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第二章 ペンダントの理由


サンセリアを抜けた先はステップが生え、林、そして森の道へと変わる。熱くもなく寒くもないこのあたりは森林のおかげもあり快適。きらりとレイスのペンダントが光に反射して輝く。

「そう言えばエルは持ってる?あのペンダント」

「あぁ、しっかり持ってるよ」

エルサは首から下げているが普段は服の中に入っている。取り出しレイスに突き出し、これだろ?と突き出す。ニッと笑うその笑顔はいたずらっ子のようだった。

「魔法で人を傷つけてはいけない」

「魔法は人を幸せにするためにあるって。父さんの口癖だったな」

紅く輝く半分のペンダントを見つめながら呟く。今となるとエルサのペンダントは()(ビー)が付いていて、彼自身の性格を表している。

レイスのも(エメラ)(ルド)が付いている。これもまた彼自身の性格を表している。

「オレ達たくさんあったよなぁ」

「そうだね」

そして二人は立ち止り真っ青な、何処までも果てない空を見上げた。


―――――――七年前――――――


「ほら、早く来いよ!」

「待ってぇ!」

家の近くの丘で双子はいつも日が暮れるまで、飽きずに遊んでいた。日が暮れればオレンジに輝く夕日と街並みを見ながら家に戻る。遊び疲れた子供二人は勢いよく母親に抱きつく。まるで、その笑顔は天使のように純粋で輝かしいものだ。

「ねぇ、お母さん。今日の夜ご飯ってなぁに?」

首をかしげて訊くレイスと同じく真似をするエルサ。母親のサラは微笑みながら言う。

「今日はね、あなた達が大好きなオムレツよ」

「やったぁ!」

喜ぶ二人を見ると温かな気持ちになる。タンポポのように白く、ふわふわしたこの二人はきっと母から見るせいもあるかもしれない。可愛いくて仕方がないのだ。

夕飯も終え二人が寝る頃だった。

「ねぇ、エル」

「ん?どうしたレイ」

一緒のベッドで眠る二人は寄り添って眠る。

「僕ね、もっと魔法がどんなものなのかもっと知りたい。人を助けるもの、幸せにするもの。傷つけてしまうもの、悲しみを与えてしまうもの。それが何か僕はこの目で見たいんだ」

同時にエルサの頭にも二ケルのあの言葉が出ていた。

〈魔法で人を傷つけてはいけないよ〉

だから傷つけてしまうものを学び、それを使わないようにする。それをレイスは学びたいのだ。

「父さんに教えてもらおう」

たぶん、だめって言われるけれど………

案の定翌日、許可が下りることはなかった。だから二人は二ケルの書斎に入り、魔術に関する本をすべてあさり、夜通し読みふけっていた。

炎、氷、水、闇、光、風、地面、金属、葉木。全ての属性に関する事を理解できる範囲で頭に入れていた。分からないところは二人で相談し合い、教えあいながら知識を詰め込んでいく。学校では授業を聞かず寝ているのが先生にばれ、しばしば怒られることもある。しかし懲りないのがこの双子。そして何も勉強しないまま学年進級試験が始まる。しかし彼らにとっては文字を書く程度に過ぎない。常に学年ではトップ争いをしていた。

「なlレイス。何でいつも寝てるのにそんなにできるの?」

「本当だよな。エルなんか廊下にまで立たされてるのに」

「頭の作りが違うんだよ」

自慢げにエルサが話したためのクラスのあちこちから一生冬眠してろと言われてしまった。エルサはあまりのショックに教室の隅にうずくまっていた。レイスがエルサにキノコが生えてる―と言い出した。あまりの落ち込みように頭にキノコが生えているようにも見える。クラス中が大爆笑。エルサは余計に沈んでいった一日だった。夜もその落ち込みが取れる事がなく、元に戻ったのが翌日。不機嫌そうに起きてきたが魔術についての文献を読むことによって忘れてしまったみたいだ。因みにこの年で読んでいる為、意味分かんない、何て読むの?といった数々の疑問があるが全てスル―している。流石に二ケルに訊くわけにもいかず、とても苦労していた。辞書などを引っ張り出すがこれも読めず。いくつかの壁にぶち当たっていた。

