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第一章 旅の始まり


         

太陽が砂漠を照らす昼頃。二人の少年、一人の少女は今にも倒れそうになりながら砂漠を歩いていた。暑さと乾燥で体力は奪われ、水もないという最悪な現状。それでもなお、治まらない少女と少年の口喧嘩。全く、この暑さで何をしているんだかと呆れかえるもう一人の少年。


「何でこんなことになってんのよ」

汗でぐっしょりになり、気力も体力も切れる寸前の少女は隣の少年に問いただす。

「元はと言えばウェリア。お前が道間違えたんだろ?」

「何よ!あんただって間違えたでしょ!あたしの所為だけにしないでよ」

金髪ポニーテールの彼女はウェリア・シェイス。そして隣の長髪で茶髪の少年がエルサ・シルヴィアである。この二人の喧嘩の間に入っているのがエルサの双子の片割れ。レイス・シルヴィア。可哀そうなことにレイスは二人の眼中には入っていないようだ。

「もういい加減にしてよ二人とも!ただでさえ暑いのに余計暑いでしょ!」

ついに、いつもは優しい滅多に怒らないレイスも我慢の限界だった。

「まったく、この天候で喧嘩するなんて正気じゃないよ」

「ごめん」

ウェリアはこの二人の幼馴染、そして何よりも大切な家族の一員だ。

だが、レイスが止めた喧嘩も数分で始まり呆れかえり、項垂れるレイスであった。

この喧嘩、その後一時間ほど炎天下で行われた。

エルサとウェリアの喧嘩はひどくエスカレートしていき、レイスさえも手に負えなくなるほどの事態。

だが、その二人もこの暑さゆえに喉が渇く。人の欲望は我慢できるものと、そうでないものがある。

喉の渇きは何をしても満たされることはない。

「もう、あたし……無理……」

「だよなぁ……オレも……」

「二人でこんな暑いところで一時間も喧嘩してるのが悪いの!少しは反省ぐらいしてよね」

何だよレイスの奴、さっきから起こってばっかでさ。

当の本人、エルサは自分のことだと自覚は全くと言っていいほどないのだ。それは弟であるレイス自身も怒るわけだ。

「だめだ……水がほしい……」

「砂漠に水なんてないわよ……」

そんなこんなでひたすら歩き続けるとやっと建物が見えた。

ここが九つある地域のひとつ、サンセリア。

サンセリアは一年を通して雨が降ることはほとんどなく、水不足が多発している。おかげで病院搬送者は国内第一位。患者の約八割は日射病や熱中症で搬送されているのが現状。国はこの事に対し「対応できない」と述べている。

「ねぇ、エル。あそこ。一人誰かこっち見てる気がする」

「あぁ、レイ。オレもそう思う。しかもまだ若い」

「だったら呼べばいいじゃない。おーい、そこの君!出てきてよ!」

「ちょっ、ウェリア!おまっ」

言われるがままにその人間は出てきた。

蒼髪、蒼い双眸で少し幼い感じがある少年。歳は十六ぐらいだろうか。その少年は今にも大きい声で「水がほしいんですか?だったら早く来てください!」と聞いてくる。

さっきの話を聞かれていたのだろう。突然顔も知らない少年に話しかけられた三人は戸惑いを隠せずにいた。勇気を振り絞ってレイスが聞いたこと。

「あの、名前は何ですか?」

「僕はロイ・シークです。サンセリアがとても暑いことを知っての上で来られたんですよね。熱中症になる前に早く来て!」

ロイと名乗る少年に連れられ町へと入っていった。

付いていくと木造建築の家や建物が多く、周りには植物が生い茂っている。

町の奥へ進むととても大きな教会があった。境界の中は外界の温度とはほど違いとても涼しい。少し寒いくらい。

「今、水持ってきますね」

教会の奥へと進むロイ。

「何か悪いよね、僕達」

「そうだよなぁ」

「でも良いんじゃない。助けてもらえたうえにさ、水までもらえるなんて。普通の人はそんなことしないわよ」

「お前もその一人だろ」

「何ですって!もう一度言ってみなさいよエル!」

「あぁ、何度でも言ってやるさ。お前もそのひと……」

「ああもう、うっさい!どうして二人はいつもケンカばっかりして。聞いてる人の身になった事あるの?聞いてる方はそんな喧嘩どっかでやって下さいって感じだよ。夫婦喧嘩は教会の外でやれ!教会は神を信仰する場所。聖域なの!まったく、エルサは一言多いし、ウェリアはすぐ乗るんだから。そういう時はこんなバカ放っておけばいいの!分かった?」

いつものレイスではない感じがして硬直している二人。確かにレイスの言葉は間違ってはいない。だが、言い過ぎじゃない?と思うところも節々。

「バカとはなんだ………」

「何か言った?エル」

「い、いや何も」

あぁ、恐ろしいことだ。弟が怒るとこんなになるなんて。

「せっかくだから教会内を見て回ろうよ」

この教会の硝子はステンドグラス。描かれているのは天使とその神であるメリアルだった。九大天使。その一人が大天使メリアルでこの世界に人が生きるための気温と光を与えた神といわれる。

