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それぞれの真実

夜明けと共に、王城内で起こった一連の出来事はイシュトシュタイン王の知る所となった。他国の城に無断で乗り込んできたオーウェン達を捕らえるはずが一転、王妃とボイル侯爵の存在が王を悩ませることとなってしまった。

王女の成人の儀は取り止めとなり、事態の収拾が急がれた。オーウェンの右肩は全治1ヶ月、左のこめかみは5針縫う大怪我だと診断されたが、オーウェンは気にも留めずすぐ事後処理に取りかかった。しかし国の混乱を避けるために、今回の事件は刺客の侵入をオーウェンが食い止めたと伝えられ真相は公には伏せられたのだった。



「ん・・・・・・」

まどろみの中から意識が浮上する。身体を少し丸めた後、自分が目を覚ましたのだと自覚した。身体が柔らかく温かい寝具にくるまれていることにどこか安心感を覚えてしまうのは、ずっと緊張する日々が続いていたからだろうか。まぶたを開けるのも億劫に感じるほど身体が重く、疲労感を感じる。しかし、久しぶりに深く眠れた気がした。少し伸びをしてやっとの思いで起き上がると、窓から西日が差しているのが見えた。

「夕方・・・・・・」

赤く燃える空が美しいと思った。しかし次の瞬間、別の赤が頭をよぎった。

「あ、・・・・・・!」

そうだ。こんなところで寝ている場合じゃない。自分を守るために傷だらけになって、血を流していた。自分はどの位眠ってしまっていた?彼はどうなった?

起き抜けの頭は上手く働かず、彼から助け出された後の事を少しも思い出すことが出来なかった。不安と焦燥がいたずらに増幅し心臓に早鐘を打たせた。

「オーウェン様っ!」

絡まるシーツに苦戦しながら何とかベッドから下りると、一目散に扉へと走る。この部屋が城のどこなのか分からない。けれどとにかく彼の元に――オーウェンの元に行きたかった。

よろけながらも扉に辿り着き、目一杯の力で扉を開いた。

「うわ!」

「きゃ!」

部屋から出ようと裸足の足を踏み出した途端、顔面から勢いよくぶつかってしまった。

「ごごごごめんなさい!」

しかしそんなことに構っては居られない。早く、彼の元へ――・・・・・・。

「そんなに慌てて、どうされたのですか」

「え」

聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには今一番逢いたかった人物の顔があった。血まみれだった顔は綺麗になっていたが、左まぶたからこめかみにかけて当てられた白いガーゼが痛々しかった。

「オーウェン様・・・・・・あの、斬られて血が、それにすごいお怪我を・・・・・・っ」

頭が真っ白になり片言の言葉を口にすると、オーウェンはそれだけで察してくれたらしい。ガーゼに手を当てながら軽くおどけて見せた。

「ああ、この位大丈夫ですよ。慣れていますから」

「でも」

傷の具合を見ようと更に近づくと、不意にリリアンヌの全身に視線を滑らせたオーウェンの頬が一気に朱に染まった。

「・・・・・・っとりあえず!これ着て中に入って下さい!」

「え、はっ、はい!」

バサリと被せられたオーウェンのフロックコート。気付くとそのまま部屋に押し込まれていた。

扉が閉められたのが背後から聞こえる。するとオーウェンは何故か扉に向いたままこちらに背を向けていた。

「あの、オーウェン様?」

「とにかく上に何か着て下さい。ないのなら自分のそれでよければいくらでもお貸ししますから・・・・・・目のやり場に困ります」

「えっ・・・・・・きゃあ!私ったら!」

オーウェンに指摘されやっと自分の姿を見下ろした。さらりとした、身体の線が浮き出る肌触りのよい夜着。しかし男性の前に姿を見せるにはあまりに心許ないものだった。

「ごめんなさい・・・・・・」

「いえ・・・・・・」

オーウェンから渡されたフロックコートを着込み前をかき合わせる。オーウェンの臭いがする黒のフロックコートは、少し重みがあって優しい温もりが残っていた。礼を言おうと顔を上げると、まだこちらに背を向けるオーウェンの姿が目に入る。フロックコートを被せられたから見えなかったが、コートを脱いだ彼の右腕は大きな布で吊されていた。痛々しいその光景にリリアンヌは思わず彼に近づき肩に触れた。