ただこの時ばかりは調子を崩したのか学年トップはレイスの手に落ちた。

「珍しいな。エルサが二位なんて」

「そうだよね。レイスもすごいよ。だって一位とっちゃうんだもん。俺尊敬するよぉ」

「じゃあその尊敬をこれからの勉強に生かしたら?セカンドラストさん♪」

「おまッ…………それは言うなよ!」

レイスを称賛する声が上がるがエルサの時はここまでなかった。エルサが一位を取れば流石エルサ。やっぱりエルサか。エルサ以外あり得ないしね。など。期待なのか何なのかは分からないがレイスのようにちやほやされたりはしなかった。それが悔しくて帰りはレイスを置いて丘の上でひっそりと泣いていた。

「うっ、ふぇッ………どうせオレなんかよりもレイの方が………いい子だし優しいし……」

「僕が何だって?エル」

流石に驚きを隠せないエルサ。振り返ったその顔は涙でぐちゃぐちゃだった。洋服なんて涙でぬれて水を頭から水をかぶったように濡れている。

「僕を置いて帰るなんてひどいよ!探したんだからね。ウェリアも心配してたよ」

「だって…………」

「だってもくそもあるか、このバカエル!みんな心配してたんだよ。勝手に一人で走っていくなんて。理由は?泣いてる理由も教えてよね」

「………………」

何でエルは黙ってるの?何で話してくれないの?いい加減にしてよ、散々人を振りまわしておいて。心の中で言うが相手に伝わることはない。突然レイスはエルサの胸倉を思いっきり掴み、殴りかかった。目と鼻の先寸前でそのレイスの拳は止まった。しかしエルサは動じていない。いや、むしろ何かを信じている目だ。

「どうして避けようとしなかった?」

相変わらずエルサの目はレイスを映さない。口も閉ざしたまま、ただ時と風が通り過ぎ、太陽が沈んでゆく。辺りは藍色に染められつつあった。

「どうせレイスじゃオレを殴れない。多分殴る気はないだろ」

寸止めにされていた拳はエルサの顔面を殴った。エルサは吹っ飛ばされ木に衝突しぐったりと草地に倒れこんだ。再びレイスはエルサに近づき胸倉をつかみ持ち上げ木に押さえつける。

「誰が殴らないって?馬鹿にすんのもたいがいにしろよエルサ。いつまでも餓鬼扱いしやがって」この時で彼らは十二歳。餓鬼扱いはやめろというレイスの意見が世間で通るとは思わないが、エルサのレイスに対しての思いはまだまだ自分より下という感情が残っていた。幼い頃からエルサの方が少し上で。だから、オレがレイスを守らないといけないんだとかいろいろ背負いこんでいた。でもオレの方が実際には餓鬼だ。ただ強がったり見栄張ったりするだけの餓鬼だ。レイスに迷惑かけて。何やってるんだろ。

「ごめん…………オレが悪いんだ。レイスに嫉妬しただけだよ」

エルサも諦めて全てを明らかにし始めた。今までの行動と涙の理由。レイスはエルサの全てを聞き終わると大きく溜息をついて座り込んだ。

「悔しいなら勉強しろよ。僕は言うよ、勉強した。多分エルが知らないところで復習やら筆記まとめやらしてきた。何もしてないのに泣くなよ。悔しいなら魔術を学びながら学校の勉強も授業も全部受ける。それが嫌なら諦めなよ」

レイスの一喝にエルサは余計に涙が止まらない。自らの態度と考えに嫌気がさしてたまらなくなった。だが、ふとこうも思ったのだ。これから正していけばいいと。簡単すぎる、単純な思考だと言われるかもしれないが、絞り出せた答えはこの一つのみだった。エルサはゆっくり起き、そして立ち上がる。ギリギリで沈む夕日をバックにしたせいなのか、エルサは何かほかの人と違う何かを持っているように見えた。レイスはいつも思うことがある、他の人とも違う考えを持ち合わせていると。だから他人がエルサに惹かれるのをレイスはいつも嫉妬していた。幼い頃から友人などはエルサについていた。もちろんレイスにも友人はついていたが、エルサはより多くいた。人の数で決めるものではないと分かってはいるのだが。だから勉強で勝つしかないと思った。それなら人が集まると。でも、今は違う。嫉妬なんかは無くなった。強いて言えば今回の事がきっかけでエルサに対する嫉妬という気持ちはなくなった。それからエルサも学校での授業はまともに聞き、再び学年トップへとなった。家に帰るとすぐさま二ケルの書斎に入り本を読む。

