拒知 ~赤瞳の少女~
今日あったことを、忘れないように記しておきます。
「わたしがなぜエルピスさまを指南役にえらんだのか……エルピスさまは聞かないんですね?」
朝の祝福をおくる時間が終わり、休憩のための昼の時間。昼食後。
神殿の裏手にある私お気に入りの小さな庭の日陰で、ティティがそんなことを言ったのです。
私は即答しました。
「えぇ、聞きませんよ」
あまり聞かれたくないことは、薄々感づいていましたから。
「なぜですか?」
と、ティティは尋ねてきました。
その強い赤の瞳は、純粋に疑問を浮かべているように見えました。
――わずかに、揺れていることをのぞけば。
笑顔で言ってもごまかせません。
上に乗せても本音は消えない。
どれだけ見えないように隠しても。
《アクティース教》の神官の前で、負の感情を偽ることは不可能です。
……私は、彼女が何に怯えているのか、あるいは何を知られたくないのか、分かりません。
その心がどこにあるのか。
本当は何が目的なのか。
予測は出来ます。
本当は確信もあるのです。
何十にも隠されたその真実を、私はきっと見つけている。
他の神官の幾人かも、真実にたどり着いているでしょう。
――最も、それを私たちが知る必要は、ありません。
例え、普通の人族でなかったとしても。
例え、別の信仰を抱えているとしても。
彼女がここで、生きていることに、かわりはないのだから。
無知は時に身を滅ぼします。
けれど同時に、知を得たことで失うことも多々あります。
であるならば。
知ることを拒否することも、強い選択のその一つ。
知らないからこそ守れることも、確かにこの世にはあるのだから。
それに……。
私たち《アクティース教》の前に現れてしまえば、最後。
どれほど取り繕ったところで、負の感情をみすみす放っておくわけがないのです。
隠し、偽り、拒絶し、逃げようとしたところで。
私たちの祝福は、どこにだって届くのですから。
私は、ティティに最高の微笑みと共に、最高の言葉をおくりました。
「貴女がどのような事情を、その身に抱えていたとしても――貴女が貴女として生きているだけで、私は貴女に祝福がおくれますから」
沈み行く最中にあっても輝きを失わぬ太陽と、夜を控えて光輝を増しゆく月に願います。
どうか、彼女のこれからの生が、喜ばしく輝かしいものでありますように……。




