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叶わぬ想いと願い

――見ないで・・・・・・私の『眼』を、見てはだめ

――でも、彼は私の目を見ていた。

まどろみの中、リリアンヌは目を開けるのも億劫に感じていた。身体が優しいシーツにくるまれている。まぶたを閉じているのに、光が溢れんばかりに降り注いでいるのが分かる。温かい、心地よい風を頬に感じる。そして風が運んでくる花の香り。自分が住んでいた北の離宮では考えられないような――。

まどろみの心地よさを惜しみながらも、リリアンヌはゆっくりとまぶたを開けた。美しい刺繍の施された天蓋が最初に眼に入る。光は右手にある大きなテラスの窓から差し込んでいるようだった。窓は少し開いていて、風の通り道となっている。こんな心地よい部屋で眠ったのは何年ぶりだろうか。少し身じろぎして顔を横に動かすと、誰かの後ろ姿が眼に入った。藍色のお仕着せに清楚に髪をまとめた少女。その慣れ親しんだ姿が唐突に振り返った。

「リリィさま!?」

「セリーヌ・・・・・・?」

「ああっ、目覚められたのですね・・・・・・!どこか痛むところはございませんか?三階から飛び降りたのですもの、さぞ恐ろしい思いをしたことでしょう。ご気分は・・・・・・」

せっせと世話を焼こうとするセリーヌにたじろいて居ると、彼女の背後から違う声が聞こえた。

「セリーヌ、もしかして姫様がお目覚めに!?・・・・・・!姫様ぁっ!」

「ルネ・・・・・・」

心配ですと顔に書いて世話を焼く優しい侍女と、泣きそうな顔で駆け寄ってくる大切な騎士。微睡の中から抜け出せずにいたリリアンヌは何が起こったのかよく理解できないまま、どこか心が温かくなって応える。

「どこも痛くないわ。少し頭がぼうっとするだけで・・・・・・ここは、どこ?」

リリアンヌの返答にホッとしたのか、セリーヌは笑顔と涙を浮かべてリリアンヌの手を握ってきた。

「ここはリガルド卿がお泊まりになっている貴賓館の一室ですわ。火事で北の離宮が焼失してしまいましたから、こちらにと」

「火事・・・・・・リガルド卿、が?」

するとルネは嬉しそうに首を縦に振る。

「はい。離宮の火事の中から姫様を救出された後、安全を確保するためにこの貴賓館を提供して下さったのです。王宮に戻ることは私たちが反対したため、リガルド卿が姫様の安全の保証を名乗り出てこの一室を使用することを提案して下さいました」

「この部屋は貴賓館の最上階で、リガルド卿のご配慮もあってこの階にはリリィさまと私、ルネしか出入り出来ないようになっています。ご安心ください」

――そうだ。

やっと思考の霧が晴れ、何が起こったのか思い出し始めた。離宮全体に火の手が回り、リリアンヌは最上階で身動きがとれなくなったのだ。意識が朦朧とした時、助けてくれたのは・・・・・・

はっとして、リリアンヌは蒼白な顔でセリーヌとルネに向かって訴えた。

「リガルド卿はご無事なの!?私を助けるために、沢山お怪我をなさって…!離宮の皆も!」

「リガルド卿は火傷や打ち身などお怪我はされていたようですが、慣れているからと仰せで…手当てを受けた後、もう事後処理に当たられています。離宮の者は皆リガルド国の旅隊に救出されて皆無事ですよ」

ルネが応えるのを聞いてリリアンヌもひとまず安心した。自分を抱えて火の中を駆け抜けた彼。最後に、三階のバルコニーから飛び降りた瞬間から記憶は途切れていた。聞けば飛び降りたバルコニーの下には大勢の騎士が掴んで広げた布が張ってあって、そこに二人は落ちたのだという。衝撃でその後意識を失ったようだが、自分はどの位眠っていたのだろうか。

「私は・・・・・・どの位眠っていたの?」

「火事の夜から2日ですわ。煙による中毒と疲労が出たのでしょう。リガルド卿も朝晩事後処理の合間に足を運ばれて・・・・・・心配なさっておいででした」

「毎日・・・・・・?」

その言葉に、リリアンヌはあることを思い出した。

オーウェンは、あの火事の中自分の『目』を見た。では彼もまた、この『目』の犠牲になったのではないのだろうか。だからリリアンヌのために、あんな無茶をしたのではないか?

「それはもう足繁く。ですが、リリィさまが目覚めたら顔を見られるのを嫌がるだろうからと、衝立の向こうにお座りになって。リリィさまの寝息が安定しているのを確かめられた後、私やルネから様子を聞いて立ち去るのです。本当に、リリィさまのことを大切にしてくださって・・・・・・」

感無量なのか、セリーヌは瞳に涙を浮かべながら話し出した。部屋の配慮から警備まで、オーウェンが手配してくれたこと。宮殿の誰も信用出来ない状態であることを訴えて、国際的にも中立の立場を持つリガルド国の騎士たちが警護を申し出てくれたこと。そしてあまり人を褒めないルネも、セリーヌと自分を助け出してくれたオーウェンの部下・アベルを高く評価した。

しかしリリアンヌはオーウェンの態度に不安が募る。

「リガルド卿は私のこの『目』をご覧になったの。きっとそのせいで、私のことを守って下さろうと・・・・・・」

「リガルド卿がリリィさまの目を!?」

リリアンヌは小さく頷く。驚きの声を上げるセリーヌの横で、ルネも目を丸くして驚いているようだった。リリアンヌは助かった喜び以上に、オーウェンへの罪の意識に苛まれた。

「私のせいだわ・・・・・・リガルド卿は、私のこのおかしな『目』のせいで、こんな・・・・・・」

茶会での、オーウェンの干渉してこない線引きの仕方は薄々気がついていた。彼が縁談を断りやすいよう配慮するべきなのも分かっていた。けれど、少し甘えたくなったのだ。彼の、裏表のない優しさに。

「リガルド卿は、今回の縁談は断るつもりだったはずなの。私のようなお役目の1つも果たせない妻なんて必要ないもの。中立国として、どこか1つの国と懇意になることも出来ないはずなのに、今回のせいでこんなにもイシュトシュタインの問題に干渉させてしまった・・・・・・」

この『目』に、こんなにも憎悪を感じたのは久しぶりかもしれない。


――1度目を合わせると、この目は殿方を狂わせてしまう。


母が亡くなってから、リリアンヌは王宮での居場所をなくしていた。

それでも王と正妃の間に子どもが生まれなかったため、16歳の誕生日を迎えると共に、王位継承権を得ることが決まってしまった。

王位継承権についてお触れが出てからは、エスカレートしていく正妃からの嫌がらせや一部の使用人からのいじめに耐えながらの毎日だった。味方をしてくれるセリーヌやルネだけが心の支えだった。

そんなある日。国王は年頃の娘となるリリアンヌに縁談を進めた。リリアンヌはそれに従って、求婚を申し出ている殿方たちと面会することとなった。

16歳の生誕パーティーの夜。彼女は控えの間で呼ばれるのを待っていた。すると控えめに、コンコンコン、とノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

