10.見知らぬ天井?
それより俺にはもっと大事なことがある。
これからどうしよう。
部屋に戻ってドアを閉め、ベッド? に横になって目を瞑ると、いよいよ考えないようにしていたことが押し寄せてきた。
どうなるんだろう、俺。
ここは軽小説の世界じゃない。
目の前にウィンドゥが開くこともなく、神様からチートを貰えるわけでもない。
言葉が通じるのは助かるが、それだけだ。
身分保障もない。
それどころか、収入の当ても今のところない。
最悪の事態ではないようだが、ここでどうやって生きていくかを考える前に、どうしてこんなことになったのかを思ってしまう。
まだ見てないアニメとかあったのに。
いや、そんなことはどうでもいい。
理不尽さに叫びそうになるが、ぐっと我慢する。
これって、あれだよな。
拉致だ。
突然、今までの生活から引き離されて何も判らない場所に連れてこられた。
そして、多分だけど戻る術はない。
理不尽すぎるだろう。
でも、現実だ。
泣きわめいても仕方がない。
こういった状況、今まで読んだ軽小説ではまったく出てこなかったな。
主人公はほとんど悩まない。
冒険が始まるとか、そればっかりで。
もちろんわかっている。
冒険を始めるのは、主人公であって読者じゃないからだ。
テレビの中でピンチに陥っている主人公に感情移入して、疑似体験みたいなことをしていただけだ。
それはそうだ。
エンタメなんだから。
電源を切ったり本を閉じれば何もなかったことになることが判っていて、だから楽しかったのだ。
まったくどうしようもない話だ。
だけど俺はこの感覚に覚えがある。
中学や高校時代だ。
ボッチ気味の俺だったけど、少しは友達もいた。
でも、クラスでの疎外感はハンパじゃなかった。
周り中が敵だった。
親も先生も同級生も信用できなかった。
学校に行きたくなかった。
でも行くしかなかった。
あの時の感覚に似ている。
足下が崩れるようなかんじ。
靴の下がフワフワしていて、周り中が物凄くおぼろげで、自分が排斥されていると思えたあの頃。
どうやって凌いだんだっけ。
そうだ。
とにかく、毎日を過ごしたんだ。
出来ることをやって、あがいて、とりあえず一日を過ごしたんだ。
脱出なんて考えなかった。
学校を卒業すれば、とりあえずあの状況から抜け出せることは判っていた。
でも、そうなったらもっと違う、多分さらにひどい状況に放り込まれるだけだということも理解していた。
大学の時は楽しかったけど、この生活にもやっぱり終わりがあることは判っていて、だからずっと不安だった。
自分が就職して働いている姿なんか、想像も出来なかったもんな。
そもそも就活自体、悪夢としか思えなかったし、実際にもそうだった。
でもやるしかなかった。
なんだ、同じじゃないか。
やるしかないんだよな。
気が楽になってきた俺は、ふっと力を抜いた途端に暗闇に飲み込まれた。
と思ったら目が覚めた。
目の前にソラルちゃんの顔があった。
俺の肩をつかんで揺すっている。
どうも、俺を起こしてくれたらしい。
目が合った途端、ソラルちゃんは素早く飛び退いた。微妙に傷つくなあ。
ベッド? から見回すと、周りが暗い。
壁の棚みたいな所にカンテラが置いてあって、ぼんやりとした光を放っている。
電灯は、まあないよなあ。
だが、油ランプというわけでもないようだ。
あれは結構臭くなるんだよな。
中学校の体験学習で使ったことがあるので知っている。
そんなことは今はいい。
俺が跳ね起きると、ソラルちゃんはさらに引いた。
「すまない。寝ちゃってたようだ」
「食事です」
会話拒否か。
ソラルちゃんに従って部屋を出る。
この建物は、純粋に寝泊まりするためだけのもののようだ。
