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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第一章 俺は不法入国の外国人?
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11.社会人としての基本?

 ソラルちゃんは、だが何も言わずに目を伏せたので、俺も無言でコップを煽った。

 生ぬるい水だった。冷水とまではいかないか。

 こういうところで、現代日本との技術格差が出るんだろうな。贅沢にまでは気が回っていない。というよりは、多分簡易に冷水を作る技術がないのだろう。

 考えてみれば電気がないんだから、当たり前だ。ラノベでは、電気のかわりに魔法が使われていることがよくあるけど、そんなものもないようだし。

 いや、魔素というものがあったか。

 だがそれを技術的に応用できているわけでもない。誰でも言葉が通じる、ただそれだけだ。

 いやひょっとしたら、魔法が存在しているのかもしれないけど、少なくとも商人であるマルトさんや、その配下の連中は使っていない。

 あるとしても、かなり高価だったり効率が悪かったりして、採算がとれないのだろう。

 飯を終えると、ソラルちゃんと連れだって宿舎に戻る。正直、俺だけではあの部屋に帰れるかどうかわからなかったので、助かった。

 ソラルちゃんは、宿舎のエントランスで俺に布の袋を渡してくれた。着替えが入っているそうだ。

 そういえば、俺って着たきり雀ではないか。よく気がついてくれた。

 半日山の中の道を歩いたので、下着とか結構どろどろになっているし、本当にありがたい。

 ソラルちゃんを見送って、俺は部屋に戻った。

 俺の荷物は無事だった。

 肩掛けバッグひとつきりだ。今となっては無意味な仕事の資料と、ラノベの文庫本やその他細々とした小物が入っているだけだ。

 スマホや財布はもちろん、上着のポケットに入っている。ああ、そういえば今まで気づかなかったけど、俺ってネクタイ締めたままだった。

 もちろん、クールビズが当たり前のIT業界では普段はネクタイなんかしている奴はいない。だが、今日は顧客のところに行くので珍しく締めてきたのだ。

 いや、本当言えば会社の自分の机の中に入っている置きタイを、出がけに上司に注意されて慌ててつけてきたんだが。

 こんなもんは、もうこれから一生使うことがないかもなあ。

 俺はため息をついて、服を脱いだ。

 ソラルちゃんから貰った袋には、何というかふんどしに近いようなパンツなんだかブリーフみたいなものと、のっぺりしたTシャツみたいなものが入っていた。

 着てみたが、どっちもブカブカだった。多分、あの食堂にいた連中がつけているものと同じだろう。肉体労働者と一緒にされても困る。

 こっちは学生時代からのディスクワーカーなのだ。

 その他にも、丈夫そうなズボンや上着、ゴツゴツした靴なんかも入っていた。

 靴下はなかった。寝間着のたぐいもない。

 まあ、明日だ。

 最後にもう一度トイレに行って、俺はベッドもどきに横になった。

 と思ったら朝になっていた。

 カーテンがないので、直射日光がもろに差し込んでくるのだ。

 ちなみに、ガラス窓などといったしゃれたものはない。窓といっても、ただ壁に穴があいているだけである。

 とはいえ、よく見ると引き戸がついている。俺が閉め忘れただけのことだった。

 身体が冷えていて、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。

 そこで気がついた。病気ってヤバくないか?

 前に読んだSFで、完全に違う惑星から来た人が持ち込んできた病原菌が、その世界の人に感染してまったく免疫がなかったために絶滅する、というような話があった。

 インディアンとかインカ帝国が滅んだのは、ヨーロッパ人が持ち込んだ疫病が大きな原因だったという話もあるし。

 俺って、こっちの世界にとって未知のばい菌やウイルスを身体の中に持っているはずだ。同じように、こっちの世界では風邪みたいなものでも俺にはまったく免疫がないはずで、どっちにとっても致命傷かも。

 ちょっと慌てたが、昨日の話で「異世界から来た人たちが昔からいた」ということは、そういう危険はあんまりないということを思い出した。

 まあ、昔話になっているくらい大昔だとしたら、エイズとかそういう新しい病気は未知数ということになるけど、俺はかかってないはずだし。

 心配しても始まらない。

 まだ早いが起きるか。

 たっぷり運動した後に早く寝たため、十分に休養がとれて、気分は快適だ。

 いつもはろくに運動もせずに一日中パソコンに向かった後、帰ってからもパソコンやテレビに向かって座っているだけの生活だからな。

 筋肉痛でも出るかと思ったが、それもない。俺の身体は結構丈夫らしい。若いっていいよね。

 ちょっと考えたが、背広や通勤ズボンはしまっておくことにした。別に怪しまれるようなこともなかったが、やはりこっちの世界では異様だろうし。

 目立たないに越したことはない。

 ああ、俺って受け入れてしまっているんだな、と思った。

 そういえば、定番の「知らない天井」ネタもやらなかったしな。実際、ホントに異世界転移とかしてしまうと、そんなネタに走るような気力はない。

 ああいうのはネタだから出来るのであって、俺のは現実なのだ。

 ソラルちゃんに貰った袋から、こっちの労働者用と思われる服を出して着てみた。

 換えの下着がないが、あとで貰わなくては。

 黒っぽいゴワゴワとしたズボンと、同じような上着だった。大昔に流行ったジーンズとかに似ている気がする。あれってそもそもは屋外の肉体労働者用の衣類だったと聞いたことがあるが、同じようなものだろう。

