第四話 「いっちゃん、お弁当を届けに行く」
皆様、おはようございます。
福山での生活にも慣れてきた昭和17年。
1年生になった伝姉が、ある日、学校にお弁当を忘れていってしまいます。
母から「お使い」を頼まれた5歳のいっちゃん。
美味しそうな焼き鮭の匂いに包まれて、いっちゃんの大冒険(?)が始まります。
昭和17年。
戦時中とはいえ、まだ空襲もなく、福山の街は落ち着いていた。
時々、戦死された方の家族が遺骨を抱えて歩く姿も見かけたが、5歳の私にはどこか他人事のように思えた。
この年、伝姉は国民学校の1年生になった。学校に通う伝姉が大人っぽく見え、私は
(自分も早く1年生になりたい)
と思っていた。
ある日、伝姉がお弁当を忘れて学校に行った。母は鮭を焼いて、ご飯の上に載せ、蓋をして風呂敷に包むと、私に言った。
「これを伝ちゃんの学校まで持って行って。お母さんは用事があって行けんから、お願いね。いっちゃんの分は、ちゃんと作ってあるから、帰ってきたら食べなさい」
「うん、わかった」
そう言って、風呂敷に入ったお弁当を持ち、私は国民学校へ向かった。
歩いていると、焼いた鮭の香ばしい匂いが漂ってくる。お腹がグーッと鳴るが、『伝姉が待ってる』と思いながら必死に我慢して歩いた。
しかし、河原まで来ると誰もいないのを確認して、私は土手に腰を下ろし、風呂敷の紐を解いた。
(ちょっとならいいよね)
ひと口食べると、思わず声が出た。
「おいしい~」
そこからは箸が止まらず、気づけばお弁当は空になっていた。
『やっちゃった』と思ったが、なんとかなるだろう、と楽観的に考え、家に帰ることにした。
玄関の前で、風呂敷に入った空のお弁当箱に気づく。さすがにこれを持って入ったら怒られる。子ども心にそう思った私は、庭の植え込みの木の中にそっと隠した。
「よしよし、これで大丈夫」
何食わぬ顔で、私は玄関の扉を開けた。
「ただいま」
「おかえり、ご苦労さん。いっちゃんのお昼ごはん、そこにあるから食べなさい」
母は何も気づいていない。私は、用意してくれた焼き鮭をおかずにご飯を食べた。
「やっぱり焼いた鮭は、おいしいな~」
「いっちゃんは鮭が好きじゃなぁ」
母の笑顔に安心し、食後はだんだん眠くなった。
しばらくウトウトしていると、玄関の扉がガラッと開き、伝姉が泣きながら帰ってきた。
「うわ~ん、お弁当、忘れたぁ」
ドキッとした私は、一気に目が覚めた。母が尋ねる。
「いっちゃんがお弁当、届けてくれんかった?」
「いっちゃん、来んかった」
『マズい』
とっさに私は立ち上がり、その場から逃げようと背を向けたが、後ろから、
「いっちゃん!」
と母の大きな声が聞こえ、ビクッとして振り返る。
泣いている伝姉と、あきれた顔の母が目に入った。
もちろん叱られたが、その詳細は、いっちゃんの名誉のためここでは書かない。
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後日談だが、大人になって母とこの話をすることが何度かあった。
私は自分のやったことは棚に上げて、
「お母さん、小さい子にお弁当のお使いを頼む時は、先に好きなものを食べさせてからにしないとダメよ」
と説教じみたことを言った。
母は笑顔で、
「そうじゃのう、そうすりゃあよかったのう」
と何度も私の話を聞いてくれた。
あの頃は食料も少なく、大変だったはずなのに、母は懐かしそうに話を聞いてくれた。
(つづく)
第四話をお読みいただき、ありがとうございました。
誘惑に勝てずにお弁当を食べてしまい、空の箱を植え込みに隠す……。
いっちゃんなりの必死の「完全犯罪」でしたが、泣きながら帰ってきた伝姉の姿に、万事休す。
叱られた思い出さえも、大人になってから母と笑い合える宝物になる。
そんな家族の絆がまぶしいお話でした。
さて、賑やかな上山家には、さらにもう一人の家族が加わります。
明日もお楽しみに。




