第十二話 「いっちゃん、福山大空襲を見る」
皆様、おはようございます。
昭和20年8月8日。
養女先の山手からいっちゃんが見つめたのは、夜空を真っ赤に染める福山の街でした。
8月8日。
2日前に広島に新型爆弾が落ちたという声が聞こえていたが、福山ではまだほとんど被害がなく、あまり心配はしていなかった。
それよりも毎日、ひもじい思いをしていたので、私の頭の中は食べ物のことでいっぱいだった。
その夜、空襲警報のサイレンが鳴った。
が、私が養女に出された家は山手という、市内の中心からは4km離れた場所だったため、警戒だけで防空壕には入らなかった。
川原に人だかりができており、川向こうの市内が異常に明るいのが見えた。
私は、夜なのに昼間みたいに明るく光る方に吸い寄せられるように目を向けた。
近くにいたおじさんが、
「あ、今、城(福山城)に(爆弾が)落ちた。城が燃えるど」
と言った。他のおじさんも、
「今度は駅のほうへ落ちた。かなり、ひどうやられとるわ」
そんな会話が聞こえてきた。
私は心の中で、
(わぁ、綺麗。花火みたい!)
不謹慎に聞こえるかもしれないが、私は、その時、そう感じた。
爆弾が落ちている場所で、何が起こっているか考えないわけでもなかったが、直接、自分に被害がないことで、どことなく遠い世界のことのように思えた。
私は、その光景から目を逸らすことができず、その場でずっと燃え盛る炎を見ていた。
次の日、陽が昇ると私は急に不安になった。
家はどうなったんだろう、お母さんは、伝姉、妹たちは。
そう思うと自然に体が実家へと向かっていた。
家までの道はわかっているのに、途中から焼け崩れた家の土塀が道を塞いでいたり、瓦礫やらいろんなものが散らばって、歩くのがどんどん困難になっていった。
建物もほとんど焼けてしまい、目印になる看板も家も見当たらない。
そして、この強烈な臭い。木材の焼けた臭い、油が焦げたような臭い、土煙の臭い……。いろんな臭いの混じり合った何とも言えない空気が辺りに残っていた。
私は心が折れそうになったが、家族のことが心配で実家を探して歩いた。
(この辺だったはず……)
と思ってキョロキョロ辺りを見渡していると、
「いっちゃん!」
と私を呼ぶ声がした。振り返ると、田中のおばさんだった。
「どうして、ここに? いっちゃん、養女に行ったんじゃろ。
大丈夫、お母さんたちはちゃんと逃げて生きとるけえ、心配しなさんな。
それより、もうここへ来ちゃあ行けんよ。危ないけぇね。お母さんには私から言うとくけえ」
「……うん、わかった」
私は俯きながら、そう言うしかなかった。
おばさんは、私の気持ちを察したのか、
「はい、これ」
と言って、キャラメルを一粒くれた。
「……ありがとう」
そう言って私は、養女にもらわれた先である山本の家へと帰って行った。
――――――――――――
戦後になって、母から聞いた話だが、8日の晩、空襲警報が鳴ると母は妹たちを連れて防空壕へ逃げ込んだそうだ。しかし、周りが焼夷弾で焼かれて燃え出し、見張りの人から、「ここは危ないから出ろ」と言われ、小さな末娘の香代子を背負っていた母は誰よりも先に外へ駆けつけて出そうとしたが、香代子の防空頭巾が入口の天井のどこかに引っかかってしまい、それを外そうとして後ろを向いたところ、二人の少年が母の横から先に外へ出た。そこへ焼夷弾が落ち、その二人は爆発に巻き込まれて、あっという間に亡くなった。母から「もし、香代子の頭巾が引っ掛からなかったら、私も香代子も生きてなかったと思う」と言われた時は本当にゾッとした。
(もし、その時、私も一緒にいたら、どんなに怖かっただろう)
やはり、戦争は恐ろしい。一瞬で人の命が失くなる。
私はこの話を聞く度に、平和な世の中が続いてほしいと願わずにはいられない。
(つづく)
第十二話をお読みいただき、ありがとうございました。
遠くから見つめる火の海と、その中で防空頭巾が天井に引っかかり、間一髪で命を繋いだ妹の香代子。
ほんの数秒のズレが、上山家の運命を、そして今ここにある命を分けたことに、ただ驚くばかりです。
戦火を生き延びた家族。
しかし、養女であるいっちゃんは、再び孤独な山本家へと戻らなければなりませんでした。
明日もお楽しみに。