外に出て暗い道を進み、倉庫のひとつに入る。
天井が高い。
その一角に学食のような長机とベンチが並んでいた。
工事現場の飯場みたいだ。
学生時代にどうしても急に金が必要になって、無理矢理山の中の道路工事のバイトをやったときの飯が、これと似ていた。
いや、あの時は地獄だった。
もろにど田舎で、泊まり込みだったのだ。
コミュ障気味なのに、人夫のおっさんたちにいいように弄られた。
俺以外にもバイトの学生が何人かいたので助かったが、手足は棒のようになるし、手のひらは豆だらけだし、終わって帰ってからしばらく筋肉痛に悩まされた。
でもあの経験で結構度胸がついた気がする。
その後の就活で割と冷静でいられたのは、あの時に比べたら大したことがないと思えたからだな。
うん、だから今回も大丈夫。
状況としては、前と似たようなものだろう。
ていうか、そっくりだし。
一角に大きな鍋とかパンらしきものが大量に入った籠があり、たくさんの人が列を作っていた。
バイキングじゃないんだな。
むしろ配給に近い。
ソラルちゃんが積まれていたお盆を渡してくれたので列の最後尾に並ぶ。
ソラルちゃんも一緒に並んでくれた。
世話をしてくれるらしい。
このあたりは律儀だなあ。
助かるぜ。
かなり大きな木製の鉢にシチューらしいものが注がれ、でかいパンの塊が添えられる。
それだけだった。
ま、肉体労働者の飯なんか、そんなものだろう。
ふと見ると食い終わったらしい男がまた列に並んでいたので、制限があるわけではないようだ。
食い放題ではないだろうけど。
食い物がなくなるまで続くんだろうな。
ソラルちゃんに従って空いている隅の方の席に並んで腰掛けると、俺たちは食事にかかった。
うん。
味は何というか、普通だ。
肉体労働者用の塩気がきついスープに、野菜らしいものがゴロゴロ入っている。
鶏肉の切れ端もある。
いや鳥かどうか判らないが。
トカゲとかの肉って鳥に似ていると聞いたことがあるので、ひょっとしたらアレかもしれないが気にしない。
パンはあまり美味くなかったけど、不味いわけでもない。
料理については、この世界もそれなりに発達しているらしい。
軽小説では料理のスキルのある主人公が異世界に行って不味い料理界に革命を起こすという設定があるが、ここでは駄目だな。
大体、俺に料理のスキルなんかないし。
一人暮らしの時はほとんどコンビニとかスーパーの飯で済ませていた。
だって自分で作るより美味いし、金もかからないから。
ふと見下ろすと皿がからになっていた。
今まで気づかなかったけど、考えたら今日は会社で昼飯を食ったきりだった。
多分緊張しすぎて空腹感を忘れていたんだろう。
食い終えた途端にいきなり腹が減ってきた。
何かの反動か?
いかん。
とても我慢できん。
一応、ソラルちゃんに聞いてみる。
「もう一度、貰っていいんだろうか」
「大丈夫です」
こっちを見てもくれない。
やっぱ軽小説とは違うな。
とりあえず食い物がなくならないうちに確保しなければ。
列は短くなっていたがまだあった。
ほとんどの奴らがお代わりをしているようだ。
シチューもパンも残り少ない。
何とかゲットして席に戻る。
危なかったぜ。
ソラルちゃんが、ちらっとこっちを見たが気にしない。
腹が減ってどうしようもない。
かぶりつくように喰っていると、ようやく食べ終わったらしいソラルちゃんが席を立った。
目で追うと、隅の方にある棚に食器を返している。
ああ、やっぱ学食ね。
と思ったら陶器のコップを2つ持って戻ってきた。
そういえば、飲み物がなかった。
やっぱ興奮しているのかなあ。
気づかなかった。
ソラルちゃんがコップを渡してくるので、「ありがとう」と言ったらまじまじと見つめられた。
何か変だった?