リリアンヌが答えると、静かに扉が開かれた。そこにはレースで顔を隠した貴婦人の二人組の訪問者がいた。

「本日はおめでとうございます、リリアンヌ様。お祝いのお品をお持ちましたの」

仕立ての良いドレスを着た既婚のレディたちに警戒しなかったリリアンヌは、嬉しくなって礼を言い、貴婦人が差し出す小さな箱を受け取った。

「有り難うございます。とても嬉しいですわ」

リリアンヌが礼を言うと、貴婦人は気をよくしたように頷く。しかし話すのは片方の女性だけで、もう一人はずっとこちらを見たまま頷くことしかしない。不思議に思いながらも会釈をすると、無言の女性は控えめに首を傾げた。それを合図に、話を続ける女性は口元に弧を描いて距離を詰めてくる。

「どうぞ、開けて下さいまし」

「ですが・・・・・・」

あいにく侍女のセリーヌも騎士のルネも席を外していて、箱の中を検閲する者がいない。返事を言い淀んでいると、急かすように貴婦人が言う。

「私たち、リリアンヌ様に喜んで頂きたくて色んな職人を探したのです。やっと見つけた一品ですのよ。ささ、どうぞお開けになって」

そう勧めてくるので、中身が気になったリリアンヌは頷いた。

「分かりましたわ。何が入っているのかしら・・・・・・」

リボンを解き、リリアンヌが箱を開いたその次の瞬間――――ぼふん!と大きな音と共に煙が上がった。

「きゃああっ!?」

悲鳴を上げるが、どんどん意識が遠のいていく。

「・・・・・・忌々しい小娘め。あの泥棒猫もおまえも、不幸になれば良いのです。せいぜい、人に愛されることも知らず寂しい人生を送ることね――――……!」

意識が遠のく中で、先ほどまで無言を貫いていたあの貴婦人の、あざ笑う声だけが響いていた。

――目を覚ますと、リリアンヌは同じ控えの間の椅子に座っていた。はっきりしない意識の中、今のは現実だったのだろうかと首を傾げる。もしかしたらうたた寝をして、悪い夢を見てしまったのかも知れない。あの沈黙の貴婦人の声はどこか正妃に似ていた。意地悪ばかりされるから、そんな夢を見てしまったのだ。あたりを見回しても、受け取ったはずの小箱は見当たらなかった。部屋を警備していた衛兵も「誰も来ていない」と首を振ったので、リリアンヌは夢だと考えることにした。

そう思い起こしていると、今度こそ侍女のセリーヌが迎えに来た。

「リリィさま、素敵な殿方を選んで下さいね?でも、巧みな話術に騙されてはいけませんよ」

「もう、セリーヌったら」

くすくす笑い合いながら、リリアンヌは生誕パーティーが行われる広間へと歩き出した。

――その後、事件は起こったのだ。

縁談の話を持ってきた男達は、我先にとリリアンヌと懇意になろうとした。リリアンヌは戸惑いながらも、きちんと対応していた。初めての縁談に恥ずかしくて目も合わせられないくらいだったのだが、やがて上手く取り入った男が、リリアンヌを中庭へ連れ出した。

たわいない話をしていた二人だったが、月光の元ふと見つめ合ったその瞬間、あろうことか男はリリアンヌの美しさに溺れ我を失い、無理に触れようとした。リリアンヌの助けを呼ぶ声に駆けつけた男達もまた、リリアンヌの美貌に酔い、リリアンヌを追い詰めた。

 その後すぐにリリアンヌは無事助け出されたが、それ以来彼女は男性恐怖症となり、引きこもってしまった。リリアンヌには、呪いのように思えた。王宮付きの老医師の診断では、リリアンヌの瞳には、目が合った男を惑わせ溺れさせる力があり、その力に彼女の美貌、少女から女性へ成長していこうとする美しい肢体が相まって男達を狂わせるのだと。男達はその後、1ヶ月以上も譫言のように姫の名を口走っていたという。

――――今までそんなことはなかったのに。

その時、リリアンヌはあの夢のような出来事を思い出した。

「もしかして、あれは夢じゃなかったの・・・・・・?」

あの貴婦人は確かに言った。『せいぜい、人に愛されることを知らず寂しく生きていけ』と。つまり、リリアンヌの意思も相手の意思も構わず、リリアンヌの顔を見てしまったら相手は惑わされ狂ってしまうのだ。リリアンヌは、本当に愛されているのかも分からないまま・・・・・・。

リリアンヌは逃げるように、自室に引きこもった。もう人に愛されることも、人を愛することも出来ないのだと。これ幸いと、正妃は心配する風を装い、改装した北の離宮にリリアンヌを追いやったのだ。

しかし一人娘である彼女には、どうしても結婚をして子を産んでもらわなければならない。そこで王はリリアンヌにもう一度縁談を持ってきた。すると彼女はか細い声で「分かりました」と答える。その答えに安堵した国王だったが、リリアンヌは「しかし」と続けた。

『お顔をお見せすることは出来ません。どなたにも。例え、その方が私の夫となる方でも――・・・・・・』



――この『目』のせいで、リガルド卿に迷惑をかけてしまっている・・・・・・

しかし解く方法も分からない。温かく光が溢れる部屋も、今のリリアンヌには罪悪感を感じるものでしかなかった。落ち込みながらふと視線をずらすと、サイドテーブルに見覚えのある箱が置かれていた。少しすすけているが、それは確かに見覚えのあるものだった。

「リガルド卿から頂いた宝石箱・・・・・・」

手に取り箱を空けると、母の形見のネックレスが出てくる。寵愛された一国の側妃のものとしてはあまりに質素な銀細工に皮の紐を通しただけのそのネックレスは、母が最後まで手元に置いていたものだ。最後の最後まで手放さなかったものが、この形見と宝石箱だった。

「リガルド卿は、これも一緒に助けて下さったのね」

彼の優しさが心から嬉しい。しかしそれも、この『目』が強いたことだったとしたら。

「・・・・・・姫様。姫様の瞳を以前見て狂った者達は、譫言の様に姫様の名前を呟き仕事もままならなかったと聞いています」

リリアンヌのつぶやきを聞き考えを定めたように、ルネが話しを切り出した。。

「リガルド卿は、確かに姫様の事を思って動いて下さっています。しかし、狂気は感じられません」

自分にも言い聞かせながら、やがて確信を持ったように話すルネ。リリアンヌは涙を浮かべながら顔を上げた。

「本当に?」

「私もそう思いますわ、リリィさま」

セリーヌもルネの言葉に頷く。しかし。

「ならどうして、リガルド卿は私の『目』を見たはずなのに、狂ってしまわないのかしら・・・・・・」

「きっと、リガルド卿とお話しなされば分かりますわ。あのおかしな事件からもう二年も経つのですもの。リリィさまの『目』も、力が消えたのかもしれませんし」

「そうね・・・・・・」

そうだといい。リリアンヌは宝石箱を胸に抱きしめた。

「リガルド卿がお見えになりましたら声をおかけいたしますわ。それまでもう少しお休み下さいませ」

「そうね。そうするわ・・・・・・」

宝石箱を枕元に置くと、リリアンヌは再びベットに身をゆだね目を閉じた。



「王女殿下が目を覚まされたそうです」

貴賓館の一室、オーウェンの執務室としている部屋。扉を開けて開口一番、副官のアベルが口にしたのはその一言だった。

「お変わりなく、先ほど遅い昼食を少し召し上がったと」

「そうか。良かった・・・・・・」

目を通していた書類を一度置き安堵の息をつく。火事の夜から二日、リリアンヌが目を覚ますことはなかった。陽に当たることも少ない華奢な姫君にとって、あの火事は相当な疲労を与えただろう。なかなか目を覚まさない彼女に焦りを感じていたため、やっとゆっくり眠れる気がする。

