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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第七章 俺の副業は近衛騎士?
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27.インターミッション~ユマ・ララネル~

 ユマは司法官個室に戻ると、自分のデスクについた。

 やはり、ここは落ち着く。

 自分では柄でもないと思っていたが、案外この役職に馴染んできているのかもしれない。

 報告書が上がってきていた。

 あいかわらず、ノールの仕事は速い。

 全部読んでいる暇はないので、手早く要点だけをチェックしていく。

 今回の事態は、基本的には領主の後継者争いが発端となった、単なるお家騒動だったらしい。

 そこに教団の信徒が絡み、過激分子がある村に逃げ込んだことで規模が拡大した。

 問題は、その村を含む一帯の統治を任されていたのが、領主の娘であったことだった。

 リナ・レストルテというのがその名前で、年齢は15歳とある。

 その歳では、統治とは言っても実作業は誰かに任せっきりだったことだろう。

 私やラナエ、あるいは「傾国姫」なら別でしょうけれども、とユマは微笑んだ。

 思考誘導や統治技術、もしくはカリスマなど、人を掌握し支配する方法は色々あるけれど、いずれもその歳で使いこなすのはなかなか困難だ。

 生来の資質に加えて、有能なスタッフも必要になる。

 リナ姫は、その気になっていたのかもしれないが、結局の所は配下の誰かに利用されていただけなのだろう。

 もともとその役職についたこと自体、領主候補としての経歴に箔をつける以上のことではなかったはずだ。

 何もしないで座っていれば良かったものの、このリナという娘はやってしまった。

 同腹の兄が差し向けた私兵の挑発に乗り、教団の信徒たちを庇って、使者に剣を向けてしまったようだ。

 もちろん、リナ姫自身が剣をとったというわけではなく、それもまた誰かの謀略だったのかもしれない。

 いずれにしても、その事でリナ姫および教団の信徒たち、およびその村の全員に反逆の疑いがかけられた。

 疑いとは言っても、告発者が名目上とはいえ領主である以上、有罪は確定的だ。

 リナ姫は皆を率いて、というよりは巻き込まれる形でレストルテ領から逃れ、ソラージュとの国境を越えた。

 それでおしまい。

 ユマは、報告書を置いてため息をついた。

 こういうケースでは、逃げた方が負けだ。

 その事実自体が有罪を証明することになってしまう。

 リナ姫本人はまだ気づいていないだろうが、領主の後継レースからは完全に脱落したことになる。

 今後の盛り返しは、まず有り得ないだろう。

 何か、余程強力な助力がない限りは。

 ユマは、ちらっと笑った。

 強力な助力。

 だが、それを得られるだけの値打ちがあるのかしらね、あなたに。

 もっとも、私はとても感謝しているのよ、とユマはそこにはいないリナ姫に話しかける。

 あなたのおかげで、私はかの人に接触する口実が出来た。

 のみならず、まるであらかじめ計画したかのように、近衛騎士の叙任まで出来てしまった。

 まさか、あんな所でシルレラに会えるなんて。

 そのシルレラの存在が、近衛騎士叙任の条件を満たすことになるなんて。

 そして、あまり好意的な感情は持たれなかったかもしれないけれど、それでも敵対することなくかの人と縁を結ぶことが出来たなんて。

 笑いがこみ上げてくるのを抑えきれない。

 こんなにうまくいくとは、全然思ってもみなかった。

 というより、予想もしていなかった。

 お父様の依頼を受けて良かった。

 「傾国姫」の故郷で、かりそめの司法官を演るなどという閑職を引き受けたことは、生涯一度の大英断だった。

 もっとも、私はこの職がそれほどまでの閉職であるとは思っておりませんが。

 お父様は、動乱が起こるなどとはちっとも考えておられなかったようですけれども、私はそこまでの楽観は出来ません。

 いずれ帝国は乱れるでしょうし、その影響は確実にソラージュに波及する。

 事実、今回の騒動はその一端と言ってもいいのですから。

 ノックの音がした。

「ユマ様、よろしいでしょうか」

「いいですよ」

 ノール司法補佐官が入ってきた。

 私が子供の頃から変わらない、堂々たる偉丈夫ぶりを無意識に発揮しながら、それでも畏まってデスクの前に立つ。

 まったく、この方は私を何だと思っているのかしら。

 あなたが教育した、単なる小娘でしかないのに。

「報告します。

 レストルテ領の難民は、ひとまずアレスト興業舎の敷地内に作られた施設に収容されました。

 現在のところ、死者および重傷者なし。

 軽傷の者も、数日で回復するとのことです」

「そうですか。それは良かった」

「帝国およびレストルテ領からの要求や確認の連絡は今のところありません。

 どうやら、向こうは忘れることにしたようですな」

「そんなものでしょうね。

 百人程度、何ほどのこともないでしょうし。

 むしろ、帰ってこられては面倒という所かしら」

 リナ姫やその他の人たちが戻ってきたら、調査だの裁判だのを行わなければならなくなる。

 その兄という者も、あまり手際がよくなかったようですし、叩けば埃が出るでしょう。

 もうこの際、村ごとなかったことにして忘れてしまおうということではないのかしら。

 私だったら、しばらく隠遁して油断させておいて、経済的な圧迫を……。