「水、持ってきましたよ」

ロイがようやく帰ってきたようだ。お盆にグラスを三つ載せて、今にもこぼしそうな足取りだ。

「こんな暑い地域、サンセリアに何のご用事で?」

ロイは一人一人にグラスを配り、水を注ぐ。グラスには太陽の光があたり輝いて見える。

「ありがとう。オレ達はこの自国、リステゴール国内の魔術を全て知りたくて旅してるんだ。学校で国立のジェルベート大学に行けるなんて言われたけど狭い」

一瞬ロイの頭の中には〔?〕が浮かぶ。狭い?あの立派な大学が?そんなわけがない。だってジェルベート大学は国内で三本指に入るのに何が狭いんだ………

知識があれば沢山のことができるのに勿体無い人たちだ。きっと誰もがそう思う。

「勿体無いっちゃ勿体無いけどさ、知りたいんだ。いろんな国のこと、魔術。他国の幻術、錬金術や錬丹術、楽奏魔術、歌詠唱魔術、結界系魔術も沢山自らの目で知りたい」

「それでまずはこの国、リステゴールからと……」

話し終えると水を豪快に一気飲み。三人は死の間際から生き返ったような顔をしていた。きっとその表現の方が似合うだろう。

「僕はエルと同じだけど文化とかも学びたい。そう言えばウェリアは?」

確かにさっきまでいたはずの姿はなく呼んでも返事はない。全く何処へ行ったのやら。呆れる双子はロイとともに探すことに。


教会の中は外見よりとても広い、迷いそうな広さ。きっとウェリアは一人で歩いて迷っているに違いない、あいつ本当にバカだなぁなんて思っている矢先にその本人が彫刻を見つめながら何かをしている。

「おい、ウェリア!そんな所で何しているんだ?」

……………………

まったく、沈黙もいいところだ。彼女にはその言葉は届いていない。何かに没頭しているとそうなる。これが彼女の困ること。

「ウェリア!ちょっと聞いてるの?」

ウェリアは突然はっとしたように顔を上げた。まるで時間を忘れていたようだ。

「あ、ごめん。夢中になってて………」

あはははなんて笑うが。

「もう、心配したんだからね?すぐどっか行っちゃうんだもん」

そう、彼女の趣味は気になったものをスケッチすること。彼女が幼い頃からいろんなものに興味を示し、よく絵にして書いていた。そのため自分ひとりの世界に入っていたようだ。

「見つかりました?」

「はい、迷惑掛けてしまってすいません。ほら、二人も」

「すいません……」

「そういえば、あなた方の名前は?」

今更ながらこの三人、彼に名を聞いておいて名乗ってはいないのだ。

「オレはエルサ。エルサ・シルヴィア。それに双子の弟レイス。幼馴染のウェリア・シェイス。」

「あと、エルサ。じゃなくてエル、レイでいいよ」

こう言われてロイは少し驚いたようだ。

「じゃあエル達はこれからどうするんですか?」

「ん~、泊まるための宿探しかな」

はぁ、とため言いをつくエルサ。反対に何故かいきなりロイの瞳はきらめいた。光に反射しているせいなのか?

「それじゃあ、僕の家に泊まりに来ませんか。ベッドなら二つはありますし」

どうもロイは家に招待したいらしい。この事についてはウェリアもレイスも賛成意見だ。

確かに砂漠地帯、ここサンセリアは夜ではとても寒い。それに対し昼はとても暑いのだ。

そんな環境の中で二人は野宿をしたくない。もちろんエルサ本人だってまっぴらごめんだ。

しかし、ロイに迷惑をかけてしまう。そんな心配をしていたら周りの三人の姿はない。

まさか、とは思い振り向くとそのまさかだった。

「ねぇねぇ、ロイの家ってどこら辺なの?」

「そうですね、教会から二十分くらいですかね」

「エル~。遅いよ!早く来てよ」

レイスは笑顔で手を振る。知らずのうちに、三人ともロイの家へと向かっていた。

「ちょ、待てよ。おいっ!」

焦って三人を追いかけるエルサ。まったく、この三人はオレの話を聞いていたのか?


「ここが僕の家です。どうぞ、中に入って下さい」

教会から少し歩いてつく彼の家。思ったより大きい。ずっと大きい。

言葉に甘えて家に入るレイス達。家の中は、外界の温度とは異なっている。外はまだ真っ昼間。とても暑い。

だが、(ロイ)の家はとても涼しく感じる。

「何故こんな涼しいのかって顔をしていますね。この地域の家は皆こんな感じなんです。理由は、強いて言うならば植物ですかね。たくさん育てているんですよ」

台所でお茶を用意しに行った。

「もしかして、グリーンカーテンってやつ?太陽からの熱をさえぎってとても涼しくなる」

口をつぐんでいたウェリアは話し出す。お盆に紅茶を三つ載せて出てきた彼は微笑んでいる。テーブルに置くとようやく口を開いた。

「はい、その通りです。屋根の方まで植物が覆っていて太陽の光をさえぎり気温が下がるんです」

この用法は確か歴史書にも載っていた。昔からの暑さしのぎらしく、ここら一帯ではこうしてしのいで暮らしているらしい。干害がひどく、やはり植物や作物は育たないはず。

「最近の技術でやっと、少し、少しずつでも植物が育つようになってきてはいるんです。だけどまだ、砂漠を緑に変えるにはもっと時間がかかりそうで」

「そっか……でもきっと緑になるよ」

レイスは笑顔でロイに言う。きっと、時間はかかっても緑になると。

「あぁ、もうこんな時間ですね。夕御飯の支度をしてきますので」

「あっ、あたしも行く。ねぇ、ロイ。サンセリアの料理の作り方教えてよ」

「ええ、良いですよ」

ロイは笑顔で受け答え、ウェリアとともにキッチンへ入る。

この場に残ったレイスとエルサ。二人は少しの間、ぼーっとしていた。

ようやく喋り出したのはエルサの方で明日はどこへ行くか、という内容の会話へ転換。エルサはテーブルにリステゴール国内地図を広げ、まずサンセリアを指す。

「そんでさ、ここ、サンセリアから近い次の町って言ったらシリンスフルームだ」

サンセリアの隣町で列車に乗って三十分ぐらいで着く範囲。シリンスフルームを指す。

レイスは即刻答えを出すことができた。だが違う選択肢にはない答え。

「エル、僕ウォルスベイトに行きたい。ウォルスベイトだってサンセリアの隣だよ?エルが行きたくない理由は何となくだったらわかるけど。行きたいんだよ」

今度はエルサが驚く番だった。いつもエルサは危ないことばかりするため、それのブレーキが弟なのだ。だからいつも止めているレイスからそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。