「これで侯爵の話が偽りであると証明できるな。今回の件で少し大人しくなると良いが・・・・・・」

――今回の火事の原因は、おそらくマーティン・ボイルの策略によるものだ。そしてリリアンヌの命を狙っていた。火事の現場に居た彼はリリアンヌに呼ばれたから来たと話していたが、侍女と騎士に確認した所そのような事実はなかった。リリアンヌが目を覚まして彼女の口から偽りであると公表できれば、マーティンの放火の疑いは濃くなる。当分大きな動きは取れなくなるだろう。

先ほどアベルがとりまとめて提出してきた調書には、マーティン・ボイルの背景が綴られていた。それに目を落としながらオーウェンはつぶやく。

「ボイル侯爵は、おそらく命まで奪うつもりではなかったんだろうな」

「ええ。あの男が正妃派を装いながら、その実王女殿下を女王に担ぎ上げようとしている『王女派』の筆頭だったんですからね、これには驚きました」

火事の後、セリーヌやルネから火事の原因について心当たりがないか、またボイル侯爵との約束について尋ねた。すると返答は、『ボイル侯爵の正体』だったのだ。彼は縁談を受ける傍らリリアンヌを執拗に女王への道へ誘った。なかなか頷かないリリアンヌに手を上げそうになることもあったという。

「国から出るなと言う脅しだったのでしょうか」

「あるいは、小さな火事にするつもりで王女を自ら救い出し恩を売るつもりだったのかも知れないな。そう考えれば火事の後もあそこに留まっていた説明が付く」

しかし思った以上に火事が大きくなり、犯人扱いされ焦ったのだろう。

「しかし彼は王妃の血縁者でもある。王妃からの信頼は厚く、表向きにはオレリアン殿下を支持している・・・・・・か。王妃が裏切りに気付くか、こちらが決定的な証拠を掴むでもしない限り、失脚させるのは難しいな」

オーウェンが呟くと、ため息をひとつつく。

「侯爵の見張りからの情報はどうだ?」

「特に変わったことはないですね。商人との交流が増加傾向にあるのが気になりますが」

「そうか」

リリアンヌの王位継承権は譲渡は変わらないが、結局リリアンヌの王族籍返還は正式に却下された。そのためリリアンヌは城に留まることを余儀なくされた。

『生きたい』と最後に話したリリアンヌ。一度は生きることも諦めた彼女が今後どう動いていくのか。そもそも何故王位継承権のみならず王族籍まで返還しようとしたのか――。

考え込みながらふと気がつくと、胸ポケットにしまい込んでいた、リリアンヌから貰った白手袋を握りしめていた。その様子に今にも吹き出しそうな顔をしたアベルは、笑いをこらえながら「王女殿下に会いに行かれますか?」と勧めてきた。気がついた途端我に返り慌ててしまい直す。

「いや、いい。気を遣わせてしまうだろう。俺自身手が離せないから、見舞いを出しておいてくれ。・・・・・・こういうときは、花とかが喜ばれるのか?」

「はぁ、多分」

頼りにならないアベルの返事を聞きつつ、オーウェンは再度書類に目を通す。

オーウェンが今取りかかっているのは、リガルド国の旅隊が消火・救出に当たった件についての事後処理だった。急であったため王から文書での許可・要請を受けられなかったため、事後に文書作成や北の離宮の復旧作業の協力要請の受諾をしているのだ。

自国にも今回の顛末を知らせる使いを出さなければならず、忙しい二日間だった。

「それで?その手に持っている封書はなんだ」

先ほどから視界にちらちらと入ってくる『それ』をオーウェンはとうとう指摘することにした。

「オーウェン様がきっとご覧になりたくないものです」

「・・・・・・父上か。縁談もまとまらず、国を出てからもうすぐ一ヶ月になるからな。帰国命令だろう」

「というか、元首は本当に縁談を望んでないんですかね?イシュトシュタインと言えばこの大陸で1、2を争う大国ですよ。縁が出来たらうちの国も楽になるのに」

疑いの目で見てくるアベルに苦笑しながら封書を受け取る。

「当たり前だろう。今回の本来の目的は視察だ。縁談は前回の視察から間がないために、イシュトシュタインに入る理由が必要だったんだ。この国の上位貴族がリガルドの天敵・ガリュア帝国と繋がっているという情報が入っていたから、これ幸いと俺を差し向けたんだよ」

だからこそ、封書の内容は予想が出来ていた。まだこちらからの使いは届いていないだろうから、今回の火事を元首は知らない。縁談を断って帰国しろ――そう書かれていると思っていた。

「王女の件があるから、もう少し貴族の洗い出しをしておきたいんだが――っ!」

その封書の内容は、驚くべきものだった。

「オーウェン様?」

「何故今なんだ!地区長選挙と会談を全て反故にする気か!?」

「!――ガリュア帝国がらみですか?」

「ああ」

リガルド国の天敵とも言えるガリュア帝国。国内は紛争が絶えず、特にイシュトシュタイン国との国境に面するカルイースク地区は自治権を主張し度々激しい内紛が頻発する場所であるが、最近は帝国側との会談が決まり、地区長選挙も控えているため一時停戦してにらみ合いが続いていた。しかし今手元に届いた封書にはイシュトシュタインの上級貴族がカルイースク地区の反帝国過激派に援助をしている可能性を知らせてきている。

「カルイースク地区で一般市民を巻き込んだ帝国軍側の発砲があったらしい。それに反発した過激派が装備を調達して帝国軍直轄基地に襲撃したそうだ」

戦闘で帝国軍十数名死傷者が出た。過激派も数名死傷者が出たという。過激派の物資が切れて撤退したようだが、物資の当てがあるらしく近日中にまた戦闘が再開する可能性が高いらしい。

「イシュトシュタインとの国境が近すぎますね。街も近い。それにあそこはカルイースク地区の市街が密集してます。市民の状況は?」

「カルイースク地区の市街にも戦禍が広がりつつあるそうだ。国境を越えての被害はなさそうだが・・・・・・こうなると、国境近くの街に支部を置くマーティン・ボイルのところの商会がどう動くかだな。武器や食糧の提供をする可能性がある」