「この世界には魔術を行使しない者を「アイラ」という。魔術を行使する者を「メシア」という。じゃあオレらの事は〝メシア〟なのか?」

「魔術を行使すると考えればそうなるのかも。そう言えばエルは何属性が使えるの?」

「とりあえず炎と氷。レイは?」

「僕は葉木と水」

メシアには複数の属性脈が通っている。それを切断したからといって出血するわけではない。むしろ脈などない。だが、そのメシア自身にあった属性が流れている筋を人は属性脈という。複数持つ者もいれば単独しか持たぬ者、全てを持つものなどさまざまいるが全てを持つ者はそう多くはない。

「オレ達も全属性持てたらいいなぁ」

「そうだね」

その時、突然部屋のドアが開いた。入ってきたのは双子の父、二ケルだった。何故か二ケルは驚いているような、驚いていないような顔をしている。要するによく分からない顔。

「お前達、この魔術書が読めるのかい?」

突然の質問に双子は口が開いた。何故なら思っていた二ケルの第一声は、何を勝手に入っているんだ!と怒鳴られると思っていたのだ。しかし、怒る様子もなく、ただ平然に質問をされた。

「あっ、分からないところは辞書を引っ張り出して調べたりしてるけど…………」

「やはり、お前達には〝血〟が流れているようだ」

傍から聞けば当たり前なのだが、二ケルはNine Angelsに近い血が流れているのだと言う。九人の天使から贈り物をもらったこの地球に人という存在ができた時、九人の天使達は九人の男女を集めた。炎を授かりし者レックス・ウェルシュ。水を授かりし者ジェイス・レーン。金属を授かりし者エイジス・ケルス。闇を授かりし者ナーリャ・シェーブ。地を授かりし者メイナ・ヴェーリット。氷を授かりし者アレン・エンス。葉木を授かりし者マリア・ゾーラ。光を授かりし者スーザン・ヴェース。風を授かりし者ウィズ・クローク。この九人は今生きているメシアだ。この九人だけはNine Angel’s Messiah(九人の魔術者天使)と呼ばれている。しかし、この名前の人物を探すことはまず不可能。名を変えて自国リステゴールのどこかでひっそりと暮らしているらしい。何故名を変えたのか。それは闇属性を行使する者のごく一部で伝承される魔術、黒魔術や闇魔術と称される禁忌魔術。「血使詠唱悪魔召喚」人の血を使い、詠唱魔術を唱えることで人の血液が代価となり悪魔が召喚される術の事だ。魔術力が強いほどより強力な悪魔が召喚される。今から約五百年前、リステゴール南西部で血使詠唱悪魔召喚が行われた。その時使用された血液の人数はおよそ百三十万人が生贄となった。召喚された悪魔に使用者はここら一体を焼け払うように命じたそうだ。悪魔は血液を喉に通すと上空に飛び上がり巨大な火の玉を五個地に落とした。その力は恐ろしく三日間で一帯を焼野原にしてしまった。生きていた人に訊くと悪魔は血液を飲むことによって力が増幅すると答えている。悪魔を探す、封印、祓うために「祓魔師(エクソシスト)」がこの地へ赴いたが何の証拠も見つかることはなかった。それから血使詠唱悪魔召喚を禁忌とし、封印術をかけた。しかし、つい最近。闇の町ウォルスベイトで大量殺人が起きた。その傷跡は何かに噛まれた痕。人ではなく、もっと鋭い牙のようなものだった。考えられるのは禁忌である血使詠唱悪魔召喚が行われてしまったとラジオでもいまだ騒いでいる。強い魔術者の血が見つからないようにするため、ひっそりと九人は暮らしている。突然エルサは二ケルに言った。

