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いっちゃん(第一部)  作者: Thomas C. Knitter


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第二話 「いっちゃん、自分の名前の意味を知る」

皆様、おはようございます。 末娘の三女として上山家に加わった「いっちゃん」ですが、わずか三年の間に二人の妹ができ、早くも五人姉妹の真ん中になりました。

今日は、ちょっぴり「お父さん子」のいっちゃんと、その名前に込められた願いのお話です。

昭和15年、3歳になった私には、二人の妹ができていた。


二年前に智早子(智慧ちえが早くつく子になるようにという願い)が生まれ、さらに去年、ミキ子(幹(芯)がしっかりした子になるようにという意味)が生まれ、私は五人姉妹の真ん中になった。


7歳の長女・明香アキカは妹が四人もできて、小さいお母さんから、ちょっと大きい小さいお母さんになっていた。まだ乳飲子のミキ子に手を取られて他の子の世話ができない母に変わって、


「伝ちゃん、そこ汚さんでぇよ」


と言いながら、智早子をあやすという、以前にも増してしっかり者になっていた。


「ツタちゃん、そこ汚さんでぇよ」


5歳の次女・伝江ツタエは、明香の口真似をして笑って見せた。

明香は、


「もう〜伝ちゃんは・・・」


と苦笑い。

伝江はそれを真似して、わざと声を伸ばしながら、


「もう〜ツタちゃんはぁ〜」


と何度も繰り返した。やっちゃでひょうきんな性格は健在だ。

あちこちでイタズラをして周りを困らせつつも、不思議と憎めない彼女は、時々、今みたいに家族を笑顔にするような言葉を発するユーモアたっぷりの子だった。


三女の私は、真ん中の子のあるあるだが、母にも姉にもあまり相手にされないので、いつも父の近くで遊んでいた。


父は仕事の時でもレコードをかけるくらい音楽好きだったが、クラリネット、三味線など、楽器も好んで演奏した。お酒は飲めなかったが、社交的であった。痔があったため、兵役は免除されており、休日には友人たちと音楽の練習を楽しんでいた。そんな時はいつも、父は私を自転車の後ろに乗せて連れて行ってくれた。


「いっちゃんは、ええなぁ。いっつも、どっかに連れてってもろうて。私なんか連れてってもらったことなんか一回もねぇが」


そんな風に次女の伝江が羨むほど、父とよく出かけていた。


その日も私は自転車に乗せられ、父の音楽仲間のところへ連れて行かれていた。

自転車の後ろで、この年に発表された皇紀2600年を記念する国民歌『紀元二千六百年』(※)の一節を大きな声で歌った。

しかし、サビの2小節しか覚えておらず、そこばかり繰り返し歌うので、


「いっちゃん、歌が進まんがぁ。」


と笑いながら、父は自転車を漕いだ。


友人の家に着くと、父は友人と一緒にクラリネットを吹き始めた。かと思うと、急に三味線片手に『逢うて嬉しい 楽しみなけりゃ 別れて悲しい こともな~い』などと都都逸を唸ってみたり。幼い私にも、とても楽しんでいることがよくわかった。


「上山はほんまにいろんな音楽が好きなんじゃなぁ」

「ほうじゃ、ほうじゃ。馨は『音楽バカ』の『音楽馨』じゃな」


と父の友人たちの声が聞こえてきた。


(『音楽馨』かぁ・・・)


私は自分の名前が何故『衣津子』なのか不思議に思っていた。

長女の明香は1月1日生まれなので、明けた年初めの子に父の馨から香をもらったと明姉から聞いていた。父も最初の子だから自分の名前を入れたのだろう。

でも、伝姉と私には、『馨、香』の文字はない。

次女の伝江は、両親が大河内傳次郎が好きで、傳の字を使いたかったからと、母から聞いた。

実は最初が女の子だったので、『一姫二太郎』とばかりに次は男の子だろうから、男の子の名前として傳次郎にするつもりでいたが、生まれたのが女の子だったので、傳だけもらって『傳江』にした。本当は『傳』と書くのだが、難しいので本人はずっと『伝』と書いていた。だから私にとっても、彼女はずっと『伝姉』だった。

その話をした時に自分の名前のことも聞けばよかったが、妹たちの名前のことを聞いているうちに、聞きそびれてしまい、それっきり忘れていた。

しかし、今の父たちの会話を聞いて、ふと思い出したのだ。


父の友人宅からの帰り道で自転車に揺られながら、

私は、何故、『衣津子』なのかと聞いてみた。

すると、父は少し照れたように、


「いっちゃんには、天女のようになってほしいから、天女の羽衣から『衣』、波のイメージから『津』をとって、『衣津子』にした」


と教えてくれた。


「『天女』・・・かぁ」


私は、空の上からくるくる降りてくる天女を思い浮かべた。光を浴びて羽衣が揺れ、風に舞う様子を想像して、胸が少しふわっとした。そして、なんだかくすぐったい気持ちになった。

父の漕ぐ自転車は夕焼けの帰り道を軽やかに進んだ。


家に帰ると、私はすぐにその話を伝姉にした。

すると、


「うち(私)の名前より、ええ(良い)が。でも、いっちゃんは、『天女』より『天然』じゃが。なぁ明姉」


と伝姉が言った。

明姉は


「伝ちゃんは、そういうこと、パッと考えつくのがすごいなぁ」


と笑った。

私は、


「もう~、せっかく『天女』の気持ちでいたのに~」


と伝姉に怒った。

それを両親と明姉は笑いながら見ていた。


(つづく)

第二話をお読みいただき、ありがとうございました。

「天女の羽衣」と「波の津」。 父・馨が、いっちゃんに込めたロマンチックな願いが明かされましたね。 それにしても、「天女より天然じゃが」と即座に返す伝姉のユーモアには、思わず吹き出してしまいます。

さて、賑やかで平和な上山家ですが、物語はここから新しい土地へと動き出します。

明日もお楽しみに。


【作中登場楽曲に関する情報】

※)「紀元二千六百年」 作詞:増田好生 作曲:信時潔 JASRAC:024-1126-1

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