「レイ。あそこ、ウォルスベイトは危険な場所なんだぞ。それを理解の上でオレに言ってるんだよな」

ウォルスベイト。この国の町は大きく分けて九つある。またその九つからもいくつかの町に分かれる。そして地域には属性が授けられている。その由来は九つの地域にその属性の神々が住んでいたところからきていた。シリンスフルームは氷。ウォルスベイトは闇とわかれている。話題に出ているウォルスベイトは拉致、殺害、事故。酷いところでは闇オークションに人身売買。運が良ければ戻る事が出来るが、一度出品されれば次に生まれ故郷に戻ることは二度とないともいわれている町だった。古代、闇を授かっていた大天使、イグリードがいた。彼は町の人間を恐怖に落とし絶望に満ちた世界を見ること、人間が苦しんでいるのが面白く感じる大天使だった。しかし人の中ではイグリードを堕天使と称す者もいれば悪魔と称す者もいる。所説はあるが人間からはあまり好かれてはいない大天使の一人だ。

「だけど、あそこは貿易も盛んだし書物だってたくさんあるかもしれないんだよ。僕沢山の本を読んで今より魔術を使えるようになりたいんだ!だからお願い!」

「本の数ならウィスターメイルの中央書庫の方があるだろ」

しかしレイスは本気のようだ。だがエルサも本気に考えている。危険な目に合わせたくはない。確かにウォルスベイトに入ってみたい気持ちもある。貿易も盛んだしいろんな国からの物資も来る。だが、近所の子供も一度ウォルスベイトで誘拐されて帰ってこなかった話があった。もしそのようになればエルサがレイスと一緒にいれば心配はないが、二人が別々になると探しづらくなる。どっちが帰ってくるかすらよくわからない。それほど危険な町なのだ。

オレがレイスを守れれば…………

「……はぁ、負けたよ、行こうぜ。ウォルスベイトへ」

レイスはとても笑顔になった。そしてはしゃぎすぎてテーブルの脚に足の指をぶつけて今はうずくまっている。大丈夫か?とエルサがレイスを心配していた時呆れた顔をしたウェリアと苦笑いのロイが立っていた。

「何してんの?ご飯できたわよ」

お盆にたくさんの料理を載せてきていたことに二人は全く気付かず、申し訳なさそうに頭を下げることしかできない。

「そんな暗い気持ちで食べたらご飯がおいしくなくなっちゃうでしょ?あたしは皆で楽しく食べたいのよ。そんなご飯手伝わなかったぐらいでなにへこんでんのよ」

「じゃあ、食べましょうか」

暗い空気をロイとウェリアが吹き飛ばす。いつも落ち込んでいたり泣いていたりしていた時にはいつもそばにウェリアがいた。同い年のはずなのに、お姉さんみたいな存在で小さい頃は頼りになった彼女は、今もその性格は変わらず良いムードメーカーなのである。

「んじゃ、いただきます!」

お腹が減っていたのかレイスとエルサは勢い良く食べる。これでは作りがいがあったというものだ。ロイとウェリアは嬉しくなる。お皿に少しはみ出ていた量のご飯も三十分もすれば、ほぼ空の状態だった。四人がご飯を食べ終わって食器やら何やら片付ける時はレイスとエルサも手伝いに参加していた。先ほどの反省が生かされている。そんな時だった。

「お風呂、入って下さいね。夜は寒いですから」

ロイが言った言葉に最初に甘えたのがウェリアだった。

「覗かないでよ」

でた、お決まりの言葉。何て三人は飲んでいるお茶を吹きそうになるのを我慢するが、エルサの余計な言葉が出る。

「誰がお前の入浴中何か見るんだよ。たかが十五歳の体なんて……」

お風呂からエルサめがけて固形石鹸が飛んでくる。間一髪でよけるエルサ。ウェリアは赤面状態で浴室に戻っていった。

「何だよ、あいつ」

「エル、それが余計なの」

「そうですよ。彼女だって女性です」

「何かオレがすっげぇガキみたいな扱いなんだけど」

「当たり前じゃない。一番子供っぽいもの」

これにはとうとうエルサも言い返す言葉がなくなってしまう。負けた。そう自覚するのであった。

白い湯気が立ち込める浴室。淡く照らされたその白磁のような肌は小さな光を反射させ輝いている。

ぽちゃん…………

長い金の髪から静かな水面に一滴だけ落ちていく。そこからは何重にもなる波紋が広がり、白磁の肌にぶつかっては消えそれを繰り返していた。

「ふぅ……やっぱりお風呂って気持ちいなぁ」

浴槽の淵に頬を乗せそんな言葉を呟いた。何十分ぐらいは経っているのだろうか、あまりにも気持ち良すぎて時間の間隔がおかしくなっている。まどろみが包んでいく中うるさいやんちゃな声が聞こえる。

「おーい、ウェリア?そろそろ出ろよ。オレ達も入るんだからさ」

「うん、分かった」

ゆっくり、少しずつお湯から出る。歩くたびに髪から滴る水が床を濡らす。バスタオルで濡れた白磁の肌を拭き軽い洋服に着替えた時だった。何だろう、この光景は。

「遅いよ、ウェリア。僕たちもう入るからね」

そう言うレイスとエルサの格好が信じられなく、またも顔が紅潮してくる。

「なんであんた達上の服を着てないのよ!」

ウェリアの言うとおり二人はズボンだけをはいて上の服は脱いだ後だったのだ。その体つきは、いつまでも幼くはなく、年相応の体つき。それ故ウェリアも見ると恥ずかしいという幼馴染でありながらも羞恥というものを覚える。

「このバカ!アホ!」

そう言うとまたも浴室にあった桶二つをエルサとレイスめがけて投げる。ストライクッ!