「父さん。オレ達に魔法を教えてください」

「前も言っただろう」

「どうしても教わりたいんです!人々を守るために」

レイスも泣きそうな顔で頼んだ。二ケルは双子の目をじっと見つめながら悩んでいた。

悩み、悩みぬいた末に出た結論が。

「いいだろう。そこまで覚悟があるのならば父さんも付き合おう。ただ詠唱魔術から始める」

「はい!」

 詠唱魔術、自ら発する声と文が〝力ある音〟になり、自らの持つ能力が行使するために必要な魔力を上回ればその魔術を行使させることができる。

自らの持つ魔力     魔術を行使させるために必要な魔力

    5          2    

この場合自らの持つ魔力の方が上回っているためこの魔術を行使することができる。しかしその逆では

自らの持つ魔力     魔術を行使させるために必要な魔力

    5          7

この場合魔術を行使させるために必要な魔力を持っていないため行使することはできない。

「足りないが、どうしても行使しなくてはならないときは、使い魔と交渉をし、代価を払わなくてはならない。わかったかい?」

「うん」

「じゃあまず手本を見せよう」

そう言うと外に出ろと合図を出され外に出たものの周り一帯は草原だ。何もない。

「じゃあエルサ。そこに立ちなさい」

「はい」

指定された場所で立っているとニケルは詠唱し始めた。

『詠唱、天から降りし九人の力。下なるものに救いの手を。上なるものには試練を。悪しき者には制裁を』

そう言うなりエルサの体は短い草が伸び、それによって拘束された。エルサは脱出しようと試みるがそれすらもままならない。それどころか動けば動くほどきつくなっていく。

「父さっ……苦しい……」

『解放』

そう言われると草は元の長さへと戻りエルサは解放された。エルサもレイスも共通した答えが出た。本当に魔法はおもしろい。

「今のは文章化された詠唱魔術だが短縮された詠唱魔術もある。螺旋風水」

レイスの体は螺旋を描きながら空高く上がる、風と水の力で上げ、落下させる」

「ああああああああああ!いやっ、落ちる!」

レイスが目を閉じたとき、再び短縮化詠唱が始まった。

『優包草山』

草が優しくレイスを包み込むように落下の衝撃を押さえた。レイスの目は点になっているが、けがはない。レイスは魔術に対して恐怖という感情を抱き始めたのも、この時からだった。ただ楽しいだけではなく、使いようによっては恐ろしいことや、恐怖を体にたたきつけることも可能だと確信したのもこの時。

「短縮化詠唱と通常詠唱では魔力の力が異なる。というのは短縮化されているだけあり、本来の力ほど出せないのが短縮化詠唱魔術だ。通常の方が力を解放されるため本来の力を出すことができる」

はい、とニケルから渡されたその書物はずいぶんと使いこんである。中を開けば不思議な文字と円。長い文章が書かれてあった。ただの長文ではなく、力ある文字と発せられることにより発動する力ある声。それの詠唱文が載っていた。しかし、通常のものと何かが違う。多少の違和感。

「ねぇ、父さん。これ何かがおかしい………」

エルサが二ケルにいうと流石だ、というような顔をしてみせた。レイスには今見えるものを感じたものを伝えるとレイスはまったく違う答えをエルサに言う。双子はどういうことなのかまったく分からない。同じ本なのになぜ見ている物がこんなにも違って見えるのか。

「それはな、その見ている人間に最も適応した属性の魔術陣、詠唱文が載っている。だから二人で見て、意見が異なるのも仕方がない。明後日その本に書いてある術の試験を行おう。合格できればさらに上を教えるし、出来なければそこまでだ」

じゃあ夕飯だからすぐ戻りなさいという言葉はいつも通りなのだが魔術の事になると、とても恐ろしい父だと感じた。

「レイ。なんて書いてある?」

「僕の属性は葉木らしい。エルは?」

「オレは炎。とりあえず魔術陣と詠唱文写すからみせて」

そう言って徹夜をし、一夜が明けるまでの八時間で全てを書き写した。レイスも書物に記載され、幾度となく出てくる記号、単語を調べていた。大体は見たこともない記号や単語で、とても骨が折れるようなものばかり。一体これらが何の効果、意味を表すのか全く知る由もなかった。しかし、ふとエルサが前に読んでいた書物で似ているようなものがいくつかあったはず。と言い出し、書斎の本棚をあさりまくる。これも違う、あれも違うなどと呟きながら手に取っていく本で一冊気になるものがあった。

「レイ、この本だよ。Nine Angels」

「でもこれって……大天使達の話じゃ」

「だからだ。元々魔術は大天使たちから九人の人間達が代表として贈られたものだ。だったらその記号や単語の力あるものが大天使達でもおかしくはない」

「探してみるよ」

そう言って記号や単語、大天使達などの名前、属性、などを全て照らし合わせた結果。思わぬものが待ち構えていた。

「エル、僕これ意味分かっちゃった」

「オレもだ」

アルジェ文字。古代リステゴールと建国される遥か太古の昔に使われていた言語。その時の文字で大天使達の名前なども記されていたため、魔術書には大体アルジェ文字が使用される。