「最近侯爵の周りに商人の出入りが多かったのもこのことがあったからかも知れませんね」

ここまで情報が揃えば確定かも知れない。

少しでも多くの資源を常時欲しているガリュア帝国にとって、イシュトシュタインの資源は喉から手が出るほど欲しいはずだ。そこにマーティン・ボイル侯爵が目を付け、食糧や衣類だけでなく大量の鉱物や武器を売っていたとしたら。そしてイシュトシュタインの『情報』まで商品になった日には。

――イシュトシュタインが呑まれることになるだろう。

「至急近くの補給所で軍備を整えて出発しろとの命令だ。リガルドから兵を出すよりここからの方が近いからな。大使館にいる監査役の救出要請が来ているそうだ。――これではっきりしたな。イシュトシュタインがこの事実を知っていればこちらに知らせないはずがない。王はこの件を知らないはずだ。とすれば、相当位の高い貴族が情報を握り潰しているんだろう」

あえて名前は出さなかったが、確信を持って封書を握りしめ立ち上がる。剣を腰に差し、近くのソファに掛けていた上着を羽織り歩き出す。

「王にこの件と出立の報告をする。十分休ませてやれなくてすまないが、旅隊には明日の朝までに出立の準備をするよう伝えてくれ」

「了解です」

アベルの敬礼を受け部屋を出ようとしたが、ふとあることを思い出して足を止めた。

「――もしかして、・・・・・・いや」

オーウェンは一度言葉を切ると、少し考えたように黙り込んだ。

「オーウェン様?」

「・・・・・・アベル。先日指示した王女殿下の離宮の件はどうだ」

オーウェンの切り返しにはっとしたアベルは、主の意図を汲み取り即座に答えた。

「は。昨日の報告通り、ここ一週間で、不審な人物が王女殿下の住まう離宮に侵入を試みたのは、貴賓館に移られてから五回です。すべて騎士のルネ・バシェレリーかうちの隊の者が侵入を阻んでいましたが・・・・・・」

「侵入者の身元は?」

「皆金で雇われたならず者ばかりです。離宮までの侵入に苦労した様子がありませんでしたので、おそらく同じ王宮内の者の手引きかと。やり口が稚拙なため、貴族がらみの可能性が高いと思われます」

「そうか。・・・・・・王女の周りに数名密偵を置いていく。――ボイル侯爵も焦っているはずだ、何をするか分からない。それから、お前が気にしていたボイル侯爵の従者がいただろう。あの者にも見張りを付けておけ。」

「ああ、シリルという男ですね。了解しました。王女殿下の誕生日まで日がないですし、何か事を起こしてくる可能性は高いですね」

「・・・・・・あの王妃も、何をするか分からないしな」

「マーティン・ボイル侯爵は面の皮の厚い男です。信頼を得るためならば目的は相反する王妃にもある程度関与していると考えるのが妥当でしょう。そうすると動きが読みにくくなります」

「ああ。・・・・・・こうなると、王女殿下の今回の王族籍の返還もこの男に関する理由があったのかも知れない。あの王女殿下が何も考えずあんな行動を起こすとも思えない」

「・・・・・・随分と王女殿下をかっていらっしゃいますね」

少し驚いたような表情を見せるアベル。オーウェンは腹心の珍しい表情を見てふっと笑った。

「どうしてだろうな。・・・・・・どこか、気になる方だから」

そして、どこか自分に似ているから。オーウェンは心の中でそう独りごちた。

「オーウェン様。先ほどは縁談などと私も冗談を申し上げましたが・・・・・・お分かりかとは存じますが、このような大国に必要以上に荷担すれば国際的均衡が崩れかねません」

「ああ、分かっている」

オーウェンの返事にアベルはまだ納得のいかないと言った顔をする。オーウェンはひとつため息をつくと、苦笑混じりにアベルの肩を叩いた。

「自覚している。・・・・・・すまないな、心配をかけた」

「いえっ、その・・・・・・確かに国際的な目で見れば反対ですが、自分個人としては・・・・・・!」

アベルが言おうとしたその先をオーウェンは目で制した。

「まずカルイースク地区の件を片付けなければな。行ってくる」

言葉の半分を呑み込んだアベルは、オーウェンが行く先のドアを開け礼を取って見せた。

「――行ってらっしゃいませ、オーウェン様」

音を立てて扉が閉まる。アベルはオーウェンの後ろ姿を思い浮かべながら俯いた。

「感情を押し込めるのが、本当にお上手な方だ・・・・・・」



* * *




月が中天を過ぎようとする頃。オーウェンは一人、北の宮殿の焼け跡に佇んでいた。

木造の柱が崩れ、高い熱のために石壁も脆くなり崩れかかっている。倒壊による周囲への被害を広げないよう処置したが、これ以上の復旧は難しく思われた。

この惨状を前にすると、どうしても彼女――リリアンヌの傍から離れることが心配になる。オーウェンが守るべき人物ではない。それでも、オーウェンはリリアンヌという女性に手を差し伸べたくなっていた。

初めて聞いた、月夜の悲しい旋律。「死んでも誰も悲しまない」と涙を流し震える肩。屈託のない澄んだ笑い声と、寂しそうな声。同情とも違うこの感情をオーウェンは少し持て余していた。自覚した所でどうなるものでもないと分かっているからだろう。

自然と手が胸ポケットに伸び、中の物を取り出す。この動作はリリアンヌのことを考えると必ずしてしまう動作だった。

「これ以上はもう、関われないだろうな」

手の中にあるのは、彼女から贈られた白手袋。スノードロップの美しい刺繍が月の光を反射させてキラキラと輝いて見える。彼女の優しい思いがこもっていることが感じられるからか、オーウェンは時折この手袋を眺めるのが癖になりつつあった。

これ以上彼女とこの国に関わることは出来ない。干渉が過ぎれば、アベルの言うように国際的均衡が崩れ戦争が起きかねないからだ。大国イシュトシュタインと中立的軍事国家であるリガルド国が手を組んだと思われれば、他国の反発は免れられないだろう。

日中、オーウェンはイシュトシュタイン王に謁見し出立の意を伝えた。イシュトシュタイン国とガリュア帝国の国境に位置するカルイースク地区の紛争発生には王も驚いていたが、今回は王自身どこかで情報が止まっていることに薄々気がついているらしい。身辺の見直しを進言すると、予想以上に話を理解している様子だった。

そしてこの機会にと考え、オーウェンはリリアンヌとの縁談も断りを入れた。王女は事件の後でそれどころではないだろうし、オーウェン自身遠征後は自国に直帰することを理由とした。王は少し残念そうに頷いたのを見届けて、後は必要な事だけを告げ退室した。