「リリアンヌ様・・・・・・?」

「この肩は、治らないのですか」

「全治1ヶ月です。といっても自分は治りが早いですから、一週間も経てば日常生活には困らないようになりますよ」

こちらに振り返ったオーウェンが何でも無いことのように笑う。リリアンヌはそんなオーウェンの様子に心が痛んだ。

――この人は、何故こんなにも自分の事に無頓着なのだろう。

生きろと、言ってくれたのに。命を賭けて守ってくれたのに。彼は自分を大切にしない。

互いの目が合うと、優しい琥珀色の瞳の中に自分が映っているのが見えた。

「そんな悲しそうな顔をしないで下さい。この怪我は貴女のせいじゃない。私がやると決めてやった行いの結果です」

「でも!私は、オーウェン様に傷ついて欲しくないのです・・・・・・!」

そう言ってオーウェンの肩に額を当てる。胸に当てた手の平からは彼の体温と鼓動を感じた。彼が生きていることが、このよのどんなものより価値のあることに思えた。

「もっとご自分を大切になさって下さい。私だって、貴方に生きていて欲しいのです!」

「リリアンヌ様、」

「貴方が居ない世界なんて・・・・・・っ」

ボイル侯爵からオーウェンを殺す計画を聞いた時、世界が全て色を失ったように感じたのだ。生きる希望だった彼が居ない世界など、生きる意味がないと思った。もうあのような絶望感は味わいたくない。

「・・・・・・俺もです」

震えるリリアンヌの肩に、オーウェンの左手が乗せられる。温かくて大きな手。自分を守ってくれた、強くて優しい手だった。

「貴女がボイル侯爵の手に落ちたと聞いて、最悪の事態を想像しました。・・・・・・目の前が真っ暗になったんです」

オーウェンはリリリアンヌの肩に置いた手に力を入れる。

「・・・・・・失いたくないんだ」

そう呟くと、オーウェンは動く左腕でリリアンヌを抱きしめた。リリアンヌはそれに応えるように静かに彼の背へ手を回す。

「・・・・・・私もです、オーウェン様」

耳に直接聞こえる心臓の音が彼の存在を証明してくれる。オーウェンはしばらくして名残惜しそうにリリアンヌを腕から解放すると、近くのソファへリリアンヌを促した。並んで腰を掛けると、どちらともなく寄り添った。

「私はどの位眠っていたのですか?」

「一日と少しです。緊張が解けて疲れが出たのでしょう」

「オーウェン様はどうしてあの時この城に?」

リリアンヌの問いにオーウェンが事情を話すと驚いたように目を丸くした。

「では補給処から休まず・・・・・・!?」

「それでもギリギリになってしまいました。遅くなって申し訳ありません」

心底すまなそうに謝るオーウェンにリリアンヌは慌てて首を振る。

「そんなことはありません!・・・・・・私のせいで、危険な目にあわせてしまって本当にごめんなさい。リガルド国の国際的立場にも影響してしまいましたよね」

「その件はどうとでもなりますから安心して下さい。・・・・・・ですが、問題はこの後です」

「・・・・・・そうですね」

真相は公にされてはいないものの、王妃やボイル侯爵の行いは王の知る所となった。王がこれから彼らをどう処分するのか、そして王妃の息子である王子オレリアンをどう扱うかが問題になる。

「王は元々ボイル侯爵を疑っておられたそうです。自分がカルイースクへ出立する際の進言に驚いた様子はありませんでしたし、今回の事もすぐに状況を理解されていた」

「離宮放火の件もあります。彼には厳重な処罰が言い渡されるでしょう。・・・・・・でも、オレリアン殿下が」

第一王位継承権を保持する王女を殺そうとした王妃。公にしていないとはいえ、騒ぎを目の当たりにした一部の城の者の中には公表された内容を疑問視する者も多い。このまま城に留まるのは立場的に難しい可能性がある。そしてその息子であるオレリアンも。

