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いっちゃん(第一部)  作者: Thomas C. Knitter


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第十四話 「いっちゃん、置き屋に売られる」

皆様、おはようございます。


門司駅で途方に暮れていた8歳のいっちゃん。

甘い言葉に誘われて連れて行かれたのは、三味線の音が響く「置き屋」でした。

『門司』という駅に着いた私は駅の周りを見渡した。

どこに行く宛もなかった。

そもそもここがどこかもわからなかった。

しばらくうろうろしていると、


「お嬢ちゃん、お腹空いとらん?」


と声をかけてきたおじさんがいた。

私が、


「……お腹空いてる」


と言うと、


「おにぎりあげるから、ついといで」


と言われた。

他に行くところもなく、お腹の空いていた私は、そのおじさんについていった。

おじさんは狭い裏通りに入って行くので少し不安になったが、そのまま着いて行った。

と、おじさんはある家の扉をくぐった。そこは置き屋だった。

中に入るとおじさんは女将に声をかけ、


「この子におにぎりを食わせてやって」


と言った。女将さんはおじさんの意図を察したようにすぐに奥へと入り、中にいた女中におにぎりを作らせて、私の前に持ってきた。


「さぁ、お食べ」


私は女将さんの言葉に我を忘れて、おにぎりにかぶりついた。


「ははは、慌てず、ゆっくり食べんしゃい」


そう言ってお茶を入れてくれた。

その後、女将さんはおじさんと奥の方で何やら話をしていたが、話がついたようで、おじさんは、そのままいなくなってしまった。

おにぎりを食べ、お茶を飲んでホッとしていると女将さんが、


「お前、名前は?」


と聞くので、


「……山本禮子」


私は養女の名前を言った。


「れいこ? 綺麗の麗かい?」

「お禮の禮です」

「そう、顔に似合わない名前っちゃね。まぁ、いい。禮子、お前行くところ、あるのかい?」

「……」


私は黙って首を振った。


「じゃあ、今日から、ここで子守りをしんしゃい。何、心配することはなか。ご飯は食べさせてやる。ここには子持ちの女が何人もいて、客相手の商売中に子供の面倒を見てくれる人間が必要だったけん、ちょうどよか。今日からお前はここにおりんしゃい」


ご飯を食べさせてもらえる。私はそれだけで嬉しくなり、


「うん、子守りする。その代わり、もう一つおにぎりちょうだい」


と言った。


「ふん、甘えるんじゃなか。でもなかなか根性はありそうばい」


と笑って、女中にもう一つおにぎりを作らせて私に食べさせてくれた。

私はその日から、置き屋の住み込みの子守りとなった。

女将さんは私の素性を聞こうともしなかった。

おそらく戦災孤児だと思ったのだろう。

戦災孤児にしては、身なりは悪くなかったはずなのだが、そこらの浮浪児とは違って見えたことで、人買いのおじさんから声をかけられたのかも知れなかった。


置き屋での暮らしは、楽ではなかったが、お灸を据えられる心配もなく、何より、毎日、ちゃんと食べさせてもらえたので私にはこの上なくありがたかった。

昼間は、芸事を習いに来た人の子供を預かった。

夕方は、勤めが始まる前にお姉さん方が子供を連れてやってきて私に預けた。

この置き屋は文字では名の知れた老舗であった。政治家や進駐軍のお偉いさんも利用しているらしい。

しかし、そんなに大きな置き屋ではなかったので日に2〜3人預かればよかった。

子供と言ってもほとんどが赤ちゃんなので、おしめを変えたり、ミルクがわりに米の研ぎ汁のようなおもゆを飲ませたりする毎日だった。

時には泣く赤ちゃんを背負って置き屋の外で子守唄を歌ったりもした。

子どもを迎えに来たお姉さんが進駐軍にもらったチョコレートを私にくれることもあった。

昼間は芸事の三味線の音が聞こえ、夜はお座敷でまた三味線の音が響いた。

聞き慣れない異国の言葉での笑い声が聞こえることもあった。

私はそれを毎日、聴くとはなしに聴いていた。

中でどんなことが行われているか、よくはわからなかったが、置き屋の中を充満する酔っ払いのお酒の匂いが私の日常の匂いとなった。


(つづく)

第十四話をお読みいただき、ありがとうございました。


赤ちゃんをおぶって聴いた、お姉さんたちの三味線の音。

いっちゃんにとっては、食べられることが、何よりの救いでした。

しかし、そんな置き屋暮らしも長くは続きません。


明日もお楽しみに。

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