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いっちゃん(第一部)  作者: Thomas C. Knitter


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第一週「いっちゃん、誕生」ダイジェスト

皆様、おはようございます。


本日は第一週のダイジェストをお送り致します。

昭和12年、岡山県成羽町で産声を上げたいっちゃん。

賑やかな六人姉妹の真ん中で、天真爛漫に育つ少女の姿を、誕生から福山への移住、そして末っ子の誕生まで一気に振り返ります。

平日に読み逃した方も、もう一度あの鮭の匂いを思い出したい方も、どうぞごゆっくりお楽しみください。


昭和12年。

新聞の見出しは戦争の文字で埋まり、町の空気もどこか重たくなり始めていた。


父・上山馨は理容師だった。音楽が大好きで、彼の仕事場である自宅の理容室には、蓄音機から何かしらの曲が流れていた。


父は、藤山一郎の新曲を蓄音機に載せた。

曲が流れ始めると、父は鼻歌まじりで理容道具の準備を始めた。


隣の居間では、臨月で安静にしている母・アヤ子が、次女の伝江(ツタエ/2歳)と一緒に座っていた。長女の明香(アキカ/4歳)は、縁側に腰掛け、絵本を読んでいた。


不意に表の方から「バンザーイ」という声と共に、出征兵士を見送る行進が家の前を通った。

父は慌てて玄関へ飛び出し、その一行を直立で見送った。

行進が遠ざかった時、後ろから長女の明香の声がした。


「おとうちゃん、お母ちゃんが、いたいいたいだって。早う来て」

「お、そりゃ、おえん!」


母のいる隣室に駆け込むと母は「産まれそうじゃ」と言った。

父はすぐに産婆を呼びに行った。

9月の青空の下、戦争の重たい空気は一瞬で消え去り、父の心には、新しい生命の誕生という、軽やかな希望が響き渡った。


この日、そう昭和12年9月8日。

岡山県の成羽町で生まれた私の物語は、ここから始まる。

父は、理容師として丁寧な仕事ぶりで地域からの信頼を得ていた。

私は、そんな父と、子育ての傍ら家を切り盛りしていた母の三女として、この世に生を受けた。


母が無事に私を出産した晩のこと。

長女の明香はそっと私の手のひらを握りしめた。


「あかちゃん、おねえちゃんよ。ねぇ、お父ちゃん、名前は決まったの?」

衣津子イツコにした。いっちゃんじゃ」

「へえ、いっちゃんか。いっちゃん、よろしくね」


次女の伝江がそれを聞いて私を覗き込んだ。


「うわぁ、いっちゃん、サルじゃが!」


父は笑いながら、


「サルじゃねえで。うちのいっちゃんじゃが」


と言った。

母も明香も大笑いした。

こうして、私は衣津子という名前と、家族みんなからの『いっちゃん』という愛称をもらった。



昭和15年。

3歳になった私には、智早子、ミキ子という名の二人の妹ができ、五人姉妹の真ん中になった。


7歳の長女・明香アキカは妹が四人もできて、小さいお母さんから、ちょっと大きい小さいお母さんになっていた。


「伝ちゃん、そこ汚さんでぇよ」


と言いながら、智早子をあやすという、以前にも増してしっかり者になっていた。


「ツタちゃん、そこ汚さんでぇよ」


5歳の次女・伝江ツタエは、明香の口真似をして笑って見せた。

やっちゃでひょうきんな性格は健在だ。


三女の私は、真ん中の子のせいか、母にも姉にもあまり相手にされないので、いつも父の近くで遊んでいた。


父は休日には友人たちと音楽の練習を楽しんでおり、いつも、父は私を自転車の後ろに乗せて連れて行ってくれた。


その日も私は自転車に乗せられ、父の音楽仲間のところへ連れて行かれていた。

友人の家で、父はクラリネットを吹いたり、三味線片手に都都逸を唸ってみたりと、とても楽しそうだった。


「上山はほんまにいろんな音楽が好きなんじゃなぁ」

「ほうじゃ、ほうじゃ。馨は『音楽バカ』の『音楽馨』じゃな」


と父の友人たちの声が聞こえてきた。


(『音楽馨』かぁ・・・)


