第一話 「いっちゃん、誕生」
皆様、おはようございます。
本日から始まる物語は、私の母の自伝をもとに綴る、一人の女性の波瀾万丈な一代記です。
舞台は昭和12年、岡山県成羽町。
激動の時代に産声を上げた「いっちゃん」が、どのように時代を駆け抜けてゆくのか。
毎朝8時、少しずつお付き合いいただければ幸いです。
昭和12年。
新聞の見出しは戦争の文字で埋まり、町の空気もどこか重たくなり始めていた。
父・上山馨は些細なことにも気を配る理容師だった。音楽が大好きで、彼の仕事場である自宅の理容室には、蓄音機が置かれており、いつも何かしらの曲が流れていた。
父は、買って来たばかりの藤山一郎の『青い背広で』(※)を蓄音機に載せ、慎重に針を落とした。
軽快な歌謡曲が流れる中、父は鼻歌まじりでハサミやバリカン、くし、カミソリなどを所定の位置において、鏡台の前に立った。そして、洗濯し、パリッと糊の効いた刈布(お客の体に巻くケープ)を手に取り、軽やかに広げて、仕上がり状態を確認した。シワの一つもない仕上がりに『うんうん』と頷き、手際よく畳み直して、鏡台の下の棚に収めた。
隣の居間では、臨月で安静にしている母・アヤ子が、次女の伝江(ツタエ/2歳)と一緒に座っていた。
伝江は、母の足元でごろんと転がり、手近なものを掴もうと小さな手を伸ばしていた。
長女の明香(アキカ/4歳)は、縁側に腰掛け、自分で絵本を開いて、熱心にページをめくっていた。
父が鏡をタオルで拭いていると、不意に表の方から
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」
という声が聞こえてきて、出征兵士を見送る行進が家の前を通った。
(ふん、レコードが聞こえんがな)
父はそう心の中で舌打ちしたが、当然、そんなことは口に出せない。慌てて玄関へ飛び出し、見送りに参加するふりで直立し、その一行を見送った。
行進が遠ざかり、父はようやく息をついた。その瞬間、後ろから長女の明香の声がした。
「おとうちゃん、お母ちゃんが、いたいいたいだって。早う来て」
「お、そりゃ、おえん!」
父はそう叫ぶと、明香に構わず、母のいる隣室へ駆け込んだ。
駆けつけると母は、
「産まれそうじゃ」
と言った。父は、
「わかった。すぐ産婆さんを呼んでくるでぇ」
と言うと、後ろにいた明香に、
「お母ちゃんのそばにおれ。心配せんでええ。すぐに産婆さん連れてくるがな」
明香は、
「うん、大丈夫。うちがお母ちゃん、見とく」
と言って頷いた。
父は慌てて外へ走っていった。
9月の青空の下、戦争の重たい空気は一瞬で消え去り、父の心には、新しい生命の誕生という、軽やかな希望が響き渡った。
この日、そう昭和12年9月8日。
岡山県の成羽町で生まれた私の物語は、ここから始まる。
父は、理容師として丁寧な仕事ぶりで地域からの信頼を得ていた。後に兄の仕事を手伝うことがきっかけで福山へ移住することになるのだが、この時はまだ理容師をしていた。
私は、そんな父と、子育ての傍ら家を切り盛りしていた母の三女として、この世に生を受けた。
母が無事に私を出産した晩のこと。
父と母と明香は、生まれてきたばかりの私を覗き込んでいた。
明香はそっと私の手のひらを握りしめた。
「あかちゃん、おねえちゃんよ。ねぇ、お父ちゃん、名前は決まったの?」
父は明香の顔を見て優しく頷き、
「衣津子にした。いっちゃんじゃ」と答えた。
「へえ、いっちゃんか。いっちゃん、よろしくね」
その時、それまで居間でごろんと転がっていた伝江が明香の声を聞いて私を覗き込みにきた。
伝江は、私の顔をじーっと覗き込んで、大きな声で言った。
「うわぁ、いっちゃん、サルじゃが!」
父は笑いながら、
「サルじゃねえで。うちのいっちゃんじゃが」
と言った。
母も明香も大笑いした。
こうして、私は衣津子という名前と、家族みんなからの『いっちゃん』という愛称をもらった。
(つづく)
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
藤山一郎の甘い歌声と、出征を見送る万歳の声。 相反する音が響き合う理容室で、新しい命が誕生しました。
さて、現時点で末っ子として愛されるはずのいっちゃんでしたが、この後、妹が増え、さらに賑やかな生活が始まります。
明日もお楽しみに。
【作中登場楽曲に関する情報】
※)「青い背広で」 作詞:佐藤惣之助 作曲:古賀政男 (歌:藤山一郎) JASRAC:000-0246-1