「私は・・・・・・正妃様が怖い」

ぽつりと呟いた言葉は、思った以上に弱々しく吐き出された。気遣わしげにこちらを見るオーウェンの視線を感じながらさらに言葉を続ける。

「でも、正妃様にはこのまま城に残って頂きたいのです。この国の妃として、オレリアン様を王に育て上げて欲しいのです」

「憎む気持ちはないのですか」

オーウェンの問いに、リリアンヌは苦笑を浮かべる。

「・・・・・・恨めません。それに私が隠し続けてきたことに比べれば・・・・・・」

「隠していたこと?」

「・・・・・・」

リリアンヌは膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめる。

「私は陛下に・・・・・・父に、告げなければならないことがあります。王位を継ぐことが出来ない、本当の理由を」



リリアンヌが目覚めて数刻後、報告を聞いたイシュトシュタイン王はオーウェンとリリアンヌを呼び寄せた。二人は招きに応じ、身支度を調え指定された場所へと向かった。

案内して通されたのは王妃の私室の前。リリアンヌは硬い表情で扉を見つめている。

「緊張されていますか」

「・・・・・・少しだけ」

リリアンヌは二年ぶりに王宮に戻ってきており、さらに敵対していた王妃の部屋を訪れるのは今回が初めてだった。その上あのような事件があった後だ。リリアンヌは緊張と不安でなかなか一歩を踏み出せないでいた。やっとの事で持ち上げたノックする手も小さく震える。

「俺がついています」

「オーウェン様・・・・・・」

震える手をそっと包み込むと、リリアンヌは少し驚いたようにこちらを見上げた。

「陛下も今王妃様を見舞っているそうです。行きましょう」

「・・・・・・はい」

扉に向き直ったリリアンヌの瞳にもう迷いはなかった。彼女の小さな手が扉をノックする。室内から「入りなさい」と優しい男性の声が聞こえてくる。傍に控えていた衛兵がゆっくりと扉を開いて中に促した。

「よく来てくれたね、二人とも」

夜の帳が下り、カーテンは閉められランプの明かりが室内を照らしていた。天蓋付きのベットの傍らに寄り添うように座る王が、少し疲れた表情でオーウェン達を迎え入れる。今回の騒動の収拾に多忙を極めているのだろうが、それ以上に心労が大きいのだろう。顔色も良くないようだった。

「・・・・・・陛下、正妃様は」

リリアンヌが遠慮がちに尋ねると、王は力なく笑う。

「・・・・・・精神的な疲労とショックで目を覚まさないらしい。身体に異常はないそうだよ」

「そう、ですか・・・・・・」

リリアンヌが俯きドレスの裾を握りしめる。ここに来るまでに、リリアンヌはオーウェンに今回の件に対する思いをぽつり、ぽつりと語ってくれた。正妃と対面することは未だに怖いこと。母を罵倒されたことや殺されかけたことに対しては許すことは出来ないが、それでも憎んではいないこと。自分の存在が正妃をここまで追い詰めてしまったことに、責任を感じていること――。

オーウェンは震えるリリアンヌの肩をそっと抱く。勇気づけるように力を込めると、リリアンヌは小さく頷いた。

「お顔を・・・・・・拝見しても?」

「ああ、おいで」

オーウェンの手を離れ、リリアンヌは一歩ずつ正妃の眠るベッドへ近づく。オーウェンもそれに続いた。

二年ぶりに明るい所で見た正妃の顔はやはりどこかやつれていて、とても儚く見えた。

「・・・・・・二年前の事件について、話は聞いている。妃が――ロジェンヌが、そなたとミシュリーヌにしてきたことも」

「そう、ですか・・・・・・」

王は正妃の頬を手の甲で撫でる。そしてまるで許しを請うように目を瞑った。

「・・・・・・本当は、薄々気づいていた。二年前の事件も、正妃の行いも。ボイル候の策略も。それでも、私はロジェンヌを止められなかった」

何故。

そう問うまでもなく、王は静かに語り出した。それはどこか贖罪をしているかのようにも見えた。



語り始めた王の姿を、リリアンヌはただ静かに眺めていた。王が昔の事を語るのは初めてで、自然と緊張してしまう。――王の真意を知ろうとしなかったのも、正妃の行いを訴えてこなかったのも、全ては自分の存在が原因だと自覚していたからだった。自分のせいだと真正面から事実を突きつけられるのが怖くて、相対することを避けてきたのだ。しかしそれも今日で終わる。王の語りが終われば次は自分が真実を告げる番――そう思うと胸がちくりと痛んだ。

