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就職しました。

 俺は、かしこまってドアをノックした。

 しまった。

 手が滑って2回ノックしてしまった。

 これではトイレのドアだ。

「どうぞ」

「失礼します」

 断ってからドアを開ける。

 そのまま部屋に入ると窓を背にした数人の男達が長机に一列について、こっちを見ていた。

 喉がカラカラになる。

 この状況は何度経験しても慣れないし、実に嫌なものだ。

 男たちの対面にぽつんと椅子が置いてあるが、俺はドアを後ろ手に閉めた姿勢のまま待った。

 数秒後、やっとお許しが出た。

「掛けたまえ」

「はい」

 はい、は余計だったかもしれないと思いながら、俺は椅子に腰掛ける。

「マコトヤジマ、君というのか」

 真ん中に座った男が、俺を真っ直ぐに見つめながら言った。

 何だこれは。

 いきなり圧迫面接か。

 それなら経験がある。

 何度も何度もあの圧力に曝されて、それでも生き残って栄冠を勝ち取ってから、まだ2年は過ぎていないのだ。

 俺は大丈夫だ。

「はい」

「あまり聞かない名だな。

 というか、変わった名だ。

 長くて言いにくい」

「いえ、ヤジマは家名です。

 名前はマコトと言います」

 大丈夫だ。

 落ち着いている。

 前と同じだ。

 同じだと思えばいい。

「ほお。

 家名があるのか」

 左端のいかつい男が、興味を引かれたように言った。

「ヤジマか。

 ヤジマね。

 聞いたことがないが」

「こちらの方の出身ではありませんので」

 大丈夫だ。

 嘘は言っていない。

 本当のことだ。

「ああ、そういえば遠方から来たんだったな。

 まあ気にしなくてもいい。

 半分くらいは似たような者だ。

 うちはごった混ぜだからな。

 要は実力だ」

 並んでいる男たちから笑い声が上がった。

 そうか、実力か。

 それはそれで不安だ。

 というよりは一番不安だ。

「さて、雑談はこのくらいにして」

 と、中央に座った男が俺を睨みつけながら話す。

「さっそく聞こうか。

 君はなんでうちに来ようと思ったんだね」

 それって、就活生が一番苦手とする質問じゃないか、と俺は内心で悲鳴をあげた。

 だが雇って貰いたい者なら、必ず聞かれることでもある。

 俺は出来るだけ落ち着いた声で話す。

 嘘は言えない。

 だが、これを面接官の前で口に出すのには物凄い抵抗があった。

「喰っていくためです」

                     ◆

 俺の名前は八島誠。

 23歳、そこら辺の適当な二流大学を出てIT企業に入社して2年目のぺーぺーだ。

 先輩たちの時代に比べたらかなり景気が良くなっているという話だったが、それでも大学新卒の就活はやはり大変だった。

 周り中と同じく大学3年の初めから活動を開始したのにもかかわらず、みんなと同じように数限りないお祈りメールを受け取った俺だったが4年生の後半になってようやく採用通知が貰えた。

 俺の恩人、いや恩社は世間的にはまったく知られていないが、ある程度の規模の情報処理関係企業だった。

 実のところ、俺も自分の会社をIT企業だと言っていいのか疑問に思うこともある。

 世間でITと言えば、ゲームを作ったりスマホのアプリを開発したりする最先端企業だと思われがちだ。

 俺も入社するまではそう思っていたのだが、実は世間の皆様の知らないところでもコンピューターは活躍している。

 誰も知らない巨大IT企業が無数にあって、そこではIT土方と呼ばれる無名のプログラマーたちが黙々とシステムを組んでいる。

 だからITやってますと言っても華やかさはまったくないわけで、そもそも俺のような下っ端は自分が何をやっているのかすらよく判っていない。

 なぜ就職先がIT企業なのかというと、俺の大学、いや学部学科ではえり好みできなかったからだ。

 俺は文系である。

 文学部というような将来一体何になりたいんだ、と聞かれそうなコースに進んだのは、受験するときに理科系の試験科目がなかったからだった。

 いや違うか。

 推薦やAO入試なら、理系の学部に進学できそうな機会もあったのだが、俺の方で遠慮した。

 なぜなら、工学部や理学部に行った先輩たちがレポートで苦労しているという話を聞いていたからだ。

 もちろん芸術系や医学系は最初から無理だったし、法律なんか有り得なかった。

 というよりは、そもそも何か専門的な方向は全部駄目である。

 そんな才能も野望もない。

 よって文学部なら、どんな学科でもとりあえず何とかなるだろうということで進学したのだが、それは正しかった。

 きちんと卒業できたのがその証拠だ。

 だがこれは就職を考えると致命傷だった。

 今時、文学部出の学士なんてのは何の意味もない。

 まあ大学出はどこの大学・学部であっても資格には差がないとされているが、文学士ではまず技術系や経理・会計といった事務系の専門職にはなれない。

 というか、採用してくれない。

 医学やデザイン、あるいはマスコミといったそれらしいところも駄目。

 ああ、もちろん超一流大学出なら違うが、俺はもちろんそんなエリートではない。

 では世間に結構いる文学部系の卒業生たちはどうなるのかというと、これは俺も就活してみて初めて知ったのだが、圧倒的に営業職になるのだった。

 無理。

 ヲタクまではいかないけれど、人並みにリアルより二次元の方が近い軽いコミュ障の俺は問題外。

 そういうわけで過酷を極めた就活だったが、何とIT業界が拾ってくれたのだ。

 採用されてからも信じられなかったが、ITって理系である必要はなかったのだ。

 というより、むしろ文系の方が向いているとすら言える。

 考えてみれば、プログラムって英語というかアルファベットで書くわけで、その時点でもう文系だ。

 複雑な数学は必要ないし、物理法則も関係ないし、工学的な知識もいらない。

 いやいや、俺だってまだ入社2年目のぺーぺーなので、プログラムの神髄を究めたとか言うつもりはないが、少なくとも俺がやらされている程度の作業は理系である必要はまったくなかった。

 とはいっても、やはり仕事はきつかった。

 そもそも俺は、働くということ自体に何の展望も野心も持っていないのだ。

 ただ単に生き残るためだけに死にものぐるいながら何とかやっていた俺だったが、まさかこんなことになるとは。

「ほう。

 すると、うちでなくても良かったと?」

 口調が若干きつくなっている。

 俺は現実逃避から慌てて駆け戻った。

「いえ、御社は将来性もあり、研修制度も充実していると」

「研修ねえ。

 まあ、それはそうだよな。

 やらないと死ぬから」

 誰かがあざ笑うような口調で言った。

 俺はぐぐっと精神的に後退する。

 さらに追い打ちをかけるような声が聞こえてきた。

「まあ、どうだっていいんだけどね。

 ちゃんと仕事してくれさえすれば」

 仕事。

 どんなことをやらされるんだろうか。

「ということで仮採用だ。

 明日から来れるな?」

「はい」

 こうして俺は就職した。

 チーム『栄冠の空』。

 正規メンバー45名。

 主な業務内容はギルドが発注する各種業務の請負。

 堂々たる大企業だ(こっちの世界では)。

 冒険者のグループである。

 俺の身分は臨時雇いのバイトだけど。

 誰か嘘だと言ってくれ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「八島」が「矢島」になっている点 [一言] 連載中の別作品を讀書中ですが、最終話まで読んだので本作品に来ました。 誤記報告を有効にして頂けると助かります。
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