手紙 ~赤瞳の少女~
「遠いんです」
と、泣く声を聞いた。
とても、哀しい声。
「踏みだしている気になって、でも結局ろくに進んでなんていなくて。近いと思えば近くなるんですか? どうすればいいのかもわからない。わたしは……」
どうすれば。
震える声で紡ぎだされたそれは、とても、痛かった。
泣かないでください、と伝えたくて。
一人きりで頑張らなくてもいいんですよ、と笑いかけたくて。
一歩踏み出した足の音に、あなたは振り返って、言いました。
「――生まれたときから、ここにいたらよかった。そうすればきっと」
きっと。
そう紡ぐあなたは、ただただ儚く、微笑んだ。
「エルピスさまのように、なれました……。あなたのような考えで、《アクティース教》の考えで、生きていくことができました……」
――打ち明けられた悲嘆は、苦しいほどで。
だからこそ、私はあなたに伝えたいと思いました。
【ティティ?
目が覚めたあなたは、きっとこの手紙を読んでいるでしょう。
もちろん、文字だけで私のこの思いが伝わるとは、思ってはいません。
温かい飲み物とお菓子をお供に、後でゆっくり、少しずつ、お話しもしましょう。
ですが、今はどうか。
このまま、この言葉たちに目を通してください。
いいですか? ティティ。
私はこれからあなたに、《アクティース教》の考え方――その真理をひとつ、お伝えします。
どうか、穏やかな心で読んでください。
――この世界に生きている、その限り。
道は決して、一つではない。
遠いもの、近いもの、まっすぐなもの、曲がりくねったもの。
それぞれがそれぞれの軌跡をもち、そして、同じように輝いている。
どの輝きも、どれかを勝ったり、どれかに劣っていることは、無い。
皆等しく、最高の輝きを、常に放ち続けている。
素晴らしい考えは多々あり、我々はその内の一つを選んでいる。
けれどその考えとて、どれかが劣っているわけではないのだ。
自分の考えが気に入らない時。それは単に、別の道を選んでしまったに過ぎない。
それを劣ったものだと思うのは、大きな間違いである。
どの道も最高の輝きを放っているように。
どの考えも常に最高であることを、忘れてはならない。
自分を信じなさい。
否定する必要はどこにも無い。
あなたは今も生きている。
それ以上の最高は無いのだから。
道を間違ったと思うなら、変えればよい。
その道を最高だと認めた上で、別の道を選べばよい。
考えが気に入らないのなら、変えればよい。
その考えを最高だと認めた上で、別の考えにすればよい。
どの道も考えも、最高だと言うことを忘れさえしなければよい。
ただ、それだけのことである。
優劣のことこそを忘れよう。
真実の最高に、優も劣もありはしない。
忘れないよう努めよう。
本当の最高を伝え続けるために。
最高の祝福を、捧ぐために――
ティティ。
あなたの涙は、無駄にはなりません。
あなたの悲嘆は、無駄にはなりません。
私が、そうはさせません。
辛いこと、悲しいこと。
それらはどうしても存在します。
けれどそれに、負けることはありません。
そもそも〝負け〟など無いのですから。
あなたの中に定着した、その考えもまた最高です。
劣っているものなど何も無い。
あなたにはまず、それを知ってもらいたい。
けれどそれでもなお願うなら。
私はあなたに全力で、《アクティース教》の考えを伝えましょう。
あなたが《アクティース教》の考えで生きたいというのなら。
そうなるまで伝え続けましょう。
忘れないでください、ティティ。
私は、あなたの指南役である前に。
《アクティース教》の、神官なのです。
……ずいぶん長くなってしまいましたから、文字で伝えるのはここまでにします。
さぁ、ティティ?
その涙が枯れていないのであれば。
願いが少しでも残っているのであれば。
悩む前に、私の元に来てください。
あなたに、《アクティース教》の神官の――本気をお見せいたしましょう。】