見事その桶は二人に直撃した。二人の額の部分は少し赤く腫れている。ウェリアはそしてリビングへと走り去っていく。

「何だよ……ウェリア。ねぇ、エル。僕何かおかしいことでも言ったと思う?」

首をかしげるレイスはエルサに問うがエルサ自信も同じ答えだった。

要するにこの二人はとても鈍いのだ。女心というものが全くと言っていいほど理解しかねる双子なのだ。

「そうだ、早く入ろう」

急いで風呂に入る二人。案の定湯は冷めていない。

「ねぇ、お湯を汚すのはよくないから先に頭とか洗っちゃわない?」

レイスがふとこんな案を出す、がエルサは何かを察する。嫌な予感がする……

「レイ、お前。オレに洗ってもらおうなんて考えは持ってないよな?そうだよな。オレの勘違いだよな?」

何度も確かめるエルサに対しレイスの返答は

「あぁ、ばれちゃった?流石エル。よくわかったね」

危ない悪魔だと思うエルサ。まずい、その単語は何十回も頭をめぐる。レイスはよく天使の様でオレが真っ黒な悪魔と言われるのだが実際は俺の方が真っ白だと思うのだが。再びレイスを見ると暗黒微笑と言えるべき笑みを浮かべていた。

「じゃあ、最初はエルサを洗ってあげるよ?」

エルサ、と言った。その時はいつも何かを企んでいる時か本気の時だ。いつもはエル、とか本当稀に兄さんなんて呼ぶがそれ以上の出来事がこんな密室に近いところで行われかける。

「いやっ、オレは遠慮するぞ?そんぐらい一人でもできるし、お前だって十五だろ?だったら一人でやれよ!」

早口で告げ浴室を出ようと試みる。だがレイスによって阻止される。

「そんなかたいこと言わないでさ?ほら早く!」

言われるがまま頭を濡らされ結局弟の言うことに従うしかなかった。エルサの顔立ち、瞳。どれもエルサとレイスの母親譲りのものだった。だが彼の髪が長い理由はほかにある。好きでやっているわけでもなく。それは双子がベージックスクールの初等科の頃。友人に呼ばれた時。同時にエルサにはショックが起きた。

「そう言えばさ、エルサとレイスってどっちか分かんないよね」

当時二人は茶髪に短髪。それに一卵性の双子ときた。そっくりでどっちかすら分からず教師もたびたび間違えていた。その頃にエルサは決断した。絶対区別をつけると。その思いから長髪へ変え、それ以来間違えられるとすれば。

「レイスってお姉さんいたっけ?」

「ちょっとそこのお嬢さん」

この二つになる。今はお嬢さん扱いが多いが昔に比べればまだましだ。ただ面倒なのは髪を結ぶゴムがないこと。よく髪が邪魔になるためそれでいらつく事が最近では増えている。

「本当にエルって髪の毛長いよね。少し切れば?」

「良いんだよ。これで。どうせまた間違えられるんだったらこれでいい」

強情な奴。そう思いながらレイスはエルサの髪を洗い終わり、お湯で流す。

「それじゃ次、体ね?」

これにはエルサも我慢の限界だった。どうしてこんな年にもなって一緒に風呂に入り洗ってやらなければならないのか理由が分からない。

「ふざけんな、いい加減にしろよ」

そう言い終えた時はすでに手遅れ。床に触れているところは草木が腰やら腕やらにまとわりついて身動きも取れない。ここでまた敗北感を感じることになる。

「お前、ここは人の家なんだぞ。勝手に魔法を使うな」

葉木系魔術。レイスが使ったものは誰にでも簡単に扱える中級魔術で生物の動きを封じる草木が出てくる。

「もういい加減諦めること」

そう言うと再びエルサの体を洗いだす。この双子の体も白磁のように白く輝いている。

足、脚、手、次は胴を洗おうとして腹まで登った時エルサの体は跳ねる。

「っ!」

小さな悲鳴を上げる。レイスは、はは―んと笑う。

「やっぱりまだくすぐりとか弱いんだ?」

「う、うるせぇ。洗うなら早く洗えって、ちょ、あっ、はははっ。なぁ!?」

脇やら首やら背中、腹を指でなぞる。びくびく跳ねながら笑っているので傍からみればただの変人と変態に見えるのだろう。エルサは若干泣きながら顔が赤く、レイスはざま見ろとでも言うようにニヤけながらくすぐっていた。

