7.今、ここにいる理由?
しかし、そんな凄いシルさんは、どうしてソラージュ王国の辺境で冒険者とかギルド関連団体の職員なんかをやっているんだろう。
それを聞くと、シルさんは肩を竦めて見せた。
「5年くらい前に、親父が死んでね。私の立場は親父あってのものだったから、途端に周囲が焦臭くなってきやがった。
その少し前から、私は闘技大会とかに出場してそこそこいい成績を残していたからな。
おまけに、親父が死んでも『皇族名簿』から私の名前が削除されなかったんだ。
で、どうなったと思う?」
「それはまあ、あちこちの勢力が取り込もうとして動き始めた、とか?」
「その通り。
中には誰かに使われる前に消えて貰おうとか考えた奴もいたらしくて、しょうがないから私は逐電した、というわけだ」
ラノベだな。
さっきから気づいていたけど、シルさんってアニメやゲームだったら闘姫とか、そういう枠のキャラだね。
こういう場合、密かにヒロインを助ける人もいるんだよ。
忠臣とか。
だけど、シルさん自身の身分は男爵家の娘でしかないんだから、無理か。
「腹違いの妹や弟たちとは、結構仲が良かったんだ。
何せ、同じ血を引いている上に、競争相手には成り得ない立場だからな。
妹たちの母親とも、比較的良好な関係を維持できていたし。
私が闘技大会に出た時は、代わりに賭けて貰ったりして、お互いに利益があった。
で、ちょっと助けて貰った」
なるほどな。
おそらく、今でも密かに連絡くらいはとっているのだろう。
それだけの後ろ盾があったら、普通の冒険者と違ってガツガツしないでいいのは判る。
いきなりアレスト興業舎なんていう組織に飛び込んだりもできるはずだ。
そして、おそらくシルさんは今の自分の立場を気に入っている。
凄いね。
こういう人もいるんだなあ。
ラノベだと、異色のゲストキャラというというところだろうか。
主人公が本筋を離れてちょっと彷徨いていたりする時に出会って、しばし行動を共にするとか。
そして、主人公に何がしかの感銘を与えたりして、颯爽と去っていく。
その後、終盤になって突然助っ人として現れたりするのだ。
イラストがかっこいいのでカルト的に人気が出て、最初はその人を主人公としたエピソードが短編として雑誌に載り、上手くいけばスピンアウトの物語が始まったりして。
ヒロインとも主要なキャラとも言い難いが、重要な存在であることは間違いない。
いや、ラノベじゃないから。
そんなのシルさんに失礼だよな。
大体、そういう闘姫は冒険者はともかく、ギルド傘下の民間団体で事業部長やったりはしないだろう。
そんな所帯じみたキャラじゃない。
「どうしたマコト。ぼーっとして」
「いえ、何でもありません。ええと、シルさんはそのまま帝国を脱出して、ソラージュに来たわけですか。
「帝国から北に行けば、どうしたってソラージュかララエに入ることになるからな。
南に行っても魔境が続いているばかりだし。
それでも最初はソラージュを通り抜けて、エラにも行ったんだ。
だが、あっちの方にはドワーフがあんまりいなくてな。
別に差別とかは無かったんだが、目立ってしょうがなくて、結局帝国に近いこんなところまで戻ってきてしまった。
ここなら、私も溶け込めるからな」
シルさんはそう言ったが、アレスト市はちょっと帝国に近すぎる気もする。
やはり帝国の近くに居る必要があるのではないか?
まあ、色々あるんだろうな。
それはシルさんの問題であって、俺には関係ない。
ともあれ、大体判った。
シルさんについては完了。
今まで通りということで、いいよね。
「とまあ、私の謎解きはここまでとして、そろそろ白状して貰おうか、ユマ」
シルさんが言った。
驚いて見ると、ラナエ嬢もユマさんを見つめている。
こっちは想定通りという態度だ。
何かあるのか?
いや、そういえばユマ閣下も変な事は多いけど。
そもそも、ハスィー様やラナエ嬢と学友だったということは、ユマ閣下も学校を卒業してから数年しかたってないはずだ。
それが筆頭司法官?
