概念は、ヨーロッパ辺りから日本に伝わってきたと聞いたことがあるんだよね。
日曜日が休みという通念は、日本人はあまり意識しないけど、キリスト教における「安息日」から来ていると何かの本で読んだ覚えがある。
つまり、旧約聖書にある神が世界を6日で造り、7日目は休んだという記述から、7日目は人間も仕事しないで神に感謝するべきだ、というような話だった。
だから、本当は日曜日は休みの日ではなくて、神に感謝する日だと。
キリスト教圏では「日曜学校」というのがあって、みんなで教会に行ってお説教を聞いたり賛美歌を歌ったりするらしい。
俺はキリスト教徒じゃないし、周りにもキリスト教の人がいなかったからよく知らないけど。
で、6日働いて7日目も結局学校に行くのは辛いので、何となく土曜日も休みになった、というような話だった。
本当かどうかは知らないよ。
でも、ある特定の日を毎週休みにする、という概念は、キリスト教かどうかは知らないけど宗教がなければ存在しなかったわけで。
こっちでは教団はあっても、あれは人に何かを強制したりするもんじゃないからね。
中央集権的な権威がないと、みんなで一斉に何かをするという方法論自体が広まらないのではないかと思ったんだ。
だから、こっちには日曜日がないんだろうと。
暦も、どうも宗教とは関係がないみたいだしな。
「……ただいまの舎長代理のご提案、いかがでしょうか。
何かご意見はございませんか?
……ないようですので、決を採らせていただきます。
賛成の方は挙手お願いします」
ラナエ嬢の声に、全員の手が上がった。
これは取締役会じゃないんだから、みんなの賛成を得る必要はないんだけど、まあノリだな。
でもこれで、全員の意志で決まったことになる。
やったぜ。
とりあえず完全週休1日制の実現だ!