「これで、もう会うことも――」

ないだろう。そう思って手袋を胸元に仕舞う。すると背後から歩み寄ってくる気配を感じた。

「!」

振り向きざま剣の柄に手を掛ける。しかし捉えた人影は見知った顔だった。

「ルネ・バシェレリー殿?」

「夜更けに失礼いたします、リガルド卿」

「何故こんな所に?」

聞いてしまってから、自分も人のことは言えないと考え直す。しかし言ってしまった手前返事を待つと、ルネは顔色を変えずに話し出した。

「少しお時間を頂きたいのです」

そう告げると、ルネは案内するつもりなのかそのまま踵を返して歩き出す。オーウェンはその小さな背中を追いかけるようにして歩き出した。

焼失した北の離宮よりもさらに王宮から離れた場所へ向かうルネとオーウェン。場所に見当が付かないが、そこで待っている誰かは想像できた。

「・・・・・・王女殿下は、お元気か」

「はい。お顔の色も随分とよくなられました」

「よかった。王女殿下の警護はもっと厳しくした方が良い。陛下も薄々気がついて身辺の調査をされているようだが、今回の様なことがあってからでは遅い」

これはリリアンヌの警護を受け持つルネに伝えたかったことだった。数名の密偵を置いていくとはいえ、彼らは公に彼女の警護が出来るわけではない。

「今回は私たち衛兵の過失でした。荷造りに気を取られ、死角が出来ていたことに気がつかなかったのです。ご忠告痛み入ります」

少し苦い表情を見せるルネ。主を守りきれなかったことを相当に悔いているようだとアベルが話していた。いつも表情を崩さないのにリリアンヌのことになると感情の振り幅が大きいらしい。

「姫様を助けて頂き、本当に有り難うございました」

「いや、当然のことをしただけだ」

改めて礼を言われると少し恥ずかしい。あの時は、何の損得も考えず身体が動いていたのだから。しかしルネは少し思い詰めたように押し黙ると、足を止めてこちらに振り返った。

「姫様の『目』を見られたそうですね」

「・・・・・・ああ、見た。すまない、不可抗力だったんだ。あの時はそこまで気が回らなかっ・・・・・・」

「その時、気持ちに変化はありませんでしたか?」

たたみかけるような質問にオーウェンは少し目を瞠る。

「変化・・・・・・もしかして、例の噂の話か?」

『目が合うと男を狂わせる』という噂話に思い当たって尋ねると、ルネは縦に首を振った。

「姫様のことしか考えられなくなったり、触れたいと感じたり・・・・・・狂気に近い感情はありませんでしたか」

「いや、全く。美しい瞳の色だと思ったが、それ以上は何も・・・・・・」

美しい人だと思った。澄んだ蒼の瞳は吸い込まれそうだと思った。だがそれ以上の感情は抱かなかったし、とにかく助けなければと言う焦りの方が勝っていた。

するとルネは驚いた様子もなく顎に手を当て思案し始めた。

「やはり、そうでしたか」

「やはり、というと?」

「・・・・・・侍女のセリーヌとも話していたのです。姫様の瞳は、本当は男性を狂わせる力などないのではないかと」

確証はあなたです、とルネは続ける。

「騒ぎが起こったのは二年前の1度きり。あの時も、少しおかしいと思っていました。姫様が目を合わせた男性という条件なら、縁談者以外にも狂う男性が出たはずです。それが縁談者に限って狂ってしまった・・・・・・」

ルネはもう確信しているのだろう。二年前の事件はただの『茶番』だったと。

「王女殿下はこのことをもう?」

「まだ話していません。リガルド卿に無理をさせたのはご自分の瞳のせいだと責めていらっしゃって・・・・・・。あなたの精神状態を確認するまでは、私も確証を持てなかったので」

「では俺から話そう。顔を見せられない状況が変われば動きやすくなるだろう」

リリアンヌと面会できるのもおそらく今日が最後だ。伝えるべき事は今日伝えておかなければ。

ルネは再び歩き出し、オーウェンはその後についていく。北の離宮を更に北に進んだ林の中に、管理者が寝泊まりする為に作られたのであろう小屋が見えた。もう使われていないのか生活感はない。足下の草も伸び放題だ。

小屋の前には、藍色のお仕着せを着た侍女の姿があった。

「セリーヌ」

「いらっしゃいましたね。中でお待ちですわ」

セリーヌは1つしかない古ぼけた扉を示した。

「私たちは外で待っておりますので」

一礼するルネとセリーヌにオーウェンは頷いて見せる。

「ここまでの案内、礼を言う。・・・・・・失礼」

示された古ぼけた扉は、押すと音を立てて開いた。この扉のように、彼女の心も開くことが出来たらと思いながら、オーウェンは一歩踏み出した。



外から話し声が聞こえる。

「いらっしゃったんだわ」

大判のケープを被ったリリアンヌは、月明かりの差す窓辺に立っていた。

心臓がどくどくと早鐘を打ち緊張で身震いする。男性と真正面から向き合うのは二年振りだ。

「――失礼」

扉が音を立てて開く。聞き慣れたオーウェンの声が耳に届いた。

「・・・・・・リガルド卿」

「王女殿下・・・・・・」

お互いがお互いを呼んだ後、再び沈黙が暗闇に落ちる。ケープの下から彼の様子を覗いたが、月明かりが届かない扉付近に居るオーウェンの姿は闇に紛れて見えなかった。

「そちらに行っても?」

遠慮がちに尋ねるオーウェンに、リリアンヌは小さく頷いた。コツ、コツとオーウェンの履くブーツが音を立てる。木造の床は古いためにギシギシと唸っていた。ゆっくりと距離が縮まる。リリアンヌは緊張と戸惑いに俯いた。するとリリアンヌの様子を察しオーウェンは3歩分ほどの距離を空けて立ち止まった。

「お加減はどうですか?騎士のバシェレリー殿には顔色も良くなったと聞いていますが」

問いかける声はとても優しい。いつもと変わらないオーウェンだった。

「大丈夫です。リガルド卿こそ、お怪我は・・・・・・」

「もうほとんど痛みませんよ。こういうことは慣れていますから」

ふっと微笑んだのが空気で分かる。その顔が無性に見たくて、小さく顔を上げた。

しかし瞳を見られるのが怖くなり慌てて下を向く。組み合わせた両手が震え、汗が滲み、これでもかと言うほど握りしめた。もうあんな怖い思いはしたくない。こんなにも優しい彼を狂わせたくな

い。

「・・・・・・王女殿下」

気遣うような声。リリアンヌは震える手を押さえつけながらもその声に耳を傾けた。

「あの夜、私は確かに貴女の瞳を見ました。・・・・・・ですが、狂ってなどいませんよ」

「!」

リリアンヌは心を見透かされたのかと思った。肩を跳ねさせ驚きのあまり固まっていると、オーウェンが更に近づいて来たのが分かった。俯く視界に彼のブーツのつま先が見える。

「私の目をもう一度ご覧になって下さい。私は狂いません」

力強い確信を持った声だった。それでもリリアンヌは怖かった。

「リガルド卿が覚えていないだけかも知れませんわ。火事の時無理をなさったのも、この目が――」

「では、あの夜私が告げた言葉も嘘だと?」

――『貴女が死んだら、俺が悲しむ!だから生きろ!』

この言葉を聞いた時、リリアンヌは初めて自分が本当は生きたいと思っていることに気がついた。その言葉まで嘘だったら、リリアンヌは何を頼りに生きれば良いか分からなくなる。