「はっ、ちょ、ごめんっ、ごめんってばレイ!」

「じゃあ、続けるからね」

再び背中を洗いやっとのことでエルサは終わった。息切れしてぐったりしているエルサ。挙句の果てには、ほらじっとしてれば早く終わったでしょと言われる始末。

「ほら、レイ。洗ってやるから」

そう言ってレイス同様頭を洗う。そして少しばかりレイスの髪が光っている。

「あぁ、気持ちいぃなぁ」

なんてレイスは言う。エルサは氷水系魔術を駆使しながらレイスの髪と体を洗う。氷系魔術で体、髪の汚れを固め、石鹸と水系魔術で洗い流す。

「めんどくせーし、良いよな」

そう言って手のひらをレイスの髪にかざす。そこからは温かい光が放出されている。光炎魔術。そう考えている間にとっくにレイスの髪は乾き、エルサは自分の髪を乾かし始める。それをレイスも手伝うがなかなか乾かない。

「ばーか、そんな四種類の属性魔法をこの短時間で使うから乾きにくくなっちゃったんだよ」

レイスも光炎魔術の威力をもう少し強くする。先ほどよりは早く乾くようにはなったがそれでもまだ乾かない。呆れるレイスは炎風魔術を行使する。光炎魔術よりは威力はとても強く扱いにくい。だがこうも言っていられないので使えるものは使う。あちちっ!と背中を丸める様子もあったが気には止めずに乾かし続ける。

「あぁ、ありがとな。レイ」

「うん。早く出よう」

光風魔術を二人で浴室全体にかける。浴室の湿気はなくなり乾燥し、水滴一つなくなった。

タオルで髪や体を拭くが床にはエルサの毛先から水滴が滴り床を濡らす。

エルサは気づいてはいない。レイスが突然床に〝魔術展開陣〟を描く。手を置くと小さな樹が生え、枝から何かがぶら下がっていた。

ぶら下がっていた輪をエルサに突き出す。

「はい、髪ゴム。邪魔なんでしょ髪の毛」

「ありがと」

すぐに髪を団子状に結ぶと床を拭く。そうしてすぐに服を着て寝室へと向かう、

途中だった。

「エル!レイ!」

遠くからウェリアが呼ぶ。何事かと駆け寄ると今にも泣きそうな瞳で双子を見つめる。

訴えかけて入るがそれがなんなのかは伝わらない。

「言いたいことがあるんだったら言えよ」

ウェリアの顔は真っ青に変色。さっきまで止アン戸のような顔はどこへ行ったのやら……

「だって、寝室広すぎるんだもん!さみしいよ!」

「はぁ?だからって一人で寝ることぐらいできんだろ」

「来ればいいのよ!」

二人の腕をわしづかみにウェリアは寝室へと誘う。双子の目に映るものはとんでもなく広い寝室だった。ざっと五人分のベッドはあるだろう。何故一人暮らしのロイに五つもベッドが存在するのか……疑問はさておきロイが顔をのぞかせる。

「たくさんのお客さんが来るのでベッドもそれなりにはあるんですよ」

「へぇ、ってはぁ!?」

双子は目を見開く。ロイが言うよりさらに大きい。

「なぁロイ。もう少し盛っても良いんじゃないか?」

「そうですか?別に普通ですけ……」

「それの何処が普通なんだー!」

三人ともロイへ向けたこの言葉は真夜中のサンセリアじゅうに響き渡った。

いい迷惑である。誰もがそう思うような音量。スピーカー並みの声帯は何処にあるのか不思議なくらい。ひと騒動去って四人は時間も時間ということで、ウェリアとエルサ、ロイとレイスで寝ることになった。

「あたし何でエルの隣なのよ」

「知るか、嫌ならレイスと変わってもらえ」

「あんたがレイスと変わんなさいよ!」

「めんどい、ていうかもうオレ寝るわ。眠い。そんな訳でおやすみ……」

寝る前の最後の会話がこれだった二人。他人事だがばかばかしく笑いをこらえきれないロイ達が吹き出す。その間ウェリアは怒り気味で寝る。それもいつの間にかウェリアの方が先に寝てしまいエルサは一人で起きていた。

静寂だけが貫く暗闇。見えるものは夜空の星と三日月のみ。時計も分からない今、退屈である。バルコニーへ出よう。そう思いつきで靴をはき外へ出る『砂漠の夜は寒いですから』

あぁ、そうだった。砂漠の夜は寒いんだった。オレ何で忘れたんだろう。そう後悔しつつも部屋に戻るのは面倒くさく、そのままバルコニーへ。窓を開けると夜風は冷たい。肌に突き刺さる感じで痛い。

「ッ……さむっ!……?」

もう一人。月明かりの逆光でうまく見えないが誰かいる。ロイかレイスのどちらかだ。

「?」

相手もこちらに気づいたようだ。首をかしげる。

「エル?」

「あぁ、レイか。どうしたんだ?こんな夜中に」

雲の切れ間から月光が二人を照らす。何故か神秘的だ。だが相変わらず寒いのは変わることはない。

「そうだね、眠れなくて夜空見にきたって言えばいいかな?」

少々照れるレイス、対しエルサはオレもそうだよと笑い返す。部屋から見る空よりとても広く、何処までも果てない空を見ることができる。双子は小さな時から夜になると空を見ていた。オリオン座、シリウス。彗星。流星。さまざまな星を見てきた。だから星については大人と並ぶほど詳しい。だがどうしても分からない星が存在する。

双子の星。紅色に翠。この二色の星はいつも二つよりそって光っているのだ。こうしてバルコニーから見ている今でも見える。

輝きは一つ一つでは弱いが二つだからこそ強く輝いて見える。二人で一緒に生きている。それは何かに似ている気がしなくもない。前に双子の父が言っていた言葉だ。

「ねぇエル?あの星覚えてる?」

「あぁ、覚えているさ。あれだけは変わって見えるから忘れないよ」

二人の胸元からは半分どうしのペンダントが月の光によって輝く。同じく紅に染まるエルサのペンダント。翡翠のような薄い翠のレイスのペンダント。色は双子の星と酷似している。

