プロローグ③
「将来の夢はあるかい?」
そう言われたとき、私はすぐに『小説家!』と言いたかった。小さいころから本を読むのが好きで、いつしか文章を書くのが好きになっていた。でも、両親はこの夢を反対している。なぜなら『安定していないから』だと。私のことを心配しているのは伝わってくるが、私は自分のやりたいことをやりたい。でも、まだ誰にも言えない。言っても笑われるだけだから。将来の夢を聞かれたときには会社員と答えるようにしている。波風を立てたくないから。
「遥の将来の夢って何?」
前の席の友達に聞かれた。そこで私は
「会社員かな~? まだボヤっとしているけどね~」
嘘です。本当は小説家になりたい!物語を書いて書いて書きまくりたい!そして賞を受賞したい!
「私はまだ決まっていない~!将来のことなんかまだ全然考えられないよね~」
「分かる~!だってまだ私達高校二年生だよ?その年で将来の夢が決まっているほうがすごいよね~。決まっている人尊敬しちゃう」
「だよね~。私なんて一日先のことも考えられないのに!」
「うんうん。まだまだこれからでしょ!」
「ところでさ、今日、午前中で授業終わりじゃん? 学校終わったらカフェ行かない?いい感じのところ見つけたんだ~!」
「ごめん!このあと家の用事があって行けないんだ! また今度一緒に行こうね!」
嫌です。私はこの後家に帰って小説を書かなければいけないという使命がある。一分一秒も無駄にしたくない。
「え~。最近付き合い悪くない?」
「ごめん! 夏休み中なら時間あるから、そこで行こうね!」
「しょうがないな~」
この子と遊びに行くと、大体彼氏の愚痴か他の女子の悪口が止まらないからちょっと嫌なんだよね……。それに、道を歩いているイケメンをナンパしてカラオケに行って、新しい彼氏を作ろうとする傾向があるからなぁ……。それは御免被る。もしまた誘われたら体調不良や家庭の都合って適当に言って乗り切ろうっと。
色々考えていると担任の新藤がバン!と教卓を叩いた。
「みんな夢があっていいな!夢があることはいいことだ。すばらしい! どんな夢でも僕は否定はしない。ただ……夢のために努力をしたとき、その努力の方向を間違えないように。夢は簡単に自分らを裏切る」
その言葉に若干イラっとした。夢に向かって努力する人を馬鹿にしているように感じたからだ。それは自分自身の性格として許せなかったので、手を挙げてみた。
「はい。遥。意見があればどうぞ」
「努力の方向って何ですか?」
「そうだな……例えば、ホームランをたくさん打つ選手がいたとしよう。その選手は筋肉量が多すぎて走るのが遅い。だが、その選手は走るのも早くしたい。では、その場合、どうしたら良いか?」
「簡単ですよ。筋肉量を落として速く走れるようにすればいい選手になると思います」
自分の答えには自信があった。しかし、新藤はにやりと笑ってこちらを見ていた。
「僕がその選手だったら速く走るのをあきらめて、ホームランをもっとたくさん打てるようにするね」
意味が分からない。短所をなくすために努力をして、そこからまた長所を伸ばしていけばいいのでは?