「この国は長らく王位継承問題で地盤が揺らいでいた。それは知っているね」

「はい。一時期は各領地が分裂する可能性もあると噂されていましたね」

オーウェンが答えると王は頷いて肯定した。

地に落ちた権威を取り戻すための政略結婚――候補となったロジェンヌはイシュトシュタイン国の中でも最も有力な公爵家の愛娘で、彼女を妃に迎えることで王家は権威の回復に成功した。イシュトシュタインは広大な土地を持つ大国家だ。故に、いくつもの領地に分割し、有力貴族や地主がそれぞれの地を治めていた。地方貴族が台頭していくにつれて中央集権であったはずの王政は弱体化していった。なんとかそれに歯止めをかけようと計画されたのが、当時即位したばかりのイシュトシュタイン王とロジェンヌの婚姻だったのだ。結婚式の前に顔を合わせたのは一度だけ。お互い政略結婚であることは承知していた。

「彼女は私より5つ年上でね。美しかったが、お高くとまっている雰囲気があってどうにもなじめなかった。だから私は、政務に没頭した」

寝所に足を運ぶことも希になり始めた頃、出会ったのがミシュリーヌだった。

毎年恒例の城下の視察だった。臣下の勧めで立ち寄った国立歌劇場で一番人気を誇る歌姫ミシュリーヌ・ロア。村を出て戦へと向かう恋人を涙ながらに送るヒロインを演じるミシュリーヌは、哀愁と儚い涙を流しながら悲しみと祈りのアリアを歌い上げた。その歌声と姿に、王はただただ圧倒された。

舞台が終わった後ねぎらいの声を掛けに行くと、彼女は花も恥じらうような無垢な笑顔で微笑んだ。初恋と呼べるかも知れない。自分のものにしてしまいたい――そんな感情が王の心を占めた。

その後何度か国立歌劇場に足を運び、ミシュリーヌに会いに行った。ミシュリーヌは困ったような顔をしていたが、国立歌劇場の支配人はここぞとばかりにミシュリーヌを売り込んだ。彼女を側妃として召し上げるのに時間はかからなかった。

「ミシュリーヌは身も心も美しくて、清廉で。私はしばし王族のしがらみから解放された心地がした。彼女の歌声を聞けば心が安まった。・・・・・・しかし、どこかで期待もしていたんだ。側妃を持てば、正妃が、ロジェンヌがもっと私に心を向けてくれるかも知れないと」

愚かなことにね、と呟いた王は自嘲的な笑みを浮かべる。

「お母様は・・・・・・結婚を承諾したのですか」

生前、母はいつも正妃のことを思いやっていた。辛そうな表情は今でも忘れられない。

「いや、何度となく断られたよ。でも断られれば断られるほど思いが募ってしまった。最後には支配人に話を付けて、城に連れ帰った」

それは、強引に。ミシュリーヌの意思ではなかったと言うことだ。

「彼女が城に来てから、私は彼女に没頭した。政務の息抜きに彼女を訪問し、贈り物を届け・・・・・・夜には、子守歌を歌って貰った」

「子守、うた・・・・・・?」

リリアンヌは上手く意味が飲み込めず言葉を繰り返した。無理矢理に側妃にしたほど愛してやまなかったミシュリーヌの寝所に赴きながら、王は手を出さなかったというのか。

「・・・・・・私はね、本当は知っていたんだ。ミシュリーヌのお腹に、すでに子が宿っていたのを」

「!」

驚きにリリアンヌは目を丸くする。オーウェンも驚いたのか、リリアンヌの肩を抱く手に力がこもった。

「知って、いたのですか・・・・・・?」

――私が、王の子ではないことを。

言外に問うた言葉に王は小さく頷いた。リリアンヌはその場に崩れを落ちそうになり、オーウェンは均衡を失ったリリアンヌの身体を慌てて支えた。

「陛下・・・・・・お許し下さい。私は・・・・・・っ」

知っていた。自分自身が、王の子ではない可能性を。否、どこかで確信していた。

母に似たとはいえ、父と全く似ていない容姿。イシュトシュタインの民には有り得ないとされる蒼の瞳。母の翡翠の色とも異なるこの蒼は、アメジストの瞳の家系である王家と血のつながりが無い何よりの証拠だった。周囲は異邦人である母の血が先祖返りでもさせたのだろうとごまかしていたけれど。

