2.崩れ去る偶像
心臓の鼓動が、耳の奥で嫌な音を立てて早鐘を打った。
窓の向こう側、テラス席の二人は懸命だった。 一人が大きく両手を振り上げ、指を弾ませる。もう一人がそれに応えるように激しく身を乗り出し、顔の筋肉をフルに使って複雑な表情を作る。 声のない、けれど確かな熱量を持った対話。
それを見つめるハルカの横顔は、まだ楽しげに歪んでいる。
「……ハルカ?」
僕の声は、自分でも驚くほど低く、掠れていた。 彼女は僕の異変に気づかない。指を差したまま、さらに声を弾ませる。
「あはは! ねぇ見て、今の動き! 面白すぎない?」
その言葉が、鋭いナイフのように僕の胸を抉った。 『面白すぎる』? 身体的なハンディキャップを抱え、必死に意思を伝え合おうとしている人々を見て、彼女は「面白い」と言ったのか。
(嘘だろ……)
僕の知っているハルカは、雨の日に道端に咲く小さな花を跨いで歩くような、そんな優しさを持った女性だったはずだ。ガサツだなんて笑っていたけれど、それは彼女の裏表のなさ、純粋さの裏返しだと思っていた。
だが、今、目の前で無邪気に笑う彼女はどうだ。 他人の欠落や不自由を、エンターテインメントとして消費している。その無自覚な残酷さに、僕は眩暈を覚えた。
愛おしいと思っていた彼女の笑顔が、急に得体の知れない仮面のように見え始める。 ついさっきまで僕たちを包んでいた蜂蜜のような陽光は、いつの間にか刺すような冷気を帯びていた。
「ハルカ、もうやめろよ」
絞り出すように言ったが、彼女には届かない。 僕は手元のコーヒーカップを見つめた。表面に浮いた自分の顔が、ひどく青ざめて引きつっている。
沈黙が、重たい鉛のように二人の間に降り積もっていく。 カフェに流れるジャズの旋律も、周りの客の話し声も、すべてが遠い世界の出来事のように感じられた。
僕の隣に座っているこの女性は、一体誰なんだ? 僕が告白し、これからの人生を共に歩もうと決めた相手は、こんなにも冷酷な人間だったのか。
「ねぇ、どうしたの? 急に黙り込んじゃって。顔色悪いよ?」
ハルカがようやく僕の方を向き、首を傾げた。その瞳は、相変わらず澄み渡っている。 その無垢なまでの無知が、今の僕には何よりも恐ろしかった。




