1.完璧な午後の亀裂
三月、午後の陽光は透き通った蜂蜜のように甘く、カフェの店内に降り注いでいた。
窓際の席、使い古されたオークのテーブルを挟んで、僕はハルカと向き合っている。付き合い始めてまだ三ヶ月。互いの好みをようやく把握し終え、沈黙すらも心地よい「凪」のように感じられる、そんな時期だ。
「んー! この深煎り、ガツンとくるね」
ハルカは満足げに喉を鳴らすと、厚手のマグカップをカタン、と少し大きな音を立てて置いた。 彼女は、良くも悪くも賑やかな人だ。笑う時は喉の奥まで見えそうなくらい口を開けるし、歩く歩幅も僕より少し広い。繊細なマナーを気にするタイプではないけれど、そのガサツさは不思議と不快ではなかった。むしろ、飾らない彼女の振る舞いは、常に人の顔色を窺って生きてきた僕にとって、開け放たれた窓から吹き込む風のように爽やかだった。
「……ハルカ、口角に泡ついてるよ」 「えっ、うそ、どこ?」
彼女は慌てて指で拭い、ペロッと舌を出した。その屈託のない笑顔を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。この穏やかな時間が、ずっと続いていくのだと信じて疑わなかった。
だが、その平穏は唐突に、あまりにも残酷な形で破られる。
ふと、ハルカの視線が窓の外、通りに面したテラス席へと固定された。 彼女の瞳がキラキラと輝き、頬が面白そうに吊り上がる。
「ふふっ、あはは! ねぇ、ちょっと見てよ。あれ、すっごく笑えるんだけど」
ハルカは声を弾ませ、人差し指で外を指差した。 僕は彼女の視線を追い、窓越しに視線を向けた。
そこには、二人の男性が座っていた。 彼らは一切の声を出さず、ただ猛烈な勢いで手を動かし、顔を近づけ合っている。 聴覚障害者による、手話の会話だった。
「…………え?」
僕の喉から、乾いた音が漏れた。 ハルカはまだ笑っている。肩を揺らし、指を差したまま、まるでお笑い番組のコントでも見ているかのような、純粋で残酷な笑い声を上げている。
僕の心臓が、冷たい氷の塊に変わったような気がした。




