落日の大坂、黄金の羽
慶長十九年、冬。大坂城内は、肌を刺すような冷気と共に、逃げ場のない焦燥感が渦巻いていた。徳川との決裂はもはや決定的。城の南方に築かれた出城・真田丸では、**真田左衛門佐幸村(信繁)**が鋭い視線で土木を固め、徳川の大軍を迎え撃つ準備を整えていた。
本丸の作戦会議には、各地から集った猛将たちが顔を揃えている。 「徳川の首、この後藤又兵衛(基次)が真っ先に挙げてくれよう。真田殿、真田丸の守りは万全か」 又兵衛の豪快な声に、幸村は静かに頷く。傍らには、四国再興を誓う長宗我部盛親、信仰と義に生きる明石全登、そして不敵な笑みを浮かべる毛利勝永ら「五人衆」が並び、その威圧感は凄まじい。
しかし、その影で実務と交渉に奔走する譜代の家臣たちは、疲弊を隠せずにいた。 「家康の調略に惑わされてはならぬ。あくまでも豊臣の誇りを守り抜くのだ」 重臣・大野治長が声を枯らして檄を飛ばし、その横では、眉目秀麗な若武者・木村重成が静かに兜の緒を締めていた。重成の瞳には、死を覚悟した潔さと、どこかこの戦の行方を案じる暗い影が宿っている。
彼らの会話の端々には、かつてこの城を支えた「義」の男の不在が影を落としていた。 「……治部(三成)殿が生きておればな」 毛利勝永の呟きに、木村重成が小さく反応した。 「治部様なら、この十万の浪人を束ねる兵糧の算段も、西国諸将への根回しも、疾風の如くこなされたでしょう。あの御方が関ヶ原で散ったことが、豊臣にとって最大の痛手……」
一方、奥御殿の濡れ縁では、淀殿が遠く西の空を眺めていた。隣には、父・秀吉を彷彿とさせる偉丈夫へと成長した豊臣秀頼が、静かに控えている。 「母上、また治部少輔(三成)のことを?」 「ええ。あの者は不器用でしたが、誰よりもこの城を愛しておりました。そして、あの者と共にいた不思議な明るさを持つ青年、ナオト……彼らが去ってから、この城は魂を抜かれたように冷え切ってしまったのです」
その言葉を切り裂くように、城下から地鳴りのような叫びが上がった。 「何だ、あれは! 天を見ろ! 空が……空が燃えているぞ!」
軍議を中断した真田幸村、後藤又兵衛らが一斉に回廊へ飛び出し、天を仰いだ。大野治長や木村重成もまた、信じられぬものを見る目で空を指差す。
西の空。沈みゆく血のような夕日を背に、巨大な「黄金の塊」が迫っていた。 それは雲ではない。数万、数十万という鳥の群れが、大坂の街すべてを埋め尽くすほどの勢いで飛来したのだ。
「鳥……? いや、一羽一羽が光を纏っている!」 幸村が叫んだ。 黄金の粒子を振り撒き、羽ばたきの音は重なり合って、荘厳な天の旋律となって大坂城を震わせている。あまりの光景に、真田丸を守る兵たちも、徳川の陣を警戒していた物見たちも、得物を落として呆然と膝をついた。
群れの先頭を行く、ひときわ大きく気高い一羽の鷹が、大坂城の本丸を目指して急降下してくる。 その翼が風を切り、光が城内に降り注ぐ中、淀殿は確信に満ちた声を上げた。
「戻ってきた……三成が! ナオトたちが、この絶望を打ち破るために戻ってきたのです!」
冬の静寂は吹き飛び、滅びを待つばかりだった大坂城は、神々しい黄金の輝きの中に飲み込まれていった。




