焦熱の包囲網――消失した「未来」と原始の暴力
一六一五年、五月。閃光が収まり、ナオトたちが目を開けた瞬間、世界からあらゆる「電子音」と「機械の唸り」が消滅しました。
先ほどまで戦場を支配していた自衛隊の軽装甲機動車(LAV)や高機動車は、時空転移の凄まじい負荷に耐えきれず、まるで蜃気楼のように粒子となって霧散しました。現代から持ち込まれた無線機、タブレット、そして松島巡査が握っていたサクラM60拳銃までもが、過去の理に拒絶され、砂となって消えていったのです。
残されたのは、現代の服を纏ったままのナオトや松島巡査、そして、最初からこの時代に魂を置く武将たちだけでした。
徳川軍の本陣:茶臼山の巨神
戦場の南端、茶臼山。かつてのビル群の影はどこにもなく、視界を埋め尽くすのは、十五万の徳川軍が焚き上げるおびただしい数の篝火と、不気味に蠢く葵の旗指物です。
徳川家康は、そこに鎮座していました。現代の通信技術を失いながらも、家康は戦国最高峰の軍略家としての本能を即座に取り戻していました。山頂からは、手旗と法螺貝による「人の声」を介した完璧な指揮系統が再構築され、軍勢は一糸乱れぬ巨大な「生き物」と化して大坂城を飲み込もうとしています。
右翼:岡山口の「火縄の断崖」
大坂城の東側、岡山口に布陣するのは松平忠直の一万五千。 彼らが手にしているのは、もはや現代のライフルではなく、重厚な**「火縄銃」**です。一千丁を超える銃口が、夕闇の中で火花を散らし、断続的に放たれる鉛玉が城壁を削り取ります。硝煙の臭いが鼻を突き、鼓膜を震わせる爆音。それは精密射撃ではない、面で空間を圧殺する「物量の暴力」でした。
左翼:天王寺口の「血塗られた赤備え」
城の南西、天王寺口には井伊直孝と藤堂高虎。 「井伊の赤備え」は、灼熱の太陽を反射して燃え盛る炎のように見えます。彼らが構えるのは、三間半(約六・三メートル)に及ぶ長槍の列。電子的な防御など存在しない世界で、ただ一点、肉体の力のみで突き進む槍衾は、触れるものすべてを串刺しにする破壊の壁でした。
絶望の包囲網:逃げ場なき殺戮場
「……ナオト殿、見ろ。これが『本物の戦』だ。音も、匂いも、死の速度も、さっきまでとは違う」
真田幸村が、火薬の煙で霞む空の下、家康の本陣を指差しました。 ハイテクの補助をすべて失ったことで、戦場には「殺意」の純度が増していました。頼れるのは己の筋力と、研ぎ澄まされた鋼の刃、そして大将への忠義のみ。
黄金の陣羽織を纏った豊臣秀頼は、動かなくなった振動刀を忌々しげに地面に突き捨て、腰に差した古風な大太刀を引き抜きました。 「未来の術は尽きたか。だが、予の魂までは消えてはおらぬ! むしろ清々しいわ!」
秀頼は、白馬の背に跨りました。六尺の巨躯が、焦熱の風を切り裂き、周囲を圧倒する覇気を放ちます。 「松島! 武器はなくとも、貴殿にはその『拳』と『守るべき矜持』があろう! 真田! 大野! 毛利! 長宗我部! これよりは肉と肉、骨と骨の削り合いよ! 予の命、豊臣の最期を飾るには、この灼熱の大地こそが相応しい! 続けッ!!」
「応ッ!!」 武将たちの咆哮が重なり合い、地平を揺らしました。電子的なノイズではなく、人間の肺から絞り出されたその絶叫は、これからの殺戮が、美化されない、ただただ泥臭い「命の奪い合い」であることを告げていました。