葉木属性には三つの意味がある。一つ目は生活場所を与えるために。二つ目は愛情。一番重要な三つ目。この書を手に持ち、この文字を解読したならば。全てはこの書から始まりこの書で終わる。大天使フィルレンスの血を受け継いだならばこの土地を、世界を守り抜きなさい。

それが序章に書いてあったものだった。その次からが詠唱文や魔術陣が記述されている。パラパラとめくるうちに最後のページにこう書き記されていた。

「いつか生まれる炎と葉木の対となる鏡へ。もし、力が全て意志のままに操れるならばこの術を授けよう……」

そこから重要な文章が抜けていた。

炎属性には三つの意味がある。一つ目は全てを温め、動力源となる炎。二つ目はすべてと対等に向きあう情熱。一番重要な三つ目。この書を手に持ち、この文字を解読したならば。全てはこの書から始まりこの書で終わる。大天使エルファードの血を受け継いだならば闇に染まりし人々を光に導きなさい。それが序章に書いてあったものだった。その次からが詠唱文や魔術陣が記述されている。パラパラとめくるうちに最後のページにこう書き記されていた。

「いつか生まれる炎と葉木の対となる鏡へ。もし、力が全て意志のままに操れるならばこの術を授けよう。あなたが対の鏡を守るのです」


「エル。始めよう」

「おう」

そうして鶏が鳴く頃には二人は魔術陣や詠唱文を山で唱えていた。エルサは詠唱魔術、レイスは魔術陣を学んでいた。二人とも第一章の使い魔召喚術を発動しようとしていた。

「これでも読んでみるか……」

『己の命、代価に差し出す時。汝は目の前に現る。代価は己の血と魂。この問いに答えよ。汝は敵か味方か?悪魔か天使か?そして何より我に服従する覚悟があるのならば出てきたまえ』

そう言うなりエルサは犬歯で親指から血を出し、左胸にアルジェ文字で炎の記号を書く。詠唱後、出るわけない、と思っていたその時、辺りが闇に包まれる。急いで逃げようとたが間に合わず、闇に捕らわれてしまった。視界は闇夜、山にいたはずなのに、エルサは池の中にいて月夜が出ている。池に月が反射し、橋に座る者の陰が映される。瞬間大きく翼が開かれエルサに向かう。思考が追いつかないまま橋の上にあげられていた。

「お前か?オレを呼び出したのは」

「………」

「よく見たらお前人間の餓鬼じゃねぇか。どれだけ魔力強いんだよ。ていうか、喋らなさそうだから俺から言うぞ。俺はシトリー・パルディオン。君主さ。」

歯を見せて笑うその姿は獣人でも天使でもない、人の形をした悪魔だった。口からは牙が見える。灼眼、翼は藍色、尾と髪は漆黒に輝いている。月夜に映し出される彼は誰が見ても惹かれてしまうような青年の容姿だった。

「さぁ、俺のマスター。お名前を」

「オレはエルサ・シルヴィアだ」

「その眼。好きだぜ。さぁ、契約するのかしないのか。はっきり決めろ」

『汝、我が盾となり剣になれ、シトリ―。今ここに契約しよう。オレの背中に契約印を刻むがいい』

「そういう思い切った選択もいいねぇ。マイマスター」

思い切りシトリ―はエルサの背中に掌を叩きつけた。微かに血が滲みだす。しかし紫紺の光を放ちながら背中には大きな翼と十字架の紋章が刻まれた。

「俺を呼びたいなら名前を言ってくれよ。そうしたらすぐに行ってやる」

そう言って視界から消えてった。一方レイスも魔術陣で先ほどと同じような状況下にいた。だが辺りを包むのはオレンジの光。場所は花畑のようで、一人の女性が花と草に囲まれていた。

「あら、私を呼んだのはあなたね?私はラファエル。大天使の護衛といえるべき者です」

ラファエルと名乗る女性には人間には存在するはずのない純白の大きな翼が背中から生えていた。穢れなどない真っ白い純白な魂をもつ者が天使なのだと書物で読んだことがあった。

「僕はレイス・シルヴィアです。貴女がここにいるということは」

「ええ、私があなたの使い魔になりましょう。契約するならば片腕を出して下さい」

『今ここに、汝、我が盾となり剣となれ、ラファエル。今ここに契約しよう。僕の腕に契約印を刻むがいい』

「では」

レイスの左腕に手をかざしたラファエルの手から不思議な光が腕を包む。柔らかい暖かさにどこか懐かしさを感じる。光が消えると、蓮の花が描かれた刻印が刻まれていた。不思議と痛みはなく、体が楽になった。