はっとして思わず顔を上げてしまった。

「私っ――」

ケープが勢いで後ろへと落ち、リリアンヌの顔が月明かりに照らされ浮かび上がる。そして真向かいにあるオーウェンの瞳に自分の姿が映し出された。

火事の時は意識がもうろうとして、オーウェンの顔も瞳も満足に見られなかった。改めて見ると、背が自分より頭二つ分くらい高く、誠実そうな、精悍な顔立ちをしている。涼しい目元をしているのに怖さを感じないのは、瞳が優しい琥珀色をしているからだろう。頬や首には擦り傷や包帯がみえる。しかし月明かりに浮かぶオーウェンは静かに微笑んでいた。

「あの夜と同じです。澄んだ、美しい瞳ですね」

少し恥ずかしそうにオーウェンが言う。

「でも、私は狂っていません。貴女に何かしようとは思わない」

語りかける様な口調がリリアンヌの心に染みる。彼の瞳に狂気はない。どんなに見つめ合っても彼は変わらなかった。そう確信した瞬間、リリアンヌは視界がぼやけだしたのを感じた。

「私の瞳は・・・・・・もう人を狂わせたりしない?」

静かに滴が頬を流れる。次から次へと溢れる涙はどうしても止まらなかった。

「しません。絶対に」

オーウェンの指がリリアンヌの頬の涙を拭ってくれる。剣だこばかりのごつごつとした手が、今はとても安心できた。

「この目が、あなたに危険を強いたのではなくて本当に良かった・・・・・・」

「あの夜は身体が勝手に動いていました。貴女を助けたい一心で」

気恥ずかしそうに頬をかくオーウェンがとても可愛らしくて、リリアンヌは思わず頬を緩めた。

「私、もう諦めていたのです。生きていくことを・・・・・・」

リリアンヌはあの日、リゼリア修道院へ出立するための準備をしていた。全てを捨てる覚悟をしていたリリアンヌにとって、火事は捨てるものに命を足すだけのものだった。

「なぜ、継承権だけでなく王族籍まで返還してリゼリア修道院に入ろうと思ったのです?」

「・・・・・・先日、情報が入ったのです。私を女王として担ぎ上げようとする一派・・・・・・ボイル侯爵を筆頭にした貴族達が動き出したと。オレリアン様が毒を盛られかけたのはご存じですね」

「!」

オーウェンが息を呑んだのが分かる。リリアンヌはこの先をオーウェンに話すべきか迷った。オーウェンはイシュトシュタインの騎士ではない。王位継承問題のような身内の問題に彼を巻き込むべきではないと感じていた。

「やはり、理由をお持ちだったのですね」

「え?」

オーウェンが嘆息するのを見てリリアンヌは首を傾げる。

「貴女は政治にも人間関係にも聡い方だ。今の生活が嫌で逃げ出そうとしたとは思えなかったんです。王族籍を返還して出国を考えたのは、ボイル侯爵の手から逃れ女王として担ぎ上げる理由をなくすためですね?」

彼の言葉にリリアンヌは動揺を隠せなかった。今の言葉は、リリアンヌの行動に理由があると『信じてくれていた』ということだ。

「放火は侯爵の自作自演だと考えるのが妥当でしょう。出国するなという脅しのつもりだったのでは?」

「・・・・・・それにしては、火の手が回りすぎました。多くの者が傷ついて・・・・・・あなたも」

そんな理由で、自分だけでなく離宮の者やリガルドの騎士達にも被害を及ぼしたというならリリアンヌとしては憤慨どころの話ではない。

「実際に火を放ったのは多分侍従か雇い者でしょう。思った以上に火の手が回ったことで、離宮の前で気が動転している様子でした。王女殿下に呼ばれたなどとつじつまの合わないことばかり話していましたから・・・・・・王宮ではあの挙動不審な姿を疑われているようです。しばらくは身動きが出来ないかと」

「ええ・・・・・・」

もちろんリリアンヌは離宮にボイル侯爵を招いてはいない。呼ばれてきたと話したボイル侯爵の言動は周囲に居た多くの者が聞いているし、不審の目で見られることは避けられないだろう。

「この時期に出国を考えたのは・・・・・・」

なぜこの時期に、というのがオーウェンにとって一番の疑問だった。荷造りを早急に始めていたあたり、予定ではもっと後に出国するつもりだったのでは無いだろうか。

「本来は、第一王位継承権を譲渡した後、縁談を全て断って王族籍を返還する上申をするつもりでした。私が王位を望んでいないとはっきりさせるために」

だから縁談も素っ気なく対応してきた。オーウェンとの時間はとても楽しかったが、しっかりと線引きしていたつもりだ。女王にはならない。だから王族の血縁者から次の王を選出してほしいとずっと上申してきたのだ。しかしこの一ヶ月で状況が大きく変わった。生まれた御子・オレリアンが男児だったことだ。

「オレリアンが生まれてから一ヶ月、貴族の動きは二分しました。オレリアンを王にと望む者、そして私を女王に担ぎ上げて主権を奪おうと目論む者がいます。そしてこの最後の縁談が始まってからは、この両貴族の対立が激しくなっていました」

オレリアンが生まれるまで、ずっと請われ続けていた女王の座。一人娘だったからこそ、父王はリリアンヌの婚姻を勧めた。国を継がせるために、国益になるような者を送り込んだ。しかしその中に、権力の奪取を目論む者が大勢居た。

「オレリアンが女児であれば、継承権は私が第一位だったのです。でも生まれたのは男児でした。この国は生まれた順に継承権が与えられますが、性別では男児が優位と決められています。・・・・・・私の夫となり国を手に入れようとしていた者達は焦ったようです」

縁談の最終日は、リリアンヌの成人する誕生日でもある。その期限はリリアンヌにとってもボイルたち女王派にとっても重要な日だった。

「王位継承権の返還は、この国では成人する前までに行われます。成人した後は、その人間が王位継承権を持つのに不適正な行いをするか、命を落とすかなどの理由がない限り手放すことも順位を変えることも出来ません。私は成人の儀の前までに王位継承権を返還したい。けれど逆に、ボイル侯爵は成人の儀まで私に動かれては困るのです」

成人する前までに、ボイル侯爵ら率いるリリアンヌを女王にと望む一派はリリアンヌを手中に入れておきたいはず。

「焦ったボイル侯爵達は、最終手段に出ようとしました。・・・・・・たとえ第二継承権であっても、継承権があれば状況に変わりはありません。オレリアンや父の身に『何か』あれば、王位は自然と私に回ってくる、この事実にとうとう手を伸ばそうとしました」

