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プロローグ①

夢なんて、ジュースの炭酸くらいにしか信じていない。時間がたつと抜けて、いつしか消えてしまうから。


夏の終わり、夢の中で俺はあの音を聞いた。


パチ、パチ、と泡がはじける音。


その音だけが、静まり返った室内に響いていた。


照明は点いていない。でも、窓の外は夕焼けで、ヒグラシが鳴いている。


カウンターの上に置かれているのは、色の抜けたクリームソーダ。


炭酸はとっくに抜けてるのに、なぜか泡の音が止まない。


――誰かの声が聞こえた気がして、俺は振り返った。

でもそこには、誰もいなかった。


 ハッと目を空けると、そこは教室だった。


「将来の夢はあるかい?」


 夏休み前、最後のホームルームで担任の新藤がクラス全員に問いかけた。


「やっぱ安定している公務員!」

「子供が好きだから保育士!」

「いやいや、ロマンを追い求めてハリウッド俳優でしょ!」

 各々が自分の夢を発表している姿を見て、新藤は微笑んで見守る。

「夏樹の将来の夢は?」


窓の外をぼうっと見ていた夏樹は隣の席の同級生の問いに驚いた。


「あ、ああ…俺は…ないかな。『フツー』に大学行って、『フツー』に会社員して、『フツー』に結婚して家を建てて、八五歳くらいで家族に看取られて最期を迎える。そんなフツーの人生がいいかな」


「それが夢? なんかつまんないな~」


「ほっとけ。俺は『フツー』の人生でいいんだよ」


クラス中がざわつく中で新藤は教卓を両手でバン!と叩いた。クラス中がぎょっとして新藤に視線を送る。


「みんな夢があっていいな!夢があることは素晴らしい!どんな夢でも僕は否定はしない。ただ……」


「ただ?」


誰かの声に、新藤は言葉を続けた。


「夢のために努力をしたとき、その努力の方向を間違えないように。夢は簡単に自分らを裏切るからね」


しんと静まった教室。重苦しい空気がクラス全体を包む中、一人の女子が手を挙げた。


「はい。遥。意見があればどうぞ」


遥と呼ばれた女生徒は立ち上がり、新藤を力強い目つきで見つめながら言った。


「努力の方向って何ですか?」


「そうだな……例えば、ホームランをたくさん打つ選手がいたとしよう。その選手は筋肉量が多すぎて走るのが遅い。だが、その選手は走るのも早くしたい。では、その場合、どうしたら良いか?」


「簡単ですよ。筋肉量を落として速く走れるようにすればいい選手になると思います」


新藤はその言葉を待ってましたと言わんばかりに丸眼鏡をクイッと上げて笑った。


「僕がその選手だったら速く走るのをあきらめて、ホームランをもっとたくさん打てるようにするね」


その言葉に遥は意表を突かれた表情を見せた。


「いいかい? ホームランを打つのは長所で、足が遅いのは短所。足が速くなる練習をして、どんどん筋肉を落としていけば、どうなると思う?」


「う~ん。多分ホームランを打てなくなる?」


「その通り! さらに、足も速くしようと努力しても、結局元々足が速い選手には勝てないし、中途半端に終わってしまう可能性もある。だから、長所であるホームランを打つというところを伸ばしていく良いと僕は思うね。まぁ、考え方は人それぞれだけど!」


新藤はボサボサの髪を搔きながら言った。そのやりとりを夏樹はつまらなさそうに見つめていた。


「なるほど……つまり、自分の長所・短所を見つけられると努力の方向を間違えない…ってことでいいですよね?」


「まぁ、個人的な意見だけどね!」


グッと右手の親指を上げて新藤は言った。遥は着席し、疲れた様子を見せていた。それもお構いなしに新藤は黒板に白チョークで『青春を楽しめ!』とでかでかと書いた。


「この夏休み、皆さんには青春を楽しんでもらいたい!」


その言葉にクラス中がざわつく。


「高校二年生の夏休みほど遊べる時間はないと僕は思っている! 高校生活にも慣れ、大学受験はまだ先、宿題はそこそこ……と、いうことは! 遥の斜め後ろの夏樹!」


「え?えっと……つまり……その…」


不意を突かれて困惑する夏樹を横目に、新藤は話を続ける。


「つまりたくさん遊べるということだ!」


自信満々な新藤の姿にあちこちからくすくすと笑い声が聞こえてくる。


「いいか? 社会人になったら夏休みなんて五日もあればいいほうだ! しかも、同世代の友達と遊べる時間なんて滅多に作れない! なおかつ、周りはみんな結婚して、子供ができて、家を買って、幸せそうな人生を送っている……それなのに僕は休みの日はごろごろして酒を飲んで仕事をしての繰り返し! なぜ、このような格差が生まれてしまったんだあああああああああ!」


「せんせー。途中から自分の話になってます」


教室はさらに笑いに包まれる。構わず新藤は続けた。


「あと、これだけは言っておく!」


新藤は大きく息を吸い込んだ。

「今しかできないことをしろ」


先ほどのテンションとは打って変わってトーンを落としたその言葉にまるで誰かが息を止めているかのように、重苦しい沈黙に包まれた。


「しつこいようだけどもう一回言っておく。遊び、勉強、ボランティア! 夏休みはたっぷりある。その中でなんでもいい。とにかく『青春だなぁ』と感じるものをぜひこの夏にたくさん経験してほしい!大人になって高校時代を振り返った時『あんな馬鹿なことやってたなぁ~』や『ああいうときもあったんだなぁ~』と思い出して昔話に花が咲く!その思い出が自分の夢を追いかけるときの糧となり、自分の人生を豊かにしていく! あ、ちなみに僕は中学、高校と何も青春らしい青春を体験することはなく六年間を過ごした。みんなはこんな大人になるなよ? 明日からは夏休み。有意義に時間を過ごしてくれ! 夢を見つけてくれ!青春してくれ!」


「じゃあ、大学生の夏休みはどうなんですか?」


誰かがそう言うと、新藤は不敵な笑みを浮かべた。


「高校生と大学生はまた別なんだよ! 大学生になると途端に自分は大人だと錯覚して酒を飲みだす奴やタバコを吸うやつなど、大学デビューしていけ好かないやつが多い! さらに自分がいかに悪いことをしていますといわんばかりにやんちゃアピールをして周りに言いふらしたりしている!それに比べて高校生はまだまだ勉強のことや部活のことなど、青春を感じる! ただそれだけだ!」


「せんせーの偏見では?」


「と、とにかく高校生活の夏休みを楽しんでくれ! くれぐれも夏休み中に先生を呼び出すことがないように! 以上!」


新藤が話し終わると同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。クラスメイトが夏休みの予定を話す中で、夏樹は入道雲が浮かぶクリームソーダ色の空をぼうっと見つめていた。

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