プロローグ②
「将来の夢はあるかい?」
担任の新藤がそう言ったとき、俺は正直なにも浮かばなかった。
別に将来の夢があるわけでもないし、なにをしたいわけでもない。ただただ平凡な人生を過ごしていきたい。ただ、それだけだ。それはきっと、過去に特別な何かを追い求めて、結局何も得られなかった経験があるからかもしれない。あるいは、誰かの特別な輝きを見て、自分には手の届かないものだと悟ってしまったからか。こんな自分のスペックも身長も『フツー』。体重も『フツー』。運動神経も『フツー』。勉強もすごくできるわけでもなく、できないわけでもなく、言うなれば中の中といったところだ。いわゆる『フツー』だ。何もかも『フツー』な自分だが、こんな自分は嫌いではない。むしろ、それが一番安全で、確実な道だと、これまでの人生で学んできた。親は共働きで会社員をしている。それが今の『フツー』だと思っている。趣味らしい趣味もない。SNSやゲームも友達との付き合いでやる程度で、のめり込むことはない。友達は四人。自分的には多くもないし、少なくもない。ちょうどいい人数だ。部活は中学生の時は三年間卓球部だったが、高校に入ってからはずっと帰宅部。これが自分のライフスタイルに合っている。休みの日は遊びに行くし、ゲームもする。ただ、心から悩みを話せる相手がいない。正確には話そうと思うやつがいない。確かに仲はいいが、表面的な仲の良さで終わってしまう。小さいころからそうだった。自分でどこか壁を作ってしまうところがある。
「夏樹の将来の夢は?」
一番困る質問だ。俺は『フツー』の人生でいいんだ。今の自分にも、将来の自分にも期待していない。波風を立てることなくただただ『フツー』の人生を送れればそれでいい。それだけだ。ここはテキトーに答えておこう。
「あ、ああ……俺は」
一通り答え終わると同級生は「つまんねえな~」と言って違うやつと話し始めた。うるさい。俺はこれでいいんだ。これが自分の中のベストなんだ。
クラス中が将来の夢の話題で持ちきりだ。みんなすごいな。夢があるって。自分の生き方を否定するわけではないが、大きい夢をもつ人間でありたかったなぁ……と時々思うことがある。だが、どうやって夢をもてばいいかが分からない。これから分かる時期が来るのかな?いや、多分来ない。この生き方をしていたら多分一生来ないだろう。でも、これでいいんだ。これで。
「……と、いうことは! 遥の斜め後ろの夏樹!」
「え? えっと……つまり……その…」
「たくさん遊べるということだ!」
正直何の話をしていたのか聞いていなかった。新藤は相変わらず持論を展開している。賛否が分かれることも多々あるが、個人的には言っていることは的を射ていると思っている。でも、よくもまぁ夏休み前最後のホームルームであれだけ喋り倒せるもんだ。感心する。ふと黒板を見ると、『青春を楽しめ!』とバカでかい文字で書いてある。いつ書いたんだろうか?
新藤は大人になったら夏休みなんてほぼないに等しいことを言っている。大人になるってなんかイヤだなぁ……。大人もみんな高校生や大学生みたいにたくさん休めばいいのに……ってつくづく思う。きっとみんなもそう思っているに違いない。
「今しかできないことをしろ」
その言葉が自分の心に突き刺さる。
今しかできないこと……?なんだそれは?この学生生活こそが今しかできないことなのでは?そういう意味では今しかできないことを現在進行形で行っているのではと思う。が、何かが違うような気もする。いくら考えても答えが出ない。なんなんだ?今しかできないことって?
「……遊び、勉強、ボランティア! 夏休みはたっぷりある。その中でなんでもいい。とにかく『青春だなぁ』と感じるものをぜひこの夏にたくさん経験してほしい!」
なるほど!それが今しかできないことなのか。だが、自分はもう、遊びや勉強は友達としている。だったら、もう自分はもう青春を謳歌しているという認識であってると思う。俺はやっぱり『フツー』の人生を送っているんだな。いいねいいね。
チャイムが鳴ると、クラスメイトは各々部活やバイトなどに勤しむために教室から出ていった。俺は絶賛帰宅部なのでこの後の予定は何もない。今はお昼の十二時か……本屋に寄って新しい漫画でも買って、家に帰って飯でも食べるか……。宿題もそこそこ出てるし宿題をやり始めてもいいかもしれないなぁ……。友達はみんな部活だって言ってたし、さっさと教室を出るとするかな。本屋は学校の最寄り駅から電車に乗って二駅だし、結構通いやすいんだよなぁ。あ、あとやりたかったゲームも今日が発売日だった!これはゲームショップに行かなければならないな。今回の作品はグラフィックにこだわりがあるらしいからなぁ~。楽しみだ。でも、グラフィックにこだわりすぎて肝心のストーリーやゲームバランスがイマイチな作品もたくさんあるから今回の新作はどうなんだろうなぁ……。やばい!やることが多すぎる!これが今しかできないことか!最高!
そう考えているうちに教室には誰もいなくなってしまった。みんな教室から出るの早いな!やばい!次の電車まであと十分しかない!これを逃すと次は二十分電車が来ない!大幅なタイムロスとなってしまう!急げ急げ!
リュックを背負い、慌てて教室を飛び出す。下駄箱で靴を履き替えて走って昇降口を出る。すると、正面から全力で走ってくる女子とぶつかりそうになってしまった。
「す、すいません。急いでたもので!」
「はい。大丈夫です。こちらもすいませんでした! 私も急いでたんで。不注意でした」
「大丈夫そうならよかった。それじゃ!」
その場を離れようとして、再度走り始めたら後ろから「待って!」と呼び止められた。振り向くとさっきの女子が黒のポニーテルをたなびかせて、真っ直ぐこちらを見ていた。
「あなたは……将来の夢はありますか?」
……またこの話かっ!