リリアンヌは少し俯くと、手を胸の前で組んだ。恐ろしい予想は、何度思い返しても震えが止まらなくなる。

「ボイル侯爵は表向きには正妃様側につかれていますが、縁談では何度も私に女王への道を誘ってきていました。そして最近は自分の妻になれと、様々な脅しを付けて」

ボイル侯爵は縁談が何度破談になっても、懲りずにまた縁談者としてリリアンヌの前に姿を現した。王妃との繋がりがあるからこそできることだ。

「私が頑なであることに業を煮やしたのでしょう。ボイル侯爵は、矛先をオレリアン様に向けようとしました」

まだ幼く、病気がちなオレリアン。罪の無い王太子にボイル侯爵は手を出そうとした。

「ボイル侯爵は正妃様の信頼が厚く、オレリアン様との接触も容易なのです。情報が入った時は未遂だったと聞きましたが、これは一刻も争うと思い、情報が入った夜の内に王へ文を書きました。王族籍返還を早めたのは、私に矛先を向け直させるためでした」

「その結果、ボイル侯爵は脅しのつもりで火事を起こしたのですね」

オーウェンの言葉におそらく、と答えて頷く。

「王女殿下は、なぜそこまで王位を避けようとしているのか・・・・・・聞いてもよろしいでしょうか」

遠慮がちに尋ねてくるオーウェン。侍女と騎士にしか話したことの無い胸の内。それを、リリアンヌは頷くことで了承した。

「母は、亡くなる直前まで私に『王位を望むな』と言い聞かせました。市井の出身である母から生まれた私は、王になる資格はないと」

「貴女もそう思っているのですか」

「はい。それに母は、ずっと嫌がらせを続ける正妃様や、正妃様に負い目を感じて母を庇わなかった父王を恨んではいけないと言い残しました」

いずれ正妃様に御子が生まれるまで、継承権は預かるだけなのだと。決して玉座を望んではならない――母は、最期の瞬間までリリアンヌに念を押した。

「私自身、指導者としての資質はないのです。それよりも、これから英才教育を受ける正統な王子が国を治めた方がイシュトシュタインの民のためになると思うのです。その為にも、私が出来ることは王位継承権を波風を立たせずオレリアンへと譲ること」

話し終えると、狭い小屋に沈黙が落ちた。呼吸の音、風の音。衣擦れの音。耳を澄ませば聞こえる音が、今は存在を主張するように耳を打つ。オーウェンは言葉を探しているようだった。

「・・・・・・王女殿下はこの後どうされるおつもりですか?」

しばらくしてオーウェンが気遣うように尋ねてきた。リリアンヌは少し思案した後、そのままを伝えることにした。

「国を出ます」

「行く当ては?」

そう尋ねられ、ふとセリーヌやルネの顔が思い浮かんだ。自分の行く先を聞いて彼女たちが顔を曇らせた情景が思い出された。

「・・・・・・リゼリア修道院、へ」

「!」

オーウェンが驚いたように目を見張る。そして何か口にしようとして、しかしそれは言葉にならず空に消えた。リリアンヌはオーウェンの更なる反応を見るのが怖くて一気にまくし立てた。

「リゼリア修道院へ行くことを諦めるつもりはありません。火事の一件が落ち着いたら、成人する前に夜の内に必要最低限のものだけを持って城を出ます」

その答えに、オーウェンは一瞬眉を寄せた。悲しそうな、そして少し悔しそうに琥珀色の瞳が細められる。

「貴女はそれで・・・・・・幸せになれますか」

囁くような問いにリリアンヌはどきりとする。これしか道がないと分かっていてもなお、リリアンヌは思う。この目の前の人を選ぶ道があったらどんなに幸せだったかと。

しかしそれも、ただの絵空事。

「少なくとも、誰も不幸にならない道ですわ」

大切な侍女も騎士も、リリアンヌの幸せはどこにあるのかと問うた。オーウェンも沈黙しながらそれを聞いている。それでもリリアンヌは、自分が継承問題の表舞台から去ることが一番良い道だと思った。

「――せめて、貴女がこの国を出るまで手助けできたら良かった。お目にかかれるのが今日が最後になるなんて・・・・・・」

「えっ・・・・・・」

会うのが最後?縁談の期間はまだあるはずだった。それなのに何故彼は――

「明日の明朝、我が旅隊はガリュア国カルイースク地区へ救援に向かうことが決定しました」

「カル、イースク・・・・・・」

その地区の名は一時期第一王位継承者として帝王学や政治を学んでいたリリアンヌはよく知っていた。

「今、その地を発端に戦争が起こる可能性があります。わが国の監査員も危険な状況にあるため、黙って見ているわけには参りません」

「でもとても危険な場所なのでは?今回の旅隊だけでは人数もそんなに多くないのに・・・・・・」

「我々は先遣隊です。諜報と、隣接するイシュトシュタインの街やカルイースク地区の人々を避難誘導することが目的です。支援は遅れて本国から来ますから」

だから大丈夫、と微笑む彼を見ているのが辛く感じた。どこか一線を引く彼との会話は、リリアンヌに彼を必要以上に心配させてはくれなかった。せめて武運を祈りたいが、出立することさえ知らなかったリリアンヌにその用意はない。

「ごめんなさい・・・・・・私、戦場へ向かうリガルド卿に何も用意していなくて・・・・・・」

「そんな、お気になさらず。今日決まったことですから」

「でも!命を助けて頂いた恩ある方に、何もできないなんて」

彼が無事に帰ってくる様子を、リリアンヌは決して見ることは出来ない。リゼリア修道院に一度足を踏み入れれば、外界の情報は遮断され面会も許されない。もう二度と彼には会えないのだ。

リリアンヌが後悔を滲ませるのを見てオーウェンは少し考えた後、思いついたように顔を上げた。

「では、歌を聞かせて頂けませんか」

「歌、ですか?」

「この国に来た日の夜、貴女の歌声を聞きました。確か・・・・・・つきのふねを謳った曲でしたね」

耳障りだと王宮で歌うことを止められて以来、皆が寝静まった夜に離宮でこっそりと歌っていた。それを彼に聞かれていたのか。

「あれは・・・・・・母がよく歌ってくれた子守歌のひとつでした」

「歌うことはお好きですか」

優しい眼差しを向けてくるオーウェンに、リリアンヌの胸は高鳴る。いつもは距離をとるような態度を取るのに、時折オーウェンは親しげに、どこまでも優しく見つめてくる。その視線がくすぐったくて自然と頬が染まる。

「・・・・・・はい。好き、です」

歌は息をすることと同じくらい身体の一部になっているものだ。母から受け継いだ形見でもある。

「貴女の歌が聞きたいんです。聞かせてもらえませんか」

オーウェンはリリアンヌの涙の筋をなぞると、そっと手を下ろした。温もりが離れていくことに哀惜を感じる。

「貴女のことを、いつでもその歌で思い出せるように」

「えっ・・・・・・」

するとオーウェンは剣を鞘ごとベルトから引き抜いた。どうしたのかと呆然と見つめていると、彼はその場に跪いて剣を脇に置き、右の拳を左胸に当てた。彼の国の最上級の敬礼だ。

