第三話 「いっちゃん、福山へ移住する」
皆様、おはようございます。
昭和16年。
上山家は住み慣れた成羽町を離れ、広島県福山市へと移り住むことになりました。
父・馨さんの新しい仕事、そして立派な新居。 希望に満ちた門出のはずでしたが、幼いいっちゃんと伝姉さんを待っていたのは、見知らぬ土地での心細さでした。
昭和16年。
父は理容師の仕事を辞め、兄・俊雄の経営する会社で働くことになった。
山から切り出した材木を売る商売だったが、土地の転売もしていた。
父が理容師をしていた頃、俊雄に呼ばれ、土地の取引現場に連れて行かれたことがある。その時、父は交渉相手と仲良くなり、取引を成功させた。これを見ていた俊雄は、『馨には相手の心を掴む何かがある』と感じ、ことあるごとに父を手伝わせるようになった。
やがて俊雄は、
「馨、子どもが5人もおるし、いつまでもアヤ子さんに働かせるわけにもいかんじゃろ。わしの仕事を手伝え。そうすりゃ今より楽な生活ができるで」
と言い、半ば強引に父を会社に入れた。
父は家族のことを思い、兄の提案を受け入れた。本人はそんなつもりはなかったようだが、元々の天分か、音楽で培った感覚と理容師として磨いた話術を巧みに使い、難しい交渉をうまくこなしていた。そんな父を見て俊雄は言った。
「今度、福山の土地を買って商売の手を広げることにした。わしはこっちの仕事で動けんから、馨、お前が行って仕切ってくれ」
俊雄の言葉に逆らうこともできず、上山家は、一家で福山への移住を決めた。
引越し当日、一家全員が一台の車に乗れなかったため、私と伝姉だけ先に引越し荷物を積んだトラックで新居に向かうことになった。
トラックの助手席に二人で座り、車窓から見える景色に少しわくわくしながら、新しい家に到着した。
そこは以前の家より広く、中庭には築山と金木犀があり、母屋のほかに離れもある立派な家だった。
荷物を下ろしてトラックの運転手が帰ると、幼い二人だけが取り残され、薄暗い家の中で両親の到着を待った。
その時、急に大きなサイレンが鳴った。
夕方5時を知らせる時報代わりの音だった。伝姉は慣れない環境と妹と二人きりというプレッシャーで緊張していたが、大きな音がしてびっくりしたのか、ワンワン泣き出してしまった。
「よしよし、泣かんでもええよ」
と私は伝姉をなぐさめた。
「サイレンなんて音が大きいだけじゃから、なんも怖がらんでええんよ」
と言うと、
「音が怖えんじゃが!」
私は泣いてる伝姉が可哀想になって、二人で抱き合って泣いてしまった。
そこへ両親と母に背負われたミキ子、明姉、智早子が玄関から入ってきた。
「どしたん?二人とも何、泣いとるん?」
「わ〜ん」
私と伝姉は母と明姉に抱きついた。
その晩は、今まで見たことのないご馳走が並んだ。母は笑顔で
「引越し祝いだから」
と言い、私と伝姉はほっとしながら食事を楽しんだ。
(つづく)
第三話をお読みいただき、ありがとうございました。
夕暮れ時に街に響き渡るサイレン。
今の私たちには聞き慣れない音ですが、当時の子供たちにとっては、得体の知れない不安をかき立てる音だったのかもしれません。
泣きじゃくる伝姉をなだめながら、結局一緒に泣いてしまったいっちゃん。
家族が揃った後の温かいご馳走の味が、二人の心をどれほど救ったことでしょうか。
さて、福山での暮らしが始まった上山家ですが、いっちゃんはさっそく「ある事件」を起こしてしまいます。
明日もお楽しみに。