「用がある時は名前をお呼びください。すぐにあなたの元へ向かうでしょう」

そう言い、光の粉と化して消えていった。木の物陰に二ケルは隠れてその様子を観察し、口端をあげていた。

「エル、今日はどうだった?」

「使い魔を呼べたぜ。なぁ、シトリ―」

「僕も。ね、ラファエル」

「さっそく呼んでくれたのか。嬉しいなぁって、目の前にいるのは大天使お付きの天使じゃねぇか」

「あら、あなたもいたのシトリ―。レイス、呼んでくれてありがとう」

何だか二人とも嬉しそうなのだが。嬉しそうなのだが悪魔と天使は睨み続けていて今にも火花が散りそうな状況。

「お前ら、何を召喚したんだ?」

二ケルが階段を昇ってくる音がする。シトリ―の尾がゆらゆらと揺れていた。決して太くはなく猫のように細い漆黒の尾。ようやく登り切った二ケルが扉を開けると異様な光景が待ち受けていた。人間二人と悪魔と天使。どれも異様な組み合わせで。一番はやはり悪魔と天使なのだが。

「もうお前ら使い魔を召喚できたのか。思ったより早かったな。ふーん、シトリ―とラファエルという名前なのか。まぁいい。ご飯ができているから早く下りてきなさい」

何故父は使い魔の名を知っている?その思いが頭をよぎる。口から一言も父の前では発していないのになぜわかったのかそんな考えも虚しく、

「いいなぁ、飯~」

「シトリー、あなたは悪魔でしょう。それも君主。そんなみっともない顔しないで。向こうに帰ってから食べてください」

「んなこと言うなって。ラファエルだって眼が輝いてるぜ?」

「そんなことないです!ちゃんと戻って食べます!」

僕から見ているからかもしれないけれど二人ともすごく食べたそうな顔をしてるんだよね。悪魔と天使なのに。食べていく、食べていかず戻って食べるという発言は本当に天使と悪魔の呟きだ。ふと横を見るとすでにエルサは下に降りている様子だった。二人の話が終わりそうもなくて降りようとした時にお前が決めてくれなんてシトリ―に言われるもんだからじゃあおいでよ、と言ってしまったのがことの間違いだった。

下に降りればすでにエルサが夕飯を食べていたのだが、スプーンを口にしたまま固まってしまった。何かあったの?と訊くと後ろを向けと指をさされた。素直に後ろを見ると二人が母サラと話しているではないか。

「え、母さん。その二人が何者なのか知ってるの?」

「えぇ、シトリ―が悪魔でラファエルが天使よね」

笑顔で答えられるものだから何と言い返そうか分からなくなってしまった。結局その日は六人で食卓を囲むことになった。その後にシトリ―とラファエルは帰っていったのだが  人間界の食物を口にして怒られたとか怒られてないとか。その夜も双子は書物の内容をひたすらに読んでは実行に移しを繰り返していた。

『風は、身を囲い包み込む。あらゆるものから身を守る盾となりたまえ』

夜、星が瞬き、静寂を連れてくる。そんな中家から離れた場所でレイスは木の棒を空高く上げ詠唱文を唱えた。瞬く間にレイスは風の中に包まれ木の棒は遠くへ弾き飛ばされた。これが完成形なのかは分からないがとりあえず術の発動はできた。そして丘の上ではエルサが炎を出す練習をしている。数分に一回強い小さな明かりが見えるのだがすぐに消えてしまう。何故か長続きしないのが難点で、とにかく扱いづらい。服の袖は燃えかけ、挙句の果てには髪の毛が焦げるという始末。一体どうすればいいのだろうか。

(掌に魔力を集中させろ。手の開き具合で炎を調節するんだ)

誰なんだ今の声は。使い魔の声でもない聞き覚えのない声が頭の中で反響し続ける。しかし今の時間この場所にはエルサたった一人。二ケルやレイスの声とは違う。しかし、炎が灯りにくいのは事実で、やってみるかという思いで掌に魔力を集中させていると、大きな炎が灯った。それはすぐに消えることはなくずっと灯り続けた。何度も何度も試してみてもすぐに消えることもなく、意のままに操ることが可能となった。それができたのが山の方から朝日が昇り始める頃だった。

この日はちょうど学校も休みで特に急ぐ用事もない。あるとすれば二ケルから与えられたテストのみ。そのテストが行われるのも午後一時から。朝食を食べ終わるとエルサとレイスは丘へ登った。