「あの、リガルド卿・・・・・・」

「祈りの歌を。我が騎士団の勝利を願って」

もう一生逢うことは出来ない相手。明日には手が届かなくなる相手。リリアンヌは自分の胸が熱く、しかし冷たく絞られるような思いがした。一度目を瞑り冷静になろうと努めるが、締め付けられる胸は悲鳴を上げる。それでも、リリアンヌはその胸を楽にしてやれる道を選べない。

それが、少なくとも誰も不幸にはならない道だから。

「分かりました。・・・・・・リガルド卿のご武運とご無事を、祈って」

すう、と息を吸い込む。人気のない澄んだ宵の空気が体中を満たしていく。こうして空っぽになって、何も考えなくて済むならどんなに幸せだろうと思った。

最初の一音は、大切に、優しく。

彼の無事を祈って、武運を祈って。

天つ神に届くように、高らかに。

全てが彼を守ってくれるよう、語りかけるように。

――持てる全てを持って、彼に祈りの歌を捧げた。

最後の一音を歌い終えると、オーウェンは静かに立ち上がった。

「また、泣かせてしまいましたね」

「!」

気がつけばリリアンヌは歌いながらぽろぽろと涙を流していた。驚いて目をこすろうとすると、やんわりとオーウェンが手に触れて制する。

「すみません。女性には不慣れで・・・・・・貴女を泣かせてばかりだ。火事の時も、さっきも今も」

リリアンヌは必死に首を横に振る。だだをこねる子どものようで恥ずかしかったが、嗚咽で声が形にならず言葉を成さない。

「自分は、ずっと貴女の味方です。なんの助けにもなれませんでしたが、それだけは覚えていて下さい」

「リガルド卿・・・・・・っ」

溢れる想いがこみ上げて、思わず彼の胸に縋りたくなった。

――連れ出して。助けて。

声にならない叫びがただ嗚咽となる。

それを見かねたのか、オーウェンはおそるおそるといった風に肩に手を乗せてきた。大きな手が、リリアンヌの肩を通して温もりを分けてくれる。リリアンヌはその手を取り、額を重ねた。

「この優しい手が、多くの人々を救って下さいますよう」

やっと絞り出した祈りの言葉。それにオーウェンは少し寂しく微笑んで見せた気がした。

すると、オーウェンが入ってきた扉がノックされる。

「オーウェン様、姫様。そろそろ」

衛兵が巡察する時刻が近づいているのだ。リリアンヌは名残惜しさを感じつつ、そっと身体を離した。

「リガルド卿。どうかご無事で」

「・・・・・・貴女も」

開かれた扉から吹き込んだ一陣の風が、二人の間を隔てるように駆け抜けた。




「第1、第2旅隊、人員報告!」

オーウェンが声を上げると、続いて各隊長の号令が飛び交い報告する。オーウェンの目の前には、装備・出立準備の完了した騎士達が整列していた。その様子を、イシュトシュタインの城の者や兵達が遠目に見ているようだった。人垣の奥には、先ほど見送りの声を掛けに来ていた国王夫妻の姿。しかしそこにリリアンヌの姿は無かった。

「人員、装備共に異常ありません。補給所にも連絡し、すでに準備も整っていると」

「分かった。ではこのまま城門へ前進する。移動を始めてくれ」

「了解」

アベルが旅隊に伝令に行く姿を見送って一息つく。自分も馬を連れて城門へ向かわなければならない。隣で自分を待つ馬を撫でてやると、嬉しそうにすり寄ってきた。久しぶりの遠出に身体を動かせることが分かっているのだろう。

「少し、長い遠征になりそうだがな・・・・・・」

そうひとりごちて手綱を持って歩き始めようとした時、背後から声がかかった。

「リガルド卿」

「ルネ・バシェレリー殿?」

振り向けば、小柄だが隙のない雰囲気を持つ王女殿下の騎士の姿。公の場で接触してくるなど、リリアンヌの身に何かあったのではと肝が冷えた。

「どうした?王女殿下に何か?」

「いえ。姫様からオーウェン様へ、ある物を預かって参りました」

「あるもの?」

すると、ルネは手にしていたまっさらな白のハンカチの包みを丁寧に開けた。その中から出て来たのは、少し古ぼけた銀色の版に花の彫刻があしらわれた小さなレリーフ。革紐が通してあり、首から提げるものらしい。

「これは?」

「姫様のお母上、亡き側妃様の形見でございます」

「形見!?そんな大切なものをどうして!」

オーウェンの驚きと戸惑いを見越していたのか、ルネは慌てる風でもなく淡々と答えた。

「リゼリア修道院は、俗世を離れ神に仕える場所。装飾品や俗世に繋がるようなものは持ち込むことが出来ません」

だから、この形見でさえも共に行くことが出来ない。ルネ自身、リリアンヌについて行けないことを悔やんでいるのか表情は曇る一方だ。

「オーウェン様から頂いた木箱は、生活用品として何とか持ち込みたいとおっしゃっていました。しかしこの形見は持ち込めない。そこで、リガルド卿。あなたにこの形見を持っていて欲しいと姫は仰せです」

「形見を・・・・・・自分に」

受け取ったペンダントはやはり軽く、高価な品では無いようだった。銀かと思っていたが、実際は鋼のようだ。しかし大事にしていたのだろう、皮の紐は何度も修繕した跡があるし、版も丁寧に磨かれている。彼女はどんな思いで母の形見を手放したのだろう。彼女には何が残るのだろうか?本当に、彼女にしてやれることが無いのだろうか?

――大国イシュトシュタインに肩入れしては国際均衡が・・・・・・

アベルの言葉が胸に染みる。分かっていた。オーウェンが動ける問題では無いのだと。それでも、あの儚い女性に全てを背負わせて良いはずが無かった。無力な自分に歯ぎしりをする。

オーウェンはそれを丁寧にハンカチにくるみ直した跡、あの白手袋が入っている胸ポケットへと仕舞った。

「確かに預かった。・・・・・・バシェレリー殿。王女殿下に伝言を頼めるか」

「はい」

彼女に言葉を贈るのもこれで最後。何と伝えたら良いのか、オーウェンはしばし悩んだ。

「・・・・・・リガルド卿?」

黙り込んでしまったオーウェンを、ルネは不思議そうに見返してくる。そんな中オーウェンはやっと言葉を見つけ、口にした。

「生きて下さい。貴女がこの世からいなくなって悲しむ者がいることを、どうか忘れないで欲しい」

「・・・・・・必ずや、お伝えします」

ルネが姿勢を正し敬礼をする。答礼すると、ルネは静かに下がっていった。その背中を見送った後、オーウェンは踵を返した。一気に馬上に乗り込むと、旅隊の城門へと駆ける。

「ただ今の時刻を以て、イシュトシュタイン城を出発する。目標はイシュトシュタイン第5補給所だ!」

旅隊員の顔を見回す。彼らの士気を確認した跡、オーウェンは腕を振り上げ高らかに宣言した。

「出発!前へ進め!」

――雲ひとつない晴天。イシュトシュタイン城の者達に見送られ、リガルド国の騎士旅隊は出発した。




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