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【番外編】 裏切りの従者

リリアンヌを大使として招くことが決まり、帰国準備をする一週間はせわしなく過ぎていった。この国を発つ前に、出来るだけのことを清算して行かなければならない。そう思ったオーウェンは、政務の合間にとある場所へ足を向けた。



ひたり。ひたり。遠くで水の滴る音が耳に届く。オーウェンは首筋に冷気を感じながら歩を進めた。

罪人を拘留する牢は王城の地下深くにあり、今はほとんど使われていないという。牢の番人がランプを片手に案内してくれるのでオーウェンは黙ってついていく。一歩一歩下りる度に冷気が増す。湿気の帯びた石の螺旋階段を下りきると、鉄格子の嵌められたいくつもの牢が目に入った。

「こちらです」

案内されたのはとても奥深い場所にある牢のひとつだった。

人払いを頼み、案内してくれた番人もその場を去る。オーウェンは足音が聞こえなくなるのを確認してから牢へ向き直った。

「・・・・・・起きているか」

「・・・・・・こんな場所で平気な顔で寝られる人間が居るなら、是非顔を拝見したいね」

牢の向こうの相手は自嘲的に笑う。

「何しに来たわけ?罵倒しにでも来たの、救世主サマ」

挑発的な言葉を投げかけてくる、人を小馬鹿にしたような態度は牢に入れられても変わらないようだ。

「おまえの話を聞きに来た、シリル」

「ふーん?」

「・・・・・・お前は何故、ボイル侯爵を裏切り王妃についた」

単刀直入に尋ねると、牢の奥のシリルがふっと笑ったように感じた。

「あの男、人使い荒くってさぁ。あんたのこと調べてこいだの離宮に火を付けろだの、自分は手を汚さないよう繕ってんの。そのくせ頭の切れる従者は生意気だって言ってすぐ解雇するからさぁ。仕方なくおどおどした使えない従者の振りしてたけど、それも疲れたし。嫌気差すでしょ普通」

確かにボイルの人使いは荒く、彼の元に長く留まる者はそう多くないと聞く。しかしシリルはただそれだけの理由で王妃に寝返ったわけではないだろう。彼の王妃に対する忠誠心は騎士の忠誠にも似ている。

「王妃に肩入れした理由を答えろ」

「・・・・・・あの王女様を好きなあんたには、きっと分からないよ」

シリルは独り言のようにつぶやく。しかしオーウェンは毅然とした態度で切り返した。

「理解するつもりはない。ただ、事実を知る必要があるから聞きに来た」

その言葉に、シリルはしばらく黙り込んだ。オーウェンは長話になる覚悟を決め近くの丸椅子に腰を下ろす。すると少しして、「嫌な奴」とぼそりと呟いてから話し始めた。

「妃殿下はさ。あのクソ侯爵をずっと心の支えにしてたわけ。王に見向きもされなくなってた時期ね。・・・・・・でもあのクソ侯爵、裏でずっと側妃とあの王女に目を付けてたんだ。妃殿下はそれも知ってたよ。それでもあの男の手を離せなかった。・・・・・・依存していたんだ」

しかし、とうとうミシュリーヌがこの世を去り、王は王妃の元に戻り始めた。今度は王妃が侯爵から心を離し始めた。そのときボイルがとった策が、リリアンヌを離宮へ閉じ込めることになったあの事件だった。

「再び王に依存し始めながらもまだ王女の存在に執着していた妃殿下をそそのかして、偽の縁談者に演技させたんだ。ぜーんぶクソ侯爵と妃殿下が作り上げた茶番さ。男性に対する恐怖を植え付けて、王女を外に出られないようにするためにね。そして王女を騙して離宮に閉じ込めさせた。あの男は外部から王女を隔絶させ、自分だけが王女の信頼を得ようと懐柔しようと考えていた。そこからはもう女王への道に誘うために王女の元へ通いっぱなしさ」

利用され、裏切りを影で悲しむ王妃。それを慰めたのも八つ当たりを甘んじて受けたのもシリルだった。彼女を放っておけないと思ったのだ。

「陛下だって、妃殿下に心を戻したとか言ってるけど寝所にはほとんど来なかったよ。妃殿下の狂気が怖かったんだろうけどね。・・・・・・一番可哀想なのは彼女なのにさ」

――悲しく笑った顔が死んだ母さんみたいだったから、見捨てられなかったのかも知れない。

瞳を細め、長く息を吐く。シリルが本当の思いを吐き出した瞬間だった。

「もう調べて知ってるんだろうけど、俺はあのクソ侯爵の隠し子なんだよね。あの男は捨てた女の名前も子どもが居ることも知らなかったんだろうけど。・・・・・・母さんは、捨てられたんだ。ただの火遊び相手だっただけ。でもずっとあの男を愛してたんだ。・・・・・・死ぬまでさ」

オーウェンが調べた調書には、シリルの父の名は無かった。シリルはとある酒場の女主人の一人息子で、母は数年前に他界している。

「・・・・・・ボイル侯爵はそのことを今も?」

「知らないね。知らなくて良いよ、そんなこと。俺もあんな奴を父親だとは思いたくない」

貴族に弄ばれ捨てられた母と、夫である王にも、縋ったボイル侯爵にも裏切られた王妃。シリルが王妃に傾倒したのは、亡くした母の面影を重ねたせいかもしれなかった。

「もういいだろ、リガルド卿。俺は妃殿下の駒だ。妃殿下の意思でしか動くつもりはないよ」

「妃殿下を裏切らないと誓えるか?」

「愚問だね」

即答された言葉にオーウェンは思わず口元に笑みを作る。

「・・・・・・話は終わりだ。失礼する」

そのままその場を離れようと立ち上がると、背中から声がかかった。

「ねぇ、俺にも教えてよ」

「何をだ?」

振り返ると、シリルはにやりと口元に孤を浮かべる。

「あの王女のこと。大使にしてまで自国に連れ帰るんでしょ?いつ惚れたのさ。縁談中顔合わせたことなんてあった?」

ああ、そのことかとオーウェンは首を振る。

「一度だけ顔を合わせた。出立する前日の夜に」

「なんだ、じゃあその時か!絶世の美女だもんね、熱上げるワケだ」

一人納得するシリルにオーウェンは眉間に皺を寄せる。

「・・・・・・もっと前だ」

「え?」

間違いを正すためにしっかりとシリルの方へ向き合った。

「俺が好きになったのは彼女の姿形じゃない。彼女の優しさと強さだ」

言い切ればすっきりするもので、オーウェンはそのまま踵を返した。

「へえ」

おもしろいねあんた、と漏らしたシリルを置いてオーウェンは元の道を戻る。

――彼女の容姿は、本当に美しい。

しかし、オーウェンが最初に彼女を恋い焦がれた時、彼女の姿は知らなかった。ただ、衝立越しに話す彼女の心の美しさや心の強さに強く惹かれたのだ。

早く逢いたい。早くあの花が綻ぶような笑顔を見たい。元気な声を聞かせて欲しい。

考え始めると止まらなくなった欲求を抱え、オーウェンは足早に歩を進めた。











シリルの裏のお話でした。彼の生い立ちや王妃傾倒の動機を盛り込むことが出来なかったので、番外編として書かせて頂きました。彼のその後の人生は、続編にて。

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