私は自分の名前が何故『衣津子』なのか不思議に思っていた。


父の友人宅からの帰り道で自転車に揺られながら、私は、何故、『衣津子』なのかと聞いてみた。

すると、父は、


「いっちゃんには、天女のようになってほしいから、天女の羽衣から『衣』、波のイメージから『津』をとって、『衣津子』にした」


と教えてくれた。


「『天女』・・・かぁ」


私は、なんだかくすぐったい気持ちになった。

父の漕ぐ自転車は夕焼けの帰り道を軽やかに進んだ。


家に帰ると、私はすぐにその話を伝姉にした。

すると、


「私の名前より、ええ(良い)が。でも、いっちゃんは、『天女』より『天然』じゃが。なぁ明姉」


と伝姉が言った。

明姉は、


「伝ちゃんは、そういうこと、パッと考えつくのがすごいなぁ」


と笑った。

私は、


「もう~、せっかく『天女』の気持ちでいたのに~」


と伝姉に怒った。

それを両親と明姉は笑いながら見ていた。



昭和16年、父は理容師の仕事を辞め、兄・俊雄の経営する会社で働くことになり、仕事の都合で、上山家は福山へ移住することになった。

引越し当日、私と伝姉だけ一足先に引越し荷物を積んだトラックで新居に到着した。

荷物を下ろしてトラックの運転手が帰ると、幼い二人だけが取り残され、薄暗い家の中で両親の到着を待った。

その時、夕方5時を知らせるサイレンが急に鳴った。伝姉は大きな音にびっくりしたのか、ワンワン泣き出した。


「よしよし、泣かんでもええよ。サイレンなんて音が大きいだけじゃから、なんも怖がらんでええんよ」

「音がこええんじゃが!」


私は泣いてる伝姉が可哀想になって、二人で抱き合って泣いてしまった。


そこへ両親と明姉、妹たちが玄関から入ってきた。


「どしたん?二人とも何、泣いとるん?」

「わ〜ん」


私と伝姉は母と明姉に抱きついた。

その晩は、今まで見たことのないご馳走が並んだ。私と伝姉はほっとしながら食事を楽しんだ。



昭和17年。

この年、伝姉は国民学校の1年生になった。

ある日、伝姉がお弁当を忘れて学校に行った。

母は鮭を焼いて、


「これを伝ちゃんの学校まで持って行って。お願いね」

「うん、わかった」


私は国民学校へ向かった。

お弁当箱から焼いた鮭の香ばしい匂いが漂ってくる。

河原まで来ると風呂敷の紐を解いた。

『ちょっとならいいよね』ひと口食べると、そこからは箸が止まらず、気づけばお弁当は空になっていた。『やっちゃった』がなんとかなるだろうと思っていた。

帰った玄関の前で、風呂敷に入った空のお弁当箱を、庭の植え込みの木の中に隠した。


(よしよし、これで大丈夫)


「ただいま」

「おかえり、ご苦労さん。いっちゃんのお昼ごはん、そこにあるから食べなさい」


私は、母が用意してくれた焼き鮭をおかずにご飯を食べた。


「やっぱり焼いた鮭は、おいしいな~」


しばらくして、玄関の扉がガラッと開き、伝姉が泣きながら帰ってきた。


「うわ~ん、お弁当、忘れたぁ」

『マズい』


その場から逃げようと背を向けたが、後ろから


「いっちゃん!」


と母の大きな声が聞こえ、ビクッとして振り返る。泣いている伝姉と、あきれた顔の母が目に入った。



この年の8月。

家の離れの部屋でもう一人、女の子が生まれた。

『男児を出産せよ!』という世の中の空気はあったが、父は六番目の娘の誕生を喜んだ。

私は、生まれたばかり赤ちゃんを見ながら、


「なんかサルみたいじゃなぁ」


と言った。すると伝姉が、


「心配せんでもええが。いっちゃんも生まれた時はサルじゃったんじゃき」

「え〜、うちはサルじゃなあよ」

「サルじゃったんじゃって。なぁ、明姉」


すると明姉は、


「生まれてすぐは、誰でもこんなんになるんよ」


と笑った。


「え、うちもサルじゃったん? うそじゃろ。 ガックシじゃわ〜」


伝姉がそう言うと家族みんなが大笑いした。

こうして『香代子』と名付けられた末娘を加えて、上山家は六人の娘がいる家庭となった。


(つづく)

第一週ダイジェストをお読みいただき、ありがとうございました。


音楽を愛する父・馨と、しっかり者の母・アヤ子。 そして明香、伝江、衣津子、智早子、ミキ子、香代子。 ついに六人の娘が揃った上山家でしたが、昭和の激動は、この幸せな日常を少しずつ変えてゆくことになります。

では、また月曜日の朝8時にお会いしましょう。


来週もお楽しみに。

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