大聖寺城攻略、超部最後の策略
慶長5年8月1日。西軍 4万の大群で1800人の鳥居元忠の守る伏見城を10日かけて落とす
大聖寺城は25000人の前田軍の大群に囲まれて窮地に陥っている。大聖寺城の兵力は2000人
早朝に前田軍を攻撃することを察知した超部は。大聖寺城に深夜にはいった。
江戸城の天海に結界をつくられたため、現世の法澄から霊能力を受け取れないために徐々に力が衰えてきた。超部の使える鳥軍は50人だけである。
大聖寺城には 30人の鳥軍を配置した。
大聖寺城の側面の荻生ののぼり口から前田軍が攻めるという情報をキャッチしたため。水軍2000は大聖寺川の荻生上り口に待機した。
日の出と共に
鉄砲を合図に戦いがはじまった!
圧倒的な2万五千の兵力と火力で城主山口玄永の軍は崩されていった・・・
山口「超部殿、もはやこれまでかと。。。」
激しい鉄砲の乱射の音が鳴り響く
超部「しばし待たれよ!手前の鳥軍を10人 江戸の芳春院 岡山の豪姫に向かわせている。そろそろ・・・・・・」
芳春院とは、前田利家の正室である、豪姫は前田利家の4女である。秀吉の養女であり夫婦に寵愛されたその後 宇喜多秀家の正室になる




