世界の子 ~流星の旅人~
お待たせしました。
――〝兄弟〟よ。
――思い出しましょう?
――自らが、何者なのかを――
美しい星空の夜。
エストレアさんに出逢った、その日。
眠る私へと、ずっと語りかける声がありました。
朝早く、自室からティティと共に神殿の広間へと降りた際、偶然にもその場にいらっしゃったエストレアさんも、同じ声を聞いたと語ってくれました。
それに、小首を傾げたティティが、
「不思議ですね?」
と言いましたが、本当にその通りだと思います。
――〝兄弟〟よ。
そう響く声は、何を意味しているのか。
《アクティース教》の神官としてのお仕事をしている時にさえ、ふわりと甦るその声に、同じように困った顔をして神殿へと戻ってきたエストレアさんと共に、少し調べてみることにしたのです。
《アクティース教》は、古いと呼べる宗教です。
それゆえに、各地の神殿には、その年月に見合う様々な書物が並べられている、書室があります。
多くは私より年上の神官方が管理しているその書室は、私たち神官以外も気軽に入れる場所で、街の年配の方々の憩いの場の一つでもあります。
奇遇にも、今日の管理者は私が幼い頃からの知人の方。
本好きで知られるその方ならばもしや、と思い、私とエストレアさんの現状を話してみました。
始めは、ティティと同じように、不思議そうに首を傾げていらっしゃったその方。
しかし、私とエストレアさんのどちらもが、〝兄弟〟と呼びかける声を聞いたと語った辺りから、表情が変わったのです。
そうして私が話し終えた後、しばらくの沈黙を経て、その方はこうおっしゃいました。
「……それは。もしかすると、エルピス君。――君の、出自に関する事かもしれない」
出自。
その言葉に、私のみならず、エストレアさんも驚いた顔をします。
それもそのはず。
私は孤児、そしてエストレアさんもまた、孤児。
――私たちは互いに、本当の両親を知らなかったのですから。
私は、特に知りたいと思ったことは、ありませんでした。
幼い頃から、《アクティース教》の神官方が、私にとっては母であり、父であり、兄妹である、家族でしたから。
しかし、エストレアさんは、ずっと自らが何者であるのか。
その答えを、求めて旅をしてきたのだとおっしゃっていました。
ならば。
今こそ、私たちがその答えを、知るべき時なのでしょう。
「教えてください」
私とエストレアさんの声が、静かに重なります。
それに、知人の方は深くうなずき、そして一冊の本を持って来ました。
珍しい青一色の表紙に、綺麗な銀の装飾。
本のタイトルは【世界の子】――。
――《世界の子》。
その本の中身を開くまでも無く。
それが答えなのだと。
私とエストレアさんは、同じように確信しました。
知人の方が、本を開くでもなく、静かに語る声。
「――《世界の子》――それは、世界そのものが生み出す、稀有な命。神々が生み出す命ではない、唯一の存在。世界によって生み出され、世界が滅びるその時まで、決して消え去ることは無いと語られる者たち。空の色をその身にまとい、虚弱を乗り越えたその先に、永久なる時と絶大なる魔力を操るとされる――半ば伝説の存在だよ」
穏やかな言葉に、私は静かにうなずき返しました。
水のようだと例えられた髪は、確かに淡い空の色。
瞳もまた同じで、それはエストレアさんも同じ。
幼き頃は虚弱だったという事も、共通しており。
――そして共に、時の止まった身体と、多くの魔力を身に宿している。
あぁ――そうでしたか、と。
私は、《世界の子》だったのですね、と。
浮かんだ微笑みが、そっと天へと向いたのは、必然。
何故か、不思議と。
そこにも、〝兄弟〟がいるように、感じたのです。
――世界と言う名の、父よ。
きっと私が、この優しき《アクティース教》に身をおいたのは、あなたの願うところだったのでしょう。
そうでなければ、私は魔力の粒子となって散り、再びあなたの元へと還っていました。
――願わくば。あなたにも、この祝福の歌が、届きますように――




