12.インターミッション ~コルカ・マルト~
マルトは、とりあえずの雑事を片付けると身振りで腹心と娘を誘った。
執務室に入り、ドアをきっちり閉める。商隊が着いたばかりで、みんな出払っているはずだか、念のためだ。
自分の椅子に腰を下ろし、目の前に腰掛けた二人を見る。
娘のソラルは、まだ少し動揺しているようだった。印象が混乱しているのだろう。
腹心のジェイルは、穏やかな表情でこっちを見返した。こいつは大丈夫そうだ。
今のところ、完全に信用できるのはこの2人だけだ。だが、すぐにでも連絡しなければならない相手が何人かいる。
「で、どう思った?」
とりあえず娘に聞いてみると、心ここにあらずといった表情を浮かべる。
「まだ、信じられない。どうやってあの障壁を無視できたの? 私なんか、近寄ることもできなかったのに」
あの禁忌か。
仕方がなかったとはいえ、娘には酷だったかもしれない。あの時は、追ってきているのが何物なのか判らなかったからな。
視線でジェイルを促す。
「そうですね。スウォークの喉切りは禁忌です。通常の相手なら、どう考えても追跡を断念したはずです。だが、通常の相手ではなかった」
「彼と同席させた連中から、何か聞き出せたのか」
「大したことは。ですが、この辺りの地政に関する圧倒的な無知、未知の概念を問わず語る様子、そして平常心」
「『迷い人』か。禁忌など無視するわけだ」
マルトは宙を見上げて考えを整理した。
重要すぎるアレを移送中に、後ろから追ってくる者がいると、見張りから報告があった。
始末することも考えたが、この時期に荒事はまずい。だから、禁忌であるスウォークの死骸、それも異端の喉切りを道の真ん中に放置して進んだ。
だが、追跡者は無視して追ってきた。
相手は徒歩なので、荷馬車の速度を上げて振り切ろうと考えたが、よりによって馬車の一台の車軸が折れてしまったのだ。
大急ぎで修理させたが、直る前に追いつかれそうだった。
別の荷馬車に移そうにも、それだけの余裕がある馬車がない。
事が露見するのを覚悟で追跡者を切り捨てようとしたが……一足先に追跡者を確認しに行った娘が気になることを言い出した。
尋常な相手ではない、と。
自分で見て確信した。
これは、通常の対応で済ませて良い状況ではない。対処を間違えると、とてつもない禍根を残す可能性がある。
危険は大きかったが、受け入れて懐柔することにした。
幸い、とりあえずは危険もしくは敵対する相手ではないことは判った。
水を向けてみると、思った通り『迷い人』だった。今回の荷と無関係であることも間違いないだろう。
だが、『迷い人』というだけで別の危険がある。彼にはぼやかして伝えたが、過去には『迷い人』の対処を誤って、国レベルで災害が発生したこともあったのだ。
ギルドの評議員として、マルトはそれを知っていた。
彼を放置するなど問題外だ。
マルト一人の判断でどうこうできる問題でもない。
緊急に、しかるべき立場の者に伝えて、対策を協議する必要がある。
だが、これがマルト商会にとって、とてつもないビジネスチャンスであることも確かだ。
うまくやれば、ギルド内部での発言権どころか、国政レベルでの影響力にも手が届くようになるかもしれない。
そういうことだな。
マルトは、にんまりと笑みを浮かべた。