新藤はその後も持論を沢山話していた。が、どれも私の考え方とは違う。質問に答えるのが面倒になってきたから適当に答えておこう。
「まぁ、個人的な意見だけどね!」
グッと右手の親指を上げて新藤は言った。やっと終わった。くたびれた。早く家に帰って小説を書きたい。
新藤は黒板に『青春を楽しめ!』と大きい文字で書くと、私たちのほうを向き直す。
「この夏休み、皆さんには青春を楽しんでもらいたい!」
青春ねぇ……。私はもう楽しい青春を送っているから大丈夫だ。家族と旅行に行ったり、友達と遊んだり、小説を書いたりと充実した青春を送ることができている。それは間違いない。ただ、問題点があるとすれば、親友がいないことかな?自分の夢を人に言えないのは自分の問題であるから、それは別に大した問題ではない。私は仲の良い友達は沢山いるが、心の底から信頼できる人にまだ会ったことがない。これから会う機会があるのかも不明だが。
「……遥の斜め後ろの夏樹!」
夏樹と呼ばれたクラスメイトの男子は慌てたようで、あまりうまく答えらえられずにいる。そりゃそうよね。急に聞かれてもすぐに答えられるわけないもんね。
「たくさん遊べるということだ!」
その言葉にクラスのあちこちから笑い声が聞こえてくる。
「たくさん遊べるって!ウケるね。遥」
「確かに~。先生とは思えない発言だよね~」
新藤は何を言ってるんだろうか。教師なら学生は勉強しろだとかそういうことを言うものだと勝手に思い込んでいた。この教師はどこか変わっているところがある。その後もごちゃごちゃと持論を展開しているが、話を聞くのに飽きてきたので早く終わらないかなぁと思っている。クラス中が笑いに包まれている。この雰囲気は嫌いではない。が、
「今しかできないことをしろ」
その言葉にクラス中が静まり返った。その声色はいつものとらえどころのないものと違って真面目でどこか怖い雰囲気を醸し出していた。
「とにかく『青春だなぁ』と感じるものをぜひこの夏にたくさん経験してほしい!」
私の青春は全部執筆活動につぎ込む予定なので遊ぶ暇はない。そんなに経験する時間も余裕もないのだ。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると各々解散してあっという間に人が少なくなった。私もさっさと帰って小説でも書くかな。
「遥~。一緒に帰ろ~」
「うん! いいよ!」
荷物をまとめてている間もさっきの男子はぼーっと考え事をしている様子だった。何を考えているのだろうか?彼には将来の夢があるのだろうか?一度聞いてみたい。まぁ、話す機会がないとは思うけど……。とりあえずそっとしておこう。
友達と歩いて駅に向かっていると、教室に忘れ物をしたことに気が付いた。
「あ! いけない! 忘れ物した! 急いで取ってくるから先に行ってて!」
「え~!しょうがないなぁ~。ダッシュね!」
「まかせて!」
私は普段小説を書いている割には動けるほうだと自負している。教室までは三百メートルほどだ。これならダッシュしてすぐ帰ってこれる!
「じゃ、ちょっと行ってくるね!」
「気を付けてね~。人にぶつからないようにね~」
その言葉をと同時に走り出す。私としたことが忘れ物をするなんて情けない。いつもカバンの中に入れているアイデアメモ帳を机の中に入れっぱなしなんて!これがばれたらかなりの恥ずかしさであり自分の人生の黒歴史になること間違いなし!なんとしてでも早く取りにいかなければ!
考え事をしながら走っていると、急に目の前から走ってきた男子生徒にぶつかりそうになった。
「す、すいません。急いでたもので!」
よく見たら夏樹というクラスメイトだった。さっきまでぼーっと考え事をしている様子だったけど、なぜか今は急いでいる様子だった。
「はい。大丈夫です。こちらもすいませんでした!私も急いでたんで。不注意でした」
「大丈夫そうならよかった。それじゃ」
その場を離れようとする夏樹君に無意識に私は
「待って!」
と声をかけてしまった。自分でもなぜ呼び止めたか分からない。ただ、彼の背中がまるでなにかを抱え込んでいるように見えた。このタイミングを逃すと、彼とはもう一生話せないような気がなんとなくした。そう感じたのは直感か、それとも小説家としての勘だったのか。彼の『フツー』を望む言葉の裏に、もっと深い物語が隠されているような気がして、見過ごすことができなかった。
「な、なんですか? 一応急いでいるんですけど……?」
「あなたは……将来の夢はありますか?」
「え?」
なぜこの質問をしたのか分からない。ただ、絶対に聞いてみたかった。そして、その言葉にそんなに嫌そうな顔をするのかこの男は。絶対に友達になれそうにもない。