「エル、準備はいいかい?」

「レイこそ。どうなっても知らないからな」

二人は地面を強く蹴りかけ出す。向かい合ったところで組み手をし始める。レイスの攻撃を紙一重で交わしたエルサはレイスに向けて両手を向ける。

『詠唱、エルファードより受けし炎。我を守りし力となりたまえ』

するとレイスに向けて一直線に炎が迫る。それを望んでいたかのようにレイスも準備をする。しかし避けるそぶりもなくそれはぶつかった。エルサの表情からは何も読み取ることはできない。一つとるとするならばそれはどこに行ったのかだ。瞬時に燃やしつくされる標的はどこにもおらず、姿や音さえも聞こえない。ただ一つあるとすれば、いつもレイスが使う葉木の分散。気づけばレイスは木の上にいて、使い魔との間に使える詠唱を唱え始めていた。

蓮華(れんか)乱舞紋章詠唱、我が使い魔ラファエルよ。我が武器となりたまえ。種は弓。具現せよ』

十字(じゅうじ)(よく)紋章詠唱、我が使い魔シトリーよ。今ここに我の剣となれ。代価はエルファードより受けし炎』

「我がマスターの要望より、十字翼紋章の剣をマスターに授ける」

シトリーの腕から出される炎が切れた時、柄には十字翼紋章の刻まれた剣が握られていた。エルサに渡された剣はエルファードとシトリーの炎が核となり、エルサの炎が外枠になって刀身は構成されている。紅く燃え盛る灼炎の剣、独特な形状をしている。そしてレイス側の使い魔が詠唱に応じ始めた。

「我がマスターの要望により、蓮華ノ弓矢を授けましょう」

レイスの武器は弓。花、木、蔓、葉で構成されている。矢も同じく。双子はそれぞれの使い魔から渡された武器を持して対峙する。双方引かず攻めずの状態が続く。しかし、レイスが動き出す。矢を射った。その矢はエルサをめがけて風を貫く。それを防ぐべくエルサも炎の防御壁を展開するが矢は防御壁を突破しエルサの頬を掠めた。

(何故だ、葉木は炎に弱いはず………)

「避けないのならもう一本行くよ」

予告通りレイスは再び射る。エルサは紙一重で避けると同時に矢を見た。あぁ、なるほど。そういうことかと納得する。

「流石だな。矢の周りを風で包んでるって訳か」

「そう、それなら炎を避けきる事ができるからね」

エルサは剣をレイスに向けて振る。その一振りはとても強力で剣を振った百メートル先ほどまで野原は一直線に焼けた。

「本当にエルサの攻撃は怖いよ。でも、負けてないからね」

エルサが足を後ろに引こうとするが身動き一つ取れない。よく見れば先ほどレイスが放った矢から土に根が張りそれがエルサに絡みついている。

「植物は生命活動が活発、常に細胞が活動しているのを忘れたとは言わせないよ」

「お前も気をつけた方がいいんじゃねぇの?」

気づくとレイスを囲むようにして炎が燃え盛っている。円を作り、すでにレイスの背丈を越している。

「焼けるってことは燃える。つまり、火だ」

口端が上がったのはどちらだっただろうか。刃の先がエルサの首につけられる。

「油断は禁物。そうでしょ」

「まあな。でも炎だけじゃないんだぜ」

寒気がする。風邪をひいているわけでも水をかぶったわけでもない。水を使うとすればレイス自身。しかしそれは冷気を放ち綺麗なオブジェを作っていた。エルサの二つ目の属性、氷だ。