「ユマ様?」

「あ、はい。ご免なさい。

 続けて下さい」

 ノールが疑わしそうな目を向けてくるので、さりげなく視線を逸らせて誤魔化す。

「……難民の山越えは、あのリナ姫の強行によるもののようです。

 ほとんど準備もなく、山脈に分け入ったとか」

「よくそれで無事でしたね」

「ちょうど帰村していた元帝国中央護衛隊のハマオル従士長なる者が指揮を執ったようですな。

 彼はリナ姫とはまた別の、教団がらみのトラブルで追われていたようです」

「何かやったのかしら」

「彼本人ではなく、村の者が。

 トラブルを覚悟していたようで、護衛隊を除隊して帰村しております」

「そう。幸運だった、のでしょうね」

 姫にとっては。

 村人や教団の者にとっても。

 そして私にとっても。

 その元従士長がいなければ、まず間違いなく一行は山脈を越えられずに遭難していた。

 山脈の向こう側は帝国領ですから、私もこのような手配を行うことなく、従ってかの人との縁も結べないままだった。

 いえ、この件がなくても私はいずれ、かの人に接近遭遇するつもりでしたが。

「ユマ様?」

「ご免なさい。このくらいで良いでしょう。

 何か新しいことが判ったら教えて下さい」

「かしこまりました」

 ノールは手にした書類を閉じた。

 少し躊躇ってから声をかける。

「よろしかったのでしょうか」

「何でしょうか」

「ヤジママコト近衛騎士です。

 あれでは、取り込みが成功したとは言えませんが」

「……いいのです。

 その件については、今後は口にしないで下さいね」

 ノールはぐっと引くと、深々と頭を下げた。

「失礼しました」

 ノールが出て行くと、ユマは立ち上がって書棚に向かった。

 一冊の本を抜き出す。

 かなり古いもので、そろそろ分解しかけているそれを、ユマは丁寧に机の上に広げた。

 「帝国前史」

 もう暗記するほど読んだページを、ユマはゆっくりとめくる。

 お気に入りの箇所まで来ると、ユマは読むことなく視線を彷徨わせた。

 ホルム帝国初代皇帝陛下。

 ホルム帝国は比較的新しい国であるので、まだ記録が風化していません。

 初代皇帝陛下についても、直接会ったことがある方々が書いたものが多く残っています。

 もちろんこれは写本ですが、最初期のものだけに写し間違いは少ないとされています。

 皇帝陛下ご自身が神格化されることを嫌ったためか、リベラルな記録も多い。

 他の国だったら、不敬罪に当たるような記述も当たり前に見うけられる。

 例えば。

 初代皇帝陛下は読み書きがあまり上手くなかったこと。

 帝国の公用言語も怪しかったこと。

 にもかかわらず高度な知識を持ち、驚くべき柔軟な発想を駆使し、とてつもなく進歩した社会的な概念を当たり前のように説いたこと。

 誰にでも好かれ、敬われ、男女の別なく人を引きつける方だったこと。

 そして何より。

 傭兵という形で当時のホルム王国に現れる以前の痕跡が、まったくないこと。

 家族はおろか血縁の者は誰一人として存在していなかったこと。

 もちろん、正式な記録には何も残っていません。

 正規の帝国史には、初代皇帝陛下の高邁な理想と、その偉業を達成するまでの華々しい活躍が記されているばかりです。

 でも。

 あなたも、そうだったのでしょうか。

 そんな気はなかったと?

 気がついたら、周りに人が集まっていて、もうどうにもならなかったと?

 まるであらかじめ計算されていたかのように、協力者が、仲間が集まってくる。

 助けられ、助け、協力しあい、供に働いているうちに、配下と呼べる者が増えていく。

 あるいは、そこには明確な目標も理想もなかったのかもしれない。

 でも、止まることが出来なければ、走り続けるしかない。

 ますます複雑化する状況において、人と人とを仲立ちし、時には敵対者すら取り込んで。

 そして肥大化する一方の組織を維持するためには、やるしかなかったのですか。

 帝国の建国を。

 いいでしょう。

 私も、それには賛成です。

 結果がすべてを正当化します。

 当時は、それが正解でした。

 でも。

 百年を経て、再び変革の時代が訪れようとしています。

 新しいパラダイムが生まれかけている。

 でしたら私は、取り残されないように動くだけです。

「ノール、あなたは勘違いしているみたいだけど」

 ユマは呟いた。

「私は、マコトさんを取り込もうとしたわけではないのですよ。

 私を、ララネル公爵家を取り込んでいただこうとしているだけなのです」

 そうだ。

 これから訪れる時代では、ララネル公爵家などというちっぽけな勢力など、嵐の中の木の葉でしかないでしょうから。

 増して、ユマ・ララネルなどという小娘にいかほどの価値があるものか。

 ですから。

 どうか私を、ララネル家を忘れないでいただきたいと、それだけが望みです。

 そして願わくば、少しでも近くにおいていただいて、使って頂きたく。

 まあ、少しは欲もありますけれどね。

 「傾国姫」はともかく、ラナエやシルレラの後塵を拝するわけには参りませんから。

 負けませんよ、私は。

 ユマは、そこにはいない相手に向かって微笑んだ。

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[一言] 推敲 >閉職 ↓ |閑職《かんしょく》
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