第九話 「いっちゃん、養女になる」
皆様、おはようございます。
昭和20年。戦争の影がいよいよ深まり、上山家を大きな悲劇が襲います。
悲しみに暮れる間もなく、母・アヤ子さんは、あまりにも過酷な決断をします。
いっちゃんの幼い心に刻まれた、辛い「別れ」とは……。
昭和20年になった。
食糧はどんどん減ってゆき、日々、食べるものに困るようになってきた。
それでも、父の仕事は順調だったようで、周りに比べれば、まだ食べられるほうだったと思う。
ある日、父は友人から甘いお菓子をもらって食べたのだが、その晩から腹の調子が悪くなり、息絶え絶えになった。
医者に診てもらったところ、『腸チフス』だった。
物資難でもあり、治す薬もなく日々、養生するしかなかった。
父が寝込んだまま一週間が過ぎようとしていたある晩、父の兄である俊夫伯父さんがやってきた。
「馨は大丈夫か?」
そう言いながらやってきた伯父さんは生きた鯉が入ったたらいをトラックの荷台から降ろした。
「腸チフスにゃあ、鯉の生き血がよう効くんじゃそうな」
と言って、鯉から生き血を抜いて、器に入れ、父に飲ませようとした。
父は嫌がったが、
「大丈夫じゃ、これを飲んだら、じき、ようなる」
と言って無理やり、生き血を飲ませた。
すると、すぐに父の顔色は真っ青になり、這うようにして縁側まで出ると、
「おぇ〜」と激しく吐いた。
そして、全てを吐き終えると、父はそのまま動かなくなった。
慌てた伯父が、
「馨、しっかりしろ!」
と父の体をゆすったが、もうほとんど息をしていなかった。
こうして、腸チフスと診断されてわずか一週間で父は亡くなった。
今なら、そんなバカなことをする人もいないが、そのころは、こんな迷信を信じる人も多かったし、何より、治す薬もなかった。
誰も悪くなかった。
かと言って、仕方ないという言葉で済ませられるものでもない。
母も、姉も妹も、もちろん私も、納得なんてできなかった。
それでも、『父はもう帰ってこない』という事実は変わりようがなかった。
それから一週間後、私は養女に出されることになった。
「いっちゃん、お父さんが亡くなって、子供達を養っていかないといけないけど、お母さん一人ではもうどうにもならん。それでね、いっちゃん。知り合いに子どものいないお家があって、そこの人がいっちゃんを養女にもろうてもええ、ゆうて言うてんじゃ。そこは大層、お金持ちでね。ここにおっても食べ物も無くなるし、いっちゃん、そのお家へ行ってくれんか?」
寝耳に水だった。
まさか、自分が家から出ていかなければならないことになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。しかし、母の姿を見るととても嫌とは言えなかった。
姉たちや妹たちの顔が浮かんだ。
嫌だとは言えなかった。
私は、やっとの思いで
「……うん」
とだけ答えた。
(つづく)
第九話をお読みいただき、ありがとうございました。
父・馨の命を救いたい一心だったはずの伯父の行動が、最悪の結果を招いてしまう。
時代の混乱と無知が生んだあまりにも残酷な現実に、胸が締め付けられます。
そして、残された家族を想い、自分の気持ちを押し殺して「うん」と頷いたいっちゃん。
家族と離れ、いっちゃんが踏み出した先には、孤独な戦いが待っていました。
明日もお楽しみに。