「もう夜が明けるよ。そろそろ戻るか……」

「うん、そうだね」

そう言ってバルコニーから下りて、オレはこっちだからとジェスチャーで伝えてベッドに戻った。

すでに朝四時をまわる。こんな時間に目を覚ますことは一度もなかったロイは不思議に思う。隣のベッドではレイスが寝息を立てている。先ほどまでいなかったことは知らない。

ボーン…ボーン…ボーン…ボーン…ボーン……

それから時計は鳴っていない。五時ごろウェリアはふと起き始める。

「ふぁああ。うん?」

人影が動く。片手には鈍器のようなものが握られている。

〈人殺し!?あたしここで死ぬの!?〉

走馬灯が走る――――――なんてことはない。何も想像できないほど頭は混乱状態。ウェリアは混乱して何も考えられなくなると〈暴走〉し始める。

「てぇぇぇやぁぁっっ!」

「ん?なぁ!?」

その鈍器(ウェリアの思い込み)の所持者の顔が見えた。だがそれは銀色で水をためる容器。「あれ、ジョウロ?ていうかロイ?」

仮に殺人鬼とウェリアが称していた人物こそ、昨日の昼頃に助けてくれたロイだった。人の思い込みとは恐ろしいものだ。自分を助けてくれた人物をも殺人者に仕立て上げてしまう力があるのだから。恩を仇で返してしまった。

「あの、植物に水をあげようとしただけなのですが……」

おどおどしながら言葉を発するロイ。それもそうだ。今現時点を持って殺人者とみなされた上に危うく殺されかけた。いったいどちらが殺人者かももはや区別がつかない。

「ご、ごめんロイ」

「あ、いえ。こちらこそ」

そんな風なやり取りを三十分。鶏が鳴き出す。


無事に植物に水をあげたロイは再びウェリアに話す。とてもぎこちなく。

「一緒に朝食を作るのを手伝ってくれませんか?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、下の畑に行くので。はい」

ウェリアにポスっとツナギをわたす。状況があまり理解できないウェリア。彼はまだ家の敷地内に野菜畑があることを言っておらず動揺を隠せないのが当り前であるとロイは思う。

「すいません。昨日時間がなかったもので……先に畑に行ってますね」

そう言い残すと玄関から出てしまった。

「あたし、何処で着替えるのよ」ぽつりと台詞を言うと元の部屋で着替え始める。

そのまた数十秒後ロイは急いで部屋に戻る。ということは…………あぁ、やってしまったこの美少年。この先何が起こるか予想もしていないだろう。部屋のドアを開ければ金の髪を揺らし、ツナギに着替える少女がいるのだから。

「「ふぇ?」」

二人の声は重なる。同時に顔は紅潮してきてオーバーヒート寸前。おまけにウェリアはピンクのフリルがついた上下同じ下着。男性は即鼻血ものか吐血ものだ。

「ロイ……あんただけは紳士だと思ってたのに――――――ッッッ!」

空気を裂く勢いでウェリアの鉄拳はロイの額へとめがけて…………

ぽすっとウェリアの拳は受け流された、長髪の少年によって。頭は寝起きの所為か幾所かは跳ねていてボサボサの状態。右手首には紫の髪留め。そして最後に欠伸をする。

「ちょっ、エル!」

「ったくうっせぇよ。何時だと思ってるんだよ馬鹿ウェル。まともに寝られないだろうが。誰の所為で目を覚ましたと思ってんだ」

ウェル……昔の呼び名だ。初等科の時で中等科からはそう呼んでくれなくなった。

どうして?と訊いたら流石にもう恥ずかしいだろッて答えられたのを覚えている。

「それにロイ」

「えっ!?僕?」

「ウェルに手出すな。次はねぇからよく覚えとけよ」

思い切り睨み付けるとその場で倒れた。

「えぇ!?」

どうやら半分寝言。ウェリアは余計赤面だ。何でこんなにも恥ずかしいことを平気で言うのだろうと内心から震えるウェリア。きっと顔から火が出ると思うぐらい顔が熱い。

「どっちが馬鹿よエル!」

「ぐふぉっ!!」

ロイは一瞬にして青ざめる。エルサは背中を思い蹴られ吐血。なんてどこのギャグ漫画なのだろうと思うがそれが事実。

「ッ痛いだろ!何すんだよウェリア!」

エルサは次こそまともに起きて反論を開始する。

「散々言っておいて今更何よ!」

「?」

「もしかして覚えてないの?」

「オレ、ていうかどうしてここで寝てるの?」

彼の記憶末梢システムかと思いたくなる速さでの記憶末梢。何と都合がいい奴と思う。少しうらやましい。彼は自分で記憶したいと思うものはとことん記憶しようとする、だが興味ないものは全くと言っていいほど覚えていない。

「あんたの記憶末梢システムがほしいものだわ!まったく……」

んなもん持ってるわけ無いだろと言いつつもブーツとつなぎに着替えるエルサ。

あんた何してんの?と訊くと怒られてしまった。

「お前なぁ。ロイを人殺しと思って逆に殺人鬼になりかけた奴が恩も返さないでどうする!それにオレ達は一泊衣食の恩だっけ?でもそれらしきものがあるだろ。オレはそれを返すために畑に行くんだ。なぁレイ?」