司法官って、騎士団からのし上がって行くか、または関連分野での多大な実績や経験を買われて任命されるものではないのか。
ユマ閣下って、そのどっちにも当てはまらないぞ。
そのユマ閣下は、微笑みながら肩を竦めて見せた。
俺を見つめて言う。
「白状って、別に隠すつもりはありませんよ。というより、その説明をするために来て頂いたのです」
「私にですか?」
「はい。アレスト興業舎、というよりは郵便班ですか? フクロオオカミを騎士団と共同で運用する組織の責任者に、是非お願いしたいことがありますので。
内情を知って頂かないと、協力を要請しても断られかねないでしょう?」
いや、司法官に「要請」されたら、誰でも大抵の事は受けざるを得ないと思うけど。
「やっぱりな。嫌な予感はあったんだ。
ユマ、お前を見た途端にビンビン来たぜ」
「シルレラは想定外でしたが、好都合です。
巻き込まれて頂きます」
ユマ閣下って、態度や口調は癒し系だけど、言うことはえげつないな。
権力を行使することに、慣れていらっしゃる。
ハスィー様といい、ラナエ嬢といい、貴族ってのはパネェ。
「わたくしはよろしいのですか?」
「あら、もちろんラナエは想定内、というより最初から考慮済みです。
学校一の秀才だった英才を、活用しない手はありませんから」
ラナエ嬢が苦笑して、俺に言った。
「ユマは、『学校』の生徒の中でも極端に評価が分かれる存在でしたのよ。
政治経済や法理論、歴史、机上演習などでは無敵で、わたくしやハスィーでも足下にも及びませんでした。
もっとも、馬術や剣、素手による格闘については危ないからということで、訓練に参加することすら禁止されたほどでしたが」
そうなのか。
俺は、ニコニコしているユマ閣下を眺めた。
ラノベだと、軍師という役割のキャラだな。
自分の戦闘力は無きに等しいんだけど、謀略には無敵の力を発揮するという。
味方にすれば大きな力になるけど、敵対したら主人公でも危ないというキャラだ。
大抵は参謀とかの立場なんだけど、ユマ閣下は自前の戦力を持っていらっしゃる。
その気になれば、アレスト市の騎士団全体を動員できるからな。
まあ、政府の高官という立場だから、あまり自由には動けないだろうけど。
「いいだろう。聞いてやろう」
シルさんも、ある意味無敵だね。
ユマ閣下は、それではという態度で座り直した。
胸の前で指を組んで、真面目な顔つきになる。
「言うまでもありませんが、ここからの話は他言無用です」
「今までだってそうだったじゃないか」
シルさんの混ぜっ返しに反応することもなく、ユマ閣下は続けた。
「私が司法官に任命されたのは、多分に政治的な理由によります。
表向きは、学校で法理論や司法関連の論文で優秀な成績を治め、司法省の業務に多大な寄与があったため、ということになっています。
ですが、たかが『学校』を卒業した程度の小娘に、そんな成果があげられるはずもありません。
この場合、私の能力ではなく、身分が重要になります」
「公爵令嬢という事ですか」
「はい。それだけではなく、今の私は一時的にララネル公爵家の名代を名乗ることが許されています」
ええと、「名代」って何だったっけ。
確か、古代日本で天皇に仕えることを許された部民の子弟、というような意味だったような。
ラノベで出てきたことあったか?
俺に名代と聞こえたということは、多分こっちの世界におけるそういうものなんだろうな。
俺のいい加減な知識が合っていればの話だけど。
「つまり、ユマはその気になれば、ララネル公爵の代理人として動けるということですわね」
見かねたのか、ラナエ嬢が解説してくれた。
ありがとうございます。
助かります。
「なんかご大層だな。てことは、帝国か?」
「その通り。これだけでも、シルレラなら判るでしょう」
「まあな」
シルさんが、苦虫をかみ潰したような顔になった。
ラナエ嬢も判ったらしい。
俺にはさっぱりなんですが。
「まだ一般には知られていませんが、帝国で動きがあります。
ソラージュの政府筋はもちろん、ギルドの上層部や大商人の間ではすでに周知の事実といってもいいでしょう。
帝国は、動乱の時期を迎えています」
俺は、驚いてみんなを見回した。
みんな何も言わない。
表情も変わっていない。
つまり、知っていたわけか。
「そんなに差し迫っていますの?」
ラナエ嬢が言った。
「いえ、本格的に始まるまでには、まだ数年の余裕があると考えられています。
ですが、こういった事はちょっとしたきっかけで突然始まって、あっという間に広まるものですから」
「つまり、ユマはまだ始まる可能性は低いが、何かあった時の抑えになる為に、ここにいるということか?」
「そうです。
何が起こるかは判りませんが、帝国が動いて、それが国外に及ぶとしたら、当然ソラージュとの国境に近いここが最初に影響を受けます。
そうなった時、ソラージュの公爵名代がここにいることは、政治的に大きな意味を持つはずです」
そう言って、ユマ閣下は笑った。
そんな、笑い事じゃないでしょう!