「珍しいな。異変に気付かないなんて」

「……いつから?」

「今だよ。俺の周りから空気を冷やして凍らせている」

レイスが納得したように笑った。しかし、結局二人は凍りつきいずれ動けなくなるのは確実。結局エルサの炎で身動きが取れるようになったところで、二ケルは歩いてくる。

「いいかい、今から行うのは短縮化ではない詠唱だ。それで今見たところ何故かレイスは水、エルサは氷を使える。それを駆使して父さんの攻撃を防ぎなさい」

『詠唱、大天使フィルレンスより与えられしこの地より、葉木の力、風、切り裂き、水をも貫く槍となれ』

詠唱通り葉や木片が槍のように二人をめがけて飛んでくる。三百六十度展開のため逃げ道はない。

『詠唱、エルファードより受けし炎の力、今我が身の炎の盾となりたまえ』

『詠唱、フィルレンスより受けし葉木の力とすべてを包む風の力、今わが身を守る風草の盾となりたまえ』

炎はエルサを中心として球を作り攻撃を防ぐ。レイスも風で半分ほど流し、残りは頑丈な葉で作られた盾に刺さった。

「ひとまずいいだろう。だが次はどうだ」

『詠唱、大天使レフィルより与えられし風において形は鳥、翼に炎を、顕現せよ』

風は不可視だが、炎で包まれた鳥が二人をめがけて急降下する。一直線で来るかと思いきや、幾つにも分散し避けることを許さない。

『詠唱、種は氷、空気を用いて我を守る硬壁となりたまえ』

『詠唱、我を守りし炎打ち消す水よ、形はイルカ、顕現せよ』

エルサを中心として氷で作られる分厚い壁で炎を防ぐ。レイスはイルカの形をした水を操り、分散した炎の鳥へ向かわせる。

「流石だな、レイスの方は水から多少のアレンジを加えたか。エルサは身の負担がありながら防ぐ道に出た。まあ、試験はいいだろう」

そして学校を卒業したらどこへ行ってもいいぞ。と言われた。しばらくはぼんやりしていたのだが、まずわかったことは父の試験に受かったこと。もう一つは卒業したらいろんな魔術を学ぶために旅に出てもいいということ。とてもうれしかったのを覚えている。そして、季節が流れ、いつしか学校の高等科も修了した。高等科からとった魔術専攻科でもシルヴィアの双子は名が通り、はやし立てられたこともしばしば。常に魔術専攻科でもトップ。そんな全七年にも及ぶ学校生活に幕を閉じた。

家に戻り、準備をする。前々から決めていたことで、卒業したらいろんな場所の魔術を学ぶために旅をすると。手持ちケースに服と、食料を何日か分だけ詰める。お金は昔、自分たちで捕まえた時にもらった残りの百万イル。多いと思われるがなんかの時のために。

準備の途中にゆっくりと飼っているキングシェリスという種の猫、ベールが双子にすり寄る。にゃあ?と小首を傾げて鳴く。まるでどこへ行くの?と聞くように。大きな体は今でもまくら代わりになる。そんなベールが懐かしく感じる。

「ベール。僕、エルと一緒に行ってくるからね」

頭をなでてやると下に行き、夜ごはんを食べる。

「本当に行くんだな?」

「うん。オレどうしても知りたいんだ。いろんな魔術を」

「僕は文化とかも学びたい」

二人の眼はとても真剣で、希望に満ちている。母サラも笑顔でいいじゃない。いろんなものを見て、感じて、触れて、知ってきなさいと言っていた。二ケルも笑顔で行ってきなさいと言った。

「だが、あの約束は忘れてはいけないからね」

二ケルのいう約束、それは幼い頃に交わした約束。

『いいかい、魔法は人を傷つけるためのものではないんだよ。だから、魔法は人を幸せにするためにある。魔法で人を傷つけない、そう約束してくれるかい?』

この言葉は今でも残っている。大丈夫忘れないよというと二人は風呂に入り、寝た。


「そっか。行っちゃうのか二人は……」

屋根の上で月明かりに映し出される人の影。金色の髪と尾、あるはずのない頭に耳が生えている。彼は寂しげにそう呟いた。

「また、戻ってきてよ」

切ない願いは月と静寂が連れ去った。


翌朝、早めに起きた二人はすべての準備を済まし下に行った。すでにサラと二ケルは朝食の用意をしている。

「おはよう」

笑顔で両親は言った。同じくおはようと返し、朝食をみんなで食べる。そこにはベールも下でミルクを飲んでいた。エルサは、はっとしたように何かに気付き二ケルに尋ねる。

「父さん。俺たちに前にくれたペンダントの理由って何?」

「覚えていないか。お前たちが見知らぬ土地で離ればなれになったとしても、再び繋ぎ合わせてくれる。そしてきっと何かに導いてくれるだろう」

「ありがとう」

片付けを済ませ扉をあける。

「それじゃあ父さん、母さん。行ってきます」

エルサとレイスは同時に言い、家を出た。とても広い新しい世界へと。


「本当に、七年前は何も知らなかった」

「今もまだほんの少ししか知らないでしょ。さぁ行こうエル。次の町、ウォルスベイトへ」

「あぁ。行こう!」

そして、二人はまた歩き始めた。






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