いつの間に起きていたのやら目を擦りながらもレイスもツナギとブーツに着替えていた。

ウェリアは少しの間呆けていたが確かにその通りだと思う。

「んじゃ、行こうぜ」

畑は思ったより広く一人にでもなればきっと迷子だ。そんな恥ずかしい思いはごめんである。人参、ジャガイモ、玉葱、パプリカ、レモン、マルメディウなど。とても多いのですべては分からない。ロイ自身もなにがあるのかは分かっていない。駄目だろなんて思う。

「ねぇロイ。マルメディウってどんな野菜なの?」

「サンセリアの主な穀物ですよ。もみ殻を取って水でとぎ、水に浸して蒸すんです」

「へぇ、僕たちローズフィールのクランみたいなものかな?」

「はい、ただこの気候に対抗できるように品種改良されたものです。だからクランとほとんど変わりありませんよ」

その会話でエルサは話を聞いておらず、穂の色や根、葉などを事細かく調べている。

少し穂が緑だ……それに葉も大きい。根も少し硬く丈夫。一体何故?一人孤独に疑問を抱えるエルサをよそに収穫し始めていた三人。

「エル。それは緑なのは日の光を浴びて光合成をして養分を作りますよね。それの養分で稲穂が成長し黄色くなるんです。ほら、これみたいに」

笑顔で稲穂を指すロイはうれしそうに見える。

遠くの方でウェリアとレイスが楽しんでいる。確かに植物など動物でもなんでも成長することはうれしい。きっとそれで喜んでいるのかと勝手に思う。一時間四人で収穫を終えると丁度七時半。

「これから上で朝食を用意しますね」

ウェリアもついて行きリビングには双子だけが残った。

今日はロイの家を出てウォルスベイトへ向かう。とても不安。恐怖。その感情は拭うことはできないが行くしかないと思う。何故なら……

「兄の威厳だ!」

「何言ってんの。双子なんだから関係ないでしょ」

そうレイスは言って受け流す。部屋の隅でエルサは一人孤独に沈んでいた。あまりに深く沈みこんでいつかキノコが生えてくるんじゃないかと思うぐらい急速に沈んでいく中、少女がドアを開け部屋に入ってきた。

「ただいま~あれ?お兄ちゃんこの人たち誰?」

ロイとそっくりな少女。瞳が大きく容姿端麗だ。ただ、何故かロリータのような服装。ここら辺にそんな店があっただろうか。

「あぁ、お帰りメルナ。昨日知りあった友達」

「女の子二人と男の子一人いるね」

メルナをぬかす四人の頭は?が浮かぶ。誰だよ女二人って。

「え?茶髪のおねぇちゃん」

「オレは女じゃないっ!失礼な、オレはれっきとした男だ!エルサ・シルヴィアだ」

「絶対女装させたら可愛いよ!ねぇ来て!」

「ちょっ、あぁっ」

二人は扉の向こうに姿を消した。何だったんだろう。今の嵐は。何だかぱっとしない一日の始まり。ただ「ギャー!」「やめて!」とかエルサの悲鳴が聞こえる。それを聞くたびにロイもウェリアも笑う。ウェリアなんかお腹抱えて泣きながら笑うんだから相当性格が悪いんだと思う。あははは!あぁおかしい。なんて笑うもんだからロイすらも苦笑い。そうだよね。何か言ったらまたウェリアは何か投げつけてくる。まな板か、包丁か。あぁ、考えるだけで体が震えてくる。突然扉が開いた。そこには茶髪のツインテールの仮の女の子が立っている。ロリータファッションのようなピンクのカチューシャに腰には大きなリボン。

「ちょ、メルナ何してんの!?」

流石のロイも驚きを隠せない。何か顔が赤いけど。ウェリアは鼻血を出す始末。僕は素直にかわいいと思う。ごめん、エル。僕を変態とは思わないで…………。ちゃんとした双子の片割れとしてみてほしい。

「…………」

「何か言ってよエル」

「恥ずかしい、早く脱ぎたい……」

「ほら、お兄ちゃん顔真っ赤にして。かわいいよねエルサさん」

「うん、かわいいよ。エル」

何だかロイに告白された感じがして頭から火が出そう。ピンクのフリフリは誰の目も引く。

そんなこんなであっという間に時間が過ぎて朝食も終え荷造りをしていた。黒いケースに着替えとか入れて全ての物を入れ終えた。時間は午前九時。家の外までロイとメルナは手を振ってさよならといって送り出してくれた。だがひとつ問題があるのだ。

荷物のおまけでメルナのロリータワンピースが入っている。それが靴やカチューシャなど一式が詰まっている。あれから、私これはもういらないから上げるよ。きっと何かの役に                               

立つはずよ!と言われ持って行くのだが男がこんなものを着て誰が喜ぶのだろう。

「エル、かわいいかったよ!」

「褒められても嬉しくないわっ!」

怒りマックスの兄を気にしつつも町唯一の噴水広場に来ていた。噴水は結構高さがあり、風が吹くとこちらへ飛んでくるからとても涼しい。涼しいねと和んでいた三人の目の前に                                      美人な女性が通る。そこまでは良かった、だが、次の瞬間男が後ろからバッグをひったくられ、女性は叫ぶ。

「誰か!捕まえて!」

とっさに動き出すのが双子。幼い頃から魔術は人の為に使いなさいと言われ続けた結果が今一人の女性を救おうとしている。

「ちょっと待てよオッサン。女性からバッグひったくって何しようとしてんだ?」

「人の物はとっちゃだめって親に言われなかったの?」

双子は男に声をかけるが無視される。これを待ち望んだかのようにエルサは口端をあげる。

「いい度胸だな。レイっ準備はいいか?」

「もちろん!エルは?」

「上出来さ」

レイスは男の十メートルほど先で両手を前にあげて微笑む。子供が悪戯をするような目をしながら。一方本当の悪戯っ子の兄は地面に何かを書き終えて合図をする。空に手をあげ振りおろす。同時にエルサの書いた陣が光り出す。

