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サラリーマン戦記 ~スローライフで世界征服~  作者: 笛伊豆
第一章 俺は不法入国の外国人?
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9.ヒロインじゃない?

 しばらく待っていると、あの女の子が部屋に入ってきた。あいかわらず不機嫌そうだ。

「こっち」

 それだけかよ。

 年下の女の子に、そういう態度とられるとむかつくが、ここはぐっと抑える。

 サラリーマンやって良かったと思えるのは、こういう場合の対応ができるようになったことだ。

 学生時代だったらキレるところを、大人の態度で顔に出さずに我慢できるようになった。

 変なプライドは捨てるのだ。

 ご飯を食うことが一番。

 もっとも俺は高校大学を通じてあまり人とは関わらなかったから、そもそもカッとくる状況に遭遇したことがほとんどないんだよね。

 特に同年代や年下から邪険に扱われるという経験が。

 それが許される環境にいたわけだが、今考えるとまずかった気がする。

 社会に出たら、いきなりだもんなあ。

 ヤクザじゃないけど上司が白と言えば黒でも白なのだ。

 いやそこまで極端ではないけど、感情的な反感はとりあえず抑えることを覚える必要があった。

 それが出来ない奴は会社という組織から放り出されてしまう。

 多分、社会からも弾かれるだろう。

 俺は何とか適応して立派なサラリーマンやっていたわけだ。

 北聖システムがブラックではなかったことも大きい。

 いい会社だった。

 過去形かよ(泣)。

 というわけで俺は何も表情に出さずに頷いて、その女の子に従った。

 ついて歩きながら、さりげなく観察する。

 美少女じゃない。

 軽小説(ラノベ)のヒロインらしいところはまったくない。

 絵的に。

 ツインテールとかじゃないし。

 正直、顔がよく判らない。

 人の顔というものは表情や角度でいくらでも変化する。

 一目見ただけで判る美少女なんてのはめったにというか、まずいないものだ。

 簡単に言えば軟らかく微笑んでいれば大抵の女の子は可愛く見えるし、不機嫌そうに顔が強ばっていたらブスに見えるのだ。

 今のところ不機嫌オーラが身体中から吹き出しているようなので、正直俺のストライクゾーンから大きく外れている。

 顔だけではない。

 態度はツンデレからデレを抜いたような、つまりはごく普通の冷たい女の子の態度と言える。

 大体、俺の乏しい経験からでも大抵の女の子は興味がない奴に対しては冷酷なものだ。

 あとは自分より立場が下だと思っている男については、文字通り不要品として扱う。

 今の状況もこの女の子にとっては、父親に命じられて仕方なくやっているだけのめんどくさい仕事に過ぎないのだろう。

 何かやらなければならない仕事があるのに突然得体の知れない男の世話なんか命じられて、不機嫌になるのは判る。

 だが女の子よ。

 社会人としては、それはまずい態度だぞ。そういう意味では立派な社畜とは言えないな。

 この娘が社畜だとしての話だが。

 女の子と俺はそのまま建物を出て、敷地のはずれの方にある細長い建物に向かっていた。

 なるほど。

 社員寮という奴か。

 宿屋を使うとそれなりに金がかかるはずだから、とりあえず従業員用の部屋に放り込むつもりか。

 まあ何でもいい。

 この際、屋根があってベッドがあれば大幸運というべきだろう。

 飯がついていれば……まあ、ついているとは思うが……土下座してもいいくらいだ。

 うん、これって超ラッキーだよな。

 本当にこんなことがあるとは。

 馬鹿にしていたが、軽小説(ラノベ)の主人公って繰り返すけど案外リアルなのかもしれない。

 それにしても道案内のこの娘はまったく口をきいてくれない。

 別に殊更話したいわけでもないが、出来るだけ情報は得ておきたいところである。

「あの、ちょっといいか」

 思い切って背中に話しかけると女の子はビクッと肩をふるわせた。

 だがそれだけだ。

 返事もないし、振り向いてもくれない。

 ムカッとくる。

「俺はヤジママコトだ。

 君はマルトさんの娘か何かですか?」

 女の子はピタッと足を止めた。

 くるりとこっちを振り向く。

 くるか?

