淀屋橋の静寂、そして「赤い」風
変電所の最深部。ナオトが絶縁体で加工した特殊なボルトを主電源盤に叩き込み、天海の電磁障壁を強引にショートさせた。
「ぐわぁぁぁぁッ!!」 漆黒の雷に焼かれ、天海が吹き飛ぶ。同時に、家康を囲んでいた異形の特殊部隊も、エネルギー源を失い、砂のように崩れ去った。
「……終わったのか?」 ナオトが膝をつく。周囲には、幸村、宗茂、秀元、そして傷だらけの兵たちが集まってきた。地下ホームには、現代の焦げた匂いと、戦国の血の匂いが混ざり合った、重苦しい静寂が満ちている。
だが、家康の姿はどこにもなかった。 ただ、家康が座っていた場所には、現代の**「デジタル時計」**が一つ、異様な速さで逆回転しながら落ちていた。
「……ナオト殿。見てみよ、空気が……」 真田幸村が、震える手で上を指差した。 コンクリートの天井が、まるで水面のように波打っている。 地上にいる美咲からの通信も、凄まじいノイズに塗り潰された。 『ナオト……くん……あつ……暑い……街が……燃え……』
「美咲!? どうした、美咲!!」
ナオトたちは、弾かれたように地上への階段を駆け上がった。 しかし、出口から見えた光景は、先ほどまでの「現代の大阪」とも、「冬の陣の戦場」とも、決定的に違っていた。
101章への序曲:陽炎の向こう側
御堂筋を覆っていた銀杏の葉は一瞬にして消え、代わりに刺すような真夏の太陽が照りつけていた。 湿った冬の空気は、肺を焼くような乾燥した熱風に変わり、遠くに見える大坂城の周囲には、冬にはなかったはずの巨大な「堀」が埋め立てられた跡がある。
「……馬鹿な。昨日まであった空堀が、埋まっておる」 毛利秀元が絶句する。 立花宗茂は、アスファルトの隙間から生え出した、季節外れの夏草を手に取り、愕然とした。 「これは……冬ではない。この熱気、この陽光……」
ナオトの計測器が、エラーを吐き出しながら、見たこともない日付を表示した。 「1615年、5月」
「冬の陣は終わった……? いや、飛ばされたのか。豊臣が、完全に追い詰められるあの瞬間に!」
彼らの目の前で、現代のビル群が蜃気楼のように揺らぎ、溶けていく。 代わりに現れたのは、冬の陣とは比べ物にならない数の、徳川方の**「二つ引両」**の旗印。そして、現代の兵器をさらに凶悪に進化させた、天海の「最終形」とも言える異形の軍勢が、地平線を埋め尽くしていた。
空は不気味なほどに赤く、地面からは陽炎が立ち上る。 冬の奇跡を無に帰す、残酷なまでの結末。 「大坂夏の陣」――その幕が、あまりにも唐突に、そして絶望的に切って落とされた。
「ナオト……これこそが、我が真の策。冬の平穏など、夏の地獄を見せるための前座に過ぎぬ」 空に響くのは、死んだはずの天海の、勝ち誇った笑い声だった。