こうそくさ

「拘束砂展開!」

男の足元は光り出しついには砂であっただけの物が拘束具のように男にとりつく、そして身動きが取れずに地面へと転倒する。もがけばもがくほど拘束具がきつくなるのにつれて男は苦しそうにする。その間に軍部直轄国軍兵士が走り寄ってくる。

「サンセリア支部の国軍兵だ。奴の身柄を確保してもいいかな?少年少女」

エルサの眉がぴくぴくしていることは気付かないふりで、男を渡した。

「おっさん、あの女性のバッグ返せよ」

観念したのかようやく渡した。女性にバッグの中身を確認させて全ての事が無事に終えた。

「あんた達成長したのね。すごかったわよ」

今まで見物人として眺めていたウェリアが話す。そして見渡す限り人ばかりで逆に驚く。

「ありがとう、あなた達。あの男はどうしても捕まえられなかった人なの」

理由を聞いてゆくと、彼は逃げ足が速く、ずる賢い。普通に考えても捕まえられるようなものじゃないのかと思う二人は口に出せない。

町中から人が集まり感謝される。流石にここまでくれば嬉しくなる。その気持ちを抑えながら町を後にしようとした。その時。

「――――――――――」

「えっ?」

誰かに耳元で何かをささやかれた。何かは雑音で消され分からなかった。姿は人ごみにきえ分からない。

「どうしたのエル?」

「いや、何でもない」

心残りを後に本当に町を出た。

「なぁ、ウェリア。ここから先、お前は来るな」

エルサは本気のようだ。拳を血が出るんじゃないかというくらい強く握りしめてうつむき話す。

「だけどあんたは何をするか分からないでしょ!」

「お前だって七歳の頃へんな奴にとっつかまって連れて行かれそうになったのを、オレ達で助けたことを覚えてないのか?」

事実、三年前にウェリアは連続拉致犯に連れて行かれそうになった事がある。そう、ウェリアとシルヴィアの双子が遊んで夕暮れ時に帰る頃、ウェリアは掴まった。

大男に仲間が五、六人いた中で三人は見つけられた。

「かわいいお嬢さん二人。僕もおいで?楽しい事があるから」

いかにも怪しいオーラ出しまくりのおっさんだとエルサは内心思う。そのうえ性別を間違えられる。これで怒らないほどエルサは温厚な性格ではない。

「でも家に帰らないといけないから……ねぇ、エル、レイ。帰ろ!」

急いで三人は走りだした。抜けられると思ったがウェリアが大男に掴まった。

「お嬢ちゃん捕まえた。ほら、そこのお嬢ちゃんもおいで」

「オレは女じゃないし、さらさらあんたらとついて行く気にはなれない」

「そうか、残念だ。縛って連れてこい」

ごろ九人の男たちが双子を囲む。

「レイス。いいか?」

「もちろんばっちり」

「そうか。んじゃ、ショータイムと行くか!」

エルサが先に両手を前に出す。

『詠唱。すべてを燃やす炎、我が使い魔より授かりし紅蓮の炎、今ここで咲き乱れ。詠唱、すべてを飲み込む水、風、螺旋を描きけ、天高く』

そう言うと炎が花弁のように儚く男たちへと散乱していく。そして後を追うようにして螺旋を描きながら水が上空へ巻き上げる。

「う、わぁぁぁぁ!」

上空へ巻き上げられた男たちは地面へと急速に落下していく。その間に

『詠唱、枝に絡みつきし荊の蔓、我が使い魔の元にいるもの、光りしものを助け、拘束せよ』

レイスが唱える。そして腕と足にそれぞれ薔薇の咲く荊が巻きつく。少し動けばいばらが刺さる。

「いてっ、ぐあぁっ!」

「発煙展開」

発煙筒のようなものを上空へと飛ばす。数分もするとローズフィールの兵士たちも来てことはおさまった。

ローズフィールを統治している人からレイスとエルサに感謝状と五千万イルが渡された。この国の通貨がイルで統一されている。双子は他国への寄付金と家の貯金、あとは彼ら自身のほしい魔術の本で使い切った。

「心配なんだよウェリアの事が。エルサは」

「そんなわけあるか!いたら足手まといになるだけだ!」

「酷い!そんな風に言わなくてもいいじゃない」

両者の目から火花が散っているようにも見える、しかしそこにはエルサの優しさが混じっているように思える。

ウェリアに気付かせない、陰の優しさが。

その所についてレイスは兄に尊敬している。だが思うことがあるのだ。

「素直に言えばいいのに」

「だぁ、もう分かったよ。要するにウェリアに傷付いてほしくないんだよ、危険にさらしたくない。分かったかオレの気持ちが!」

……………………………

異様に長く続く沈黙。何を意味する?

「ぷっ、あはははっ!」

「わっ、笑うな!」

「だって珍しいんだもん。エルが素直に言うなんて。ありがとう」

「別にオレは」

恥ずかしくてそっぽを向く。顔を合わせてなどいられない。

「そっ、それじゃあお前は家に帰れよ!」

「エル……ありがと。あたしも家の仕事頑張るよ」

彼女の家は花売りだ。

「じゃあ、またねウェリア」

「またねレイ!エル!」

三人は手を振って別れた。

レイスとエルサは自分たちの目的へ向かって。ウェリアもまた自分の為に。それぞれの道、先が見えないほどの未来。それでも諦めないで二人は進んでいく。



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