「・・・・・・そなたが謝ることではない。私は彼女が身ごもっているのを知っていて、それを周囲に黙ってミシュリーヌを側妃にしたんだ」

ミシュリーヌの歌が王宮に響けば、ロジェンヌも笑ってくれるかもしれない。ロジェンヌがもっと打ち解けてくれるかも知れない――そんなことを考えた。そしてそれが叶わなかった時の安らぎを、ミシュリーヌから得るために。

「・・・・・・ただ、自分を慰めてくれる存在欲しさに・・・・・・」

目の前に眠るロジェンヌの顔を静かに見つめる王。目覚めない正妃・ロジェンヌの髪を王は優しく梳いた。

「おかしな話しだろうな。きっと誰にも理解できないだろうよ。正妃に振り向いて貰うために、側妃を娶るなんて。・・・・・・しかし、私はミシュリーヌを愛していた。そして同じようにロジェンヌのことも。もしかしたらそれらは、親愛に近かったのかも知れないがね」

リリアンヌは何も言えなかった。

――ただ。

父であるはずの王が、他人だったという事実を急速に実感したのだった。



「お帰りなさいませ、お義兄さま」

あてがわれた自室に戻ると、淑女然としたドレスに着替えたドロシーが応接ソファに鎮座していた。いつもの光景にため息をつくと、オーウェンも向かいのソファに腰を掛ける。すかさずアベルが紅茶を運んできたので小さく笑いがこみ上げる。

「アベル、お前紅茶なんて淹れられたのか」

「えっ・・・・・・いや、ドロシー様がいつも騎士団の出す珈琲がお口に合わないと仰って・・・・・・」

練習しました、と苦笑してみせる。ドロシーは「やっと最近マシになってきましたわ」と辛口批評をするが、概ね満足しているらしい。

「リリアンヌ様はお部屋に戻られましたの?」

「ああ。少し一人になりたいと。・・・・・・衝撃が大きかったんだろう」

その言葉に疑問符を浮かべる二人に、他言無用を言い置いて事情を説明した。アベルはたいそう驚いていたが、ドロシーの方は予想範囲内だったらしく、終始落ち着いた様子で話を聞いていた。

「王女殿下にとっては王族籍返還の理由が出来たわけですわね。後はこの国が何をどこまで公表するかですけれど」

「正妃様の件はまだ伏せられているようですね」

アベルの言葉にオーウェンは頷く。

「ああ。今後も公表は避けるだろう。しばらくは目を覚まさないと聞いているから、当分心身の療養を名目に郊外へ移られるはずだ」

するとドロシーが途端にしかめっ面を見せる。

「・・・・・・あの女、お義兄様にこんな怪我を・・・・・・一生死の淵でも彷徨っていればいい・・・・・・」

ぼそりと呟いた低い声は本気そのもので、聞いていたアベルがびくりと肩を揺らす。

「ドロシー、素が出てるぞ」

「あら嫌ですわ、私としたことが」

口に手を当て、淑女らしくはにかむ変わり身の早さには感服する。「勘弁して下さいよ・・・・・・」と弱気に胸を押さえるアベルが笑いを誘った。

「ボイル侯爵は処刑だとして、シリルとかいう下衆はどうされますの?」

「ドロシー様、過激なお言葉はいけません!執事のクリストフさまが泣きますよ!」

「あら大丈夫ですわよアベル様。イシュトシュタインへ弓を持って飛び出した時点で、クリストフは神経性の胃炎で倒れましたもの。泣く暇もありませんわ」

「クリストフさまー!」

悲壮な顔で嘆くアベルだが、当の本人はからからと笑いさして気にも留めていないようだった。クリストフとは、ドロシーに付けられた教育係件執事だ。いつもは淑女を完璧に演じるのに、端々で昔の「赤弓の魔女」を垣間見せてしまうために心労が絶えないご老体だ。アベルとも親しいらしく、アベルはいつも彼がいつか倒れるのではないかと危惧していたのだ。

「クリストフは国に帰ったら見舞ってやろうな。・・・・・・とりあえず、ボイルには事情聴取を続けている。シリルも同様だ。処分は追ってされるが、まずは芋づる式に協力者を炙り出すことが先決だろう」

そこで言葉を切ると、立ち上がった。

「少し、陛下と話をしてこようと思う」

この国の、これからのために。







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