5.新しい対話
「……もう、そんなに反省しないでよ。あなたのそういう真面目なところ、嫌いじゃないし」
ハルカは茶目っ気たっぷりに笑うと、テーブルの下、僕たちの膝の間でそっと手を動かした。
「ねえ、これ分かる?」
彼女は片方の手のひらをもう片方の手で撫で、胸の前でふわりと動かした。僕が首を振ると、彼女は少し照れながらささやいた。
「これは『ごめんね』。で、こっちは……」
今度は両手のこぶしを胸の前で交差させ、ぎゅっと抱きしめるような動きをする。
「『好きだよ』っていう意味。……あ、今の告白、聞き流し禁止ね」
彼女の少し赤くなった頬と、テーブルの下で隠れるように紡がれた言葉。それは声に出したどんな愛の言葉よりも、鮮烈に僕の胸に響いた。彼女の「ガサツ」だと思っていた大きな身振りは、誰かの声にならない声を拾い、心と心を繋ぐための、優しくて力強い武器だったのだ。
僕は彼女に倣って、たどたどしく手を動かしてみる。 「好きだよ」 形は不格好だったかもしれないけれど、ハルカはそれを見て、この日一番の、ひまわりが咲いたような笑顔を見せてくれた。
ふと窓の外に目をやると、テラス席の二人はちょうど席を立つところだった。 一人がもう一人の背中を叩き、二人は軽やかな足取りで街の雑踏へと消えていく。さっきまで「沈黙」だと思っていたその背中に、今は確かな笑い声の余韻が聞こえる気がした。
世界は、僕が思っていたよりもずっと賑やかで、色彩に溢れている。 音がなくても、言葉は空を舞い、感情は光となって降り注ぐ。そして僕の隣にいるこの女性は、僕が想像していたよりもずっと広く、深い空のような心を持っていた。
店を出ようと立ち上がった彼女の足取りは、相変わらず少しドタドタとしていて、どこか楽しげだ。
僕は、その少しガサツで、けれど真っ直ぐな指先が紡ぐ言葉を、もっと知りたいと願った。 彼女の見ている世界を、僕も隣で、同じ色で見ていたい。
春の光を指先で弾きながら歩く彼女の背中を追い、僕は一歩、踏み出した。