 ただ、やはり生地が荒いし毛羽立っていて、現代日本というか地球の縫製技術より遙かに劣っていることがわかった。こんなの着ていたら、すぐに身体が傷だらけになりそうだ。

 まあ、そのうち慣れるだろう。

 この部屋には鏡なんてしゃれたものはないので、自分がどんな姿になったのか判らないが、多分貧相な状態なのではないかと思う。

 ディスクワーカーなんだよ、俺は。

 だけど、こっちではまず間違いなく、ITなんてものは無用の長物だろうしな。

 それに、俺には初心者レベルのIT技術以外、何もない。ラノベやアニメは好きだけど、文章が書けるわけでも絵が描けるわけでもない。そもそもこっちの文字が読めないので、事務作業は無理だ。

 ということは、やっぱり肉体労働か?

 学生時代のガテン系のバイトは、例のタコ部屋以外は夜間警備員くらいしか経験がない。

 タコ部屋では、終わった後寝込んだし、警備員も2週間くらいしか続かなかった。一日中立っているって、マジできついんだぞ。立っているだけで足が豆だらけになるし。

 いや、警備員のバイトはだんだんと慣れてきたんだけど、やっていてある時、不意に何もかも嫌になって止めてしまった。まあ、予定の金額は貯まっていたからな。

 今度も同じだ。ただ、嫌になったからといって止められないというところが違う。

 どうしようもないのなら、やるしかない。

 まあ、何とかなるだろう。

 サラリーマン生活も、そうやってなんとなくどうにかなっていたのだ。

 ところで、外出の用意は出来たものの、よく考えたらどこにも行けないことに気づいてしまった。

 このまま街に出かけたら、まず間違いなく迷う。

 そもそも、こんなに早い時間では何もできないし、何をするという選択肢も、考えてみたら、ない。

 そういうわけで、俺はソラルちゃんか誰かが来てくれるのを待ちながら、延々と時間を潰すことになる。

 スマホのゲームでもやればって?

 あいにく、充電機を持ってないので、出来るだけ長持ちさせるために電源は切ってある。もっとも、どんなに節約しても大して持たないだろうけど。

 ネットも電話もGPSも使えないしな。そんなものは、こっちに来た時点で散々試したから判っている。

 いいかげん人生が儚くなってきたころ、やっとソラルちゃんが来てくれた。

 助かった。

 ソラルちゃんが案内してくれたのは、昨夜と同じ食堂だった。人もメニューも似たようなもので、朝っぱらからガッツリ喰うようだ。肉体労働者専用である。

 俺は、昨日食い過ぎたせいかあまり腹は減ってなかったが、喰えるうちは出来るだけ喰っておくというのが鉄則である。

 いや、IT土方をやっていると、障害が発生したら徹夜は当たり前、飯を食う暇もなくなることがある。だから、俺は喰う機会がある場合は逃さないことにしているのだ。

 ただし、これから職探しに行くのに眠くなるほど喰うわけにはいかない。俺は腹八分目に抑えた。

「もう、いいんですか?」

「十分だ」

 昨日、食い過ぎたところを見られたからな。

 ソラルちゃんは、あいかわらずそっけなかった。顔も口調も無表情で、淡々としている。

 それでも昨日よりは(俺が)慣れたので、横目で観察してみると、意外というか何というか、結構可愛いことが判った。

 昨日はそれどころじゃなかったし、冷たい態度をとられてむかついていたこともあったからなあ。

 いや美少女というわけではないのだ。可愛いだけだ。顔立ちは整っているし、身体もすらっとしていて、なかなか好みだったりする。

 あれ? 美少女じゃないか?

 まあ、やっぱりそんなことはどうでもいいわけで、今後のサバイバルのことを考えると、ここで色に走るほど俺も馬鹿ではない。ラノベの主人公(ラブコメ系)みたいことをしたら、確実に破滅する。

 飯を食い終わると、ソラルちゃんは昨日の会議室みたいなところに案内してくれた。

 そして去って行ってしまった。

 そうだよなあ。彼女にだって仕事というか、役目があるはずだ。いつまでも俺に関わり合っている暇はないことは判る。

 だけど、これからどうすればいいのか。

 これまでは、周りで起きている事に次から次に対処するだけで精一杯で、あまり考えることがなかった。

 これからどうなるの、とか。

 でも、暇になってみると、重くて黒い塊が心の中にドカッと居座っているのが判る。

 考えないようにしていたんだけどな。

 考えても仕方がないし。

 まあ、どうにかなるか。

 俺は、とりあえず上を見上げた。

 見知った天井だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 地の文の殆どが無意味(水が生ぬるい理由とか、罹るかどうかもわからない病気とか、学生時代のバイトのこととか)、なのに『重くて黒い塊が心の中にドカッと居座っている』という大事そうなことを考…
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