大聖寺城攻略
大聖寺城下は、前田利長の25000の兵で溢れかえった
大聖寺城は完全に包囲され 波状攻撃をうけている
城下や周辺の農民は、この地域は浄土真宗の門下がほとんである
4里ほど離れたところに、吉崎御坊(本願寺直轄の寺蓮如の里 現 願慶寺)がある
そのころの、吉崎御坊は山の上に寺を構えており、周りは湖に囲まれており。
戦術的にも要塞になっていた。
大聖寺周辺の村人たちは、すでに吉崎御坊にのがれた。
吉崎御坊に集まり、町をまもるために対前田の一揆軍が結成された、その数2000名
利長「なかなか、落ちぬなあ、山の裏道をさがすのだ。。勝利は確実、降伏させるのだ」
利政(利長の弟)「敵の援軍はきません、、今日は酒宴をひらきましょう」
夕刻になって酒宴がひらかれた。
利長「明日、総攻撃をかけるぞ、段取りをしとけ」
山崎長鏡「大聖寺城の山のふもとの荻生村の村人が密告してきました、荻生に城に登る抜け道があるらしいです、そこを攻めましょう」
利政「うむ、三手にわかれ 正面上り口 右階段上り口 荻生裏道で総攻撃をしかけよう」
夜、遅く超部(大谷形部の生まれ変わり)の軍が日本海をとおり加賀塩屋河口から大聖寺川を上り吉崎御坊へ着いた
吉崎御坊願慶寺についた、軍勢と一揆軍は4000人にも膨れ上がった 軍勢はまわりの道場(寺)や民家で歓迎され食事をし、休憩した。
吉崎御坊願慶寺和田氏「ようこそ、超部殿 お疲れを癒してください」
超部「かたじけない、なんとか前田を撃退せねばなりません」
和田「明日朝総攻撃があるります、荻生の密偵から連絡がありました・・」
超部「 明日朝3時ごろにしかけましょう、前田の背後から丹羽長重が攻撃をしかけるので陽動作戦でいきます。4時間ぐらい兵を休ませましょう」
そのころ福井県北の庄から青木一矩の2000の兵も大聖寺に向かっていた。
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