第八話 「いっちゃん、明姉と配給に行く」
皆様、おはようございます。
昭和19年12月。
冷え込む冬の朝、いっちゃんは耳寄りな情報を手に入れます。
「今日はサツマイモの配給がある」。
お腹を空かせた子供たちにとって、それは何よりの宝物でした。
いつも優しい明姉に喜んでほしい。
そんな純粋な想いを胸に、いっちゃんは明姉の手を引いて、遠い道のりを歩き出します。
昭和19年12月。
その日は一段と冷え込んだ。
学校へ向かいながら、私は自分の吐く息の白さに冬の訪れを感じた。
途中で近所のおばさんに会った。
「田中のおばちゃん、おはよう」
と声をかけると、
「あっ、いっちゃん、おはよう。そうそう、今日の午後、池本さんの家の前でサツマイモやら、いろいろ食べ物の配給があるんよ。配給切符がなくてもいいみたいだから、いっちゃんもお姉ちゃんと一緒に行ったらええよ」
と教えてくれた。
「うん、池本さんじゃね。私、家を知っとるから、絶対行く。おばちゃん、ありがとう」
最近は甘いものも少なくなっていた。
お腹が空いて、なにか食べたいなと思っても、『欲しがりません、勝つまでは』とみんな呪文のように唱えて我慢していた。
そんな子どもにとって、甘いサツマイモの配給はこの上ない喜びだった。
「よし、明姉と一緒に配給に行こう」
私は期待に胸膨らませながら登校した。
学校の帰り、いつものように五年生の明姉が一年生の私を連れて歩いていた。
「明姉ちゃん、今日、池本さんのところで配給があるんだって。」
「池本さんってどこかねぇ?よう知らんなぁ」
「私、知っとる。ちょっと遠いけど、お姉ちゃんと一緒じゃったらいける。他にも何か配られるって聞いたから、お姉ちゃんの好きなうどんの乾麺もあるかもしれん」
「うどん?ほんま?じゃあ、いっちゃんについて行くわ。楽しみじゃね」
「うん。まかしといて」
私はいつも優しい明姉にいいところを見せられると思って得意満面な顔をした。
学校から帰ると配給品を入れるリュックを背負って、私と明姉は配給へと向かった。
初冬の空が青く澄んでいて、気持ちよかった。途中、薄暗い森の中を通らなければならなかった。
普段なら怖くて通れないこの森も、明姉の喜ぶ顔が見られると思っていた私は怖くもなんともなかった。
子どもの足で一時間近く歩いて、ようやく池本さんの家の前に着いた。
思ったより小さな庭で配給するには少し狭く、使われる机や荷物を運んでくるトラックの姿も見えなかった。
「あれ、おかしいなぁ、配給やってない。もう終わったんかなぁ?」
私と明姉は首を傾げながら、辺りを見渡したが、それらしい雰囲気は少しも感じられなかった。
これ以上、ここにいても何もない。仕方なく帰ることにした。
トボトボと歩いていると夕方の森は一段と暗く、風の音が木々を揺らし、どこかの木の枝が折れる音がした。
急に怖くなった私は明姉の腕にすがりついた。
明姉は、何も言わず、私の手を優しく握ってくれた。手に伝わってくるあったかさに少しほっとした。
それから一時間歩いてようやく家に帰り着いた。
伝姉が私を見つけて、
「いっちゃん、どこ行っとったん?今日、サツマイモの配給があったのに」
と声をかけてきた。
「えっ、池本さんところじゃろ?何にもやってなかったよ」
「やっとったよ。すぐそこじゃもん」
「えっ?」
私と明姉は顔を見合わせた。
そんな子どもたちの会話を聞いていた母が、
「池本さんって三軒先のおうちじゃよ。最近、引っ越して来ちゃったばかりじゃから、明ちゃんも知らんじゃろ、以前は加藤さんが住んどったところ」
その言葉を聞いた瞬間、力が抜けて、私はその場にしゃがみ込んだ。
加藤さんのお家なら、私も知っていた。
それなら、あんな遠い道を一生懸命歩く必要もなかった。明姉に申し訳ない。そう思うと、もう立てなかった。
そんな私の気持ちも知らずに傳姉は、
「美味しいがぁ(美味しいな)」
と言いながら一人でサツマイモを食べていた。
私は悔しくて、傳姉に飛びかかろうとした。
すると、
「いっちゃん、いけん、やめとき」
と明姉が私の手を引いた。
「だって、明姉ちゃん……」
と言うと、
「いっちゃんが私のために頑張ってくれたんじゃから、それでええんよ。その気持ちだけでお腹いっぱい。食べられんでもええ。」
「でも、でも……」
「ええんよ。『欲しがりません、勝つまでは』じゃ」
「ごめんね、お姉ちゃん、ごめんなさい」
私は、明姉に抱きついて、謝り続けた。
その時、
「はい、これ」
と目の前に一本の蒸したサツマイモが出てきた。見上げると、傳姉がニコッと笑って、
「明姉ちゃんと半分こにして食べ」
と言った。
「伝姉ちゃん……」
「私が自分のだけもらうわけねぇが。でも、いっちゃんや明姉がいたら、もっと、いっぱいもらえたのに。あーあ、残念」
私は飛びつくようにサツマイモを受け取り、
「伝姉ちゃん、ありがとう」
と言って、おイモを半分に割って、その一つを明姉に渡した。
明姉は、
「ありがとう、いっちゃん。ありがとう、伝ちゃん」
と言ってそれをひと口食べた。
私も明姉の顔を見ながら、残り半分のサツマイモにかぶりついた。
「……甘いね、明姉ちゃん」
「うん、甘いね、いっちゃん」
明姉の笑った顔を見て、私ははじめて涙が出た。
(つづく)
第八話をお読みいただき、ありがとうございました。
必死に歩いた一時間の道が勘違いだと分かった時のいっちゃんの絶望感。
そして「その気持ちだけでお腹いっぱい」と笑う明姉の優しさ……。
最後に伝姉がそっと差し出した半分のサツマイモの甘さは、どんな高級なお菓子よりも心に染みたことでしょう。
支え合って生きる姉妹たちの絆が、冬の寒さを一瞬だけ溶かしてくれたような、そんな夜でした。
しかし、この穏やかな時間が、嵐の前の静けさであったことを、まだ誰も知りませんでした。
明日もお楽しみに。