 軽小説(ラノベ)なら悪口雑言が襲ってくるシーンだが。

「私はソラル。

 マルトの娘です」

 おお、礼儀正しいではないか。

 しかも名前がきちんと判る。

 発音がはっきりしているのと、名前であるという意識を明白にしているせいだろう。

 結構頭が切れるな。

 もっともキレる方かもしれないが。

 今までの態度と全然違うだろう。

 とりあえず礼を尽くしておく。

「初めまして、じゃないか。よろしく、ソラルさん」

 名刺交換したいところだが無理だろう。

 いや俺の名刺はあるけど字が判らないだろうし、向こうの名刺はないに決まっている。

 ていうかこの娘、マルトさんの娘なのは思っていた通りだったけど、部下なのだろうか。

 いやつまりマルト商会(のような組織があるとして)の社員なのか。

 身内のバイトのような気もするなあ。

 ただマルトさんの言った「商人」という言葉、俺にはむしろ「社長」という風に感じられたんだよね。

 何らかの組織の天辺にいる人という意味で。

 日本みたいに会社組織ではないかもしれないけど、個人営業でない限り上下関係はあるはずだ。

 そして正式な組織員かどうかはかなり重要だ。

 あと社長の身内かどうかも。

 これ、案外大事な事なんだよ。

 取引先のぐーたら社員が経営者の息子だったりして、俺も前にちょっと失敗したことがあるからな。

 マルトさんは身内だからといって甘やかすタイプには見えないけど。

 それにこのソラルちゃんもかなり出来るとみた。

「……こちらです」

 乗ってこないな。

 まあいい。

 情報は得たからこれ以上藪をつついて何かを出すのはまずい。

 名前と立場。

 十分だ。

 そのまま背中を見せて歩き始めたソラルちゃんに従って、俺は二階建ての細長い建物に入った。

 普通に階段があり、それを昇る。

 廊下が延びていて、一定間隔でドアがある。

 並んでいるドアとか廊下とか、昔の日本の建物によくありそうだな。

 昭和の時代の貧乏学生用のアパートとか。

「ここです」

 上がってすぐのドアを開けて、ソラルちゃんが言った。

 部屋は狭かった。

 ベッドみたいなのがある。

 床の一部がそのまま盛り上がっているような状態で、それが左右に2つ。

 その向こうはもう壁というか、一部は窓だ。

 ツインの個室というところだが、ビジネスホテルというよりは木賃宿だなあ。

 バストイレはないし。

 ベッド? の上には、毛布なのかキルトなのか判らない布が置いてあった。

 こういうのはどこの世界でも変わらないらしい。

「夕食の時間になったら呼びに来ますので、休んでいて下さい」

 事務的に言ってドアを閉めようとする女の子に、慌てて声をかける。

「ちょっと待ってくれ。

 トイレと、あと身体を洗う場所を聞いておきたいんだけど」

 風呂と言わないのは、何か変な風に伝わるかもしれないからだ。

 トイレは間違いようがないだろうから、そのまま言った。

「……こちらです」

 一瞬躊躇してから、ソラルちゃんは歩き出した。

 荷物をベッド? の上に放り出してから慌てて後を追う。

 ここで荷物から目を離すのはまずいかもしれないが、よく考えたら大して重要なものは入っていない。

 会社の書類とかは無意味だろしな。

 今日はパシリだったのでノーパソは会社に置いてきたし。

 スマホはポケットに入っているし。

 まあ相手が本気で取り上げようと思っていたら、俺には抵抗のすべはないのだが。

 どうもマルトさんならそこら辺も見切っている気がする。

 おそらく道具としては大したものは持っていないと。

 そうでなければ、あんな山の中でウロウロしているはずがないもんな。

 いやー、中小企業の社長さんたちとの精神的な攻防戦の経験値がありがたい。

 ソラルちゃんは無言でトイレと風呂を指さしてから、そそくさと去っていってしまった。

 いいんだよ。美少女じゃないんだし。

 トイレは廊下の端の方にあった。

 ただし一階だ。

 上の方の階にトイレを作るのは、こっちの世界の建築技術では難しいのかもしれない。

 トイレ紙があったのは僥倖だった。

 ゴワゴワの新聞紙みたいな奴だったけど。

 従業員宿舎の癖にアメニティが充実しているが、下手に手を抜いて汚されるよりはマシということか。

 風呂は思った通り、シャワー的なものだった。

 風呂も技術的にはともかくお湯を沸かしたりするエネルギーがもったいないから、ある程度裕福でないと作れないんだよね。

 このあたりは軽小説(ラノベ)の知識。

 現代日本のサラリーマンやっていて軽小説(ラノベ)を読んでない場合、「風呂がない」という事態は想像しにくいだろうな。

 でも俺は学生時代の経験(弱ヒッキー)から、そういう余計な知識も持っているのだ。

 涙が出てきそう。

 色々な意味で。

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