魔法を失った魔女
私の中から魔法が消えた。
学校からの帰宅中、カルラと空を飛んでいた時のことだった。
「ねぇ、見てた? あの時の炎の魔法! すごかったでしょ?」
「うん、すごかったよ。他の人も――」
突然、推力を失い、急降下。地面と衝突するところをカルラが浮遊魔法をかけてくれたらしい。私はそのまま近くの町医者の元に運ばれ、検査をすることとなった。
魔法を消失した。そう告げられた。病因は不明だった。過去に同じような事例はあるそうだが、どれも原因は分かっていない。そして、この病は不治だった。
私の笑顔を見てもカルラは泣いてしまった。魔女帽子に着いた握った跡を見ればわかる、そう言いながら。幼馴染なのに背がうんと大きく、気は小さく、おっちょこちょいなのに、今のカルラはいつも以上に子供っぽさを感じる。オレンジ色のすらっとした髪を撫でて「大丈夫だから」と慰める。そう、慰める。
カルラを先に帰らせ、私は歩いて帰ることにした。大体の現在地は分かっている。いつもなら五分とかからない。
魔法が発達して100年が過ぎている。今では歩くなんてことをする人もそうそういない。移動も運搬も全て、テレポートか浮遊だ。空を見上げれば、こんな田舎でも十分に一人は誰かしらが空を飛んでいる。私は落葉で埋め尽くされた道を歩まざるを得なかった。
家に着く頃には日が沈んでいた。
真っ暗な部屋だった。灯りを点けようと、手をかざしても、呪文を唱えても、声が部屋に響くだけだった。トイレを使おうにも水が使えない、料理もできない、何もできない。その日はもう眠ることにした。
明るくなってから、学校の荷物を整理する。魔法紙に書かれた満点の文字も消えかかり、見えなくなりつつあった。一先ず、水を汲みに川まで歩き、火を熾すために枝を拾った。
家に戻るとカルラが色々と持ってきてくれていた。調理済みの食べ物やナイフ、マッチなど、魔法箱から取り出してくれた。
「……ありがと。でも、なんで」
「灯り、点けられなかったんでしょ? あなたがしないなんてことないから」
「ただの不調だって。大丈夫だから」
そういって、カルラを追い出すように帰らせた。
静まった部屋、机に置かれたカルラからの贈り物の中に、手紙があった。文字が薄く、ほとんど見えなかった。だた「頼ってね」の言葉があることは分かった。私は椅子の上で身を縮めた。不思議と涙は出なかった。
町へは行かなくなった。学校にも。
お腹は空く。水をいくら飲んでも、満ちはしない。カルラの持ってきてくれた食べ物ももうない。ベッドの上で転がるだけだった。幸いにもまだ寒さを感じるほどの季節ではない。
次の日、カルラが来てくれた。が、手には何もなかった。
「……顔色、悪いよ? 何も食べてないの?」
「別に。用がないなら――」
「学校、行こ?」
カルラは手を取って私を無理やり連れだした。
箒に乗せられて、学校へと連れられる。
校門前で下りて、カルラは箒を自由にする。私はカルラの裾を握っていた。
カルラが魔女帽子を被せてくれた。いつもは逆なのに、今の私は顔が隠れるくらい深々と被った。廊下を歩いていても、下を向いていたせいだろうが、馴染みの学校とは思えなかった。生徒の足や先生の足しか見えない。そして誰かもわからない。
担任には知られていた。気を使われているのは、態度で分かった。私もただ「はい」と頷くだけだった。
座学はまだよかった。内容は頭に入ってこないが、復讐すれば十分に追いつける。それに聞いているだけでいい。問題は実技だった。ただ指をくわえて見ているだけで、歯痒かった。いつもならば、先陣を切っている私が、真っ先に褒められる私が、誰よりも使いこなせていた私が、今は何もできずに突っ立っている。落ちこぼれだと思っていた者に、見下ろされている。
身体が走ることを選んだ。行先は誰もいない空き教室。扉を閉めて、その場に座り込んだ。お腹が鳴った。膝に頭を置いて、目を瞑った。
扉が開いて、背中を打った。転げながら映ったのは、カルラの姿。
「戻ろ?」
「……………嫌」
「なんで?」
起き上がって、カルラの前に座った。カルラもしゃがんでいる。
「なんで、って。分かんない? 魔法を使えない私の惨めさ。これから一生、魔法を使えないって、そう言われて、そう思われて、生きなきゃいけない辛さ。……もう、無理」
「……そんなことない」
「は? 何が? 魔法のない私を、あなたたちは見ないでしょ!」
私は逃げようと走り出す。カルラは私の手を掴んだ。でも、突き放した。怖かったから。
廊下を走っていると声がする。
「優等生だったのに、落ちぶれたねぇ」
「わかる。でも、ちょームカついてたから、なんかスッキリだわ」
「かわいそうにね」
「ほんと、それ。才能あるのに、勿体ないなぁ」
「同情しちゃうよ」
私は学校から出た。そして、走った。走って、走って、家まで、走った。
家に着くころには、また日が暮れていた。息は絶え絶えに、汗は全身から溢れ出していた。
暗い部屋の中、机の上にはパンが置かれてあった。
「……」
手には取っていた。もう息も落ち着いている。汗も拭きとった。けれど、不思議と口に入れるのを躊躇ってしまっている。
パンを齧った。涙が溢れた。自然と。堰を切ったように止まらない。
その日は倒れるようにその場で寝てしまった。
次の日、起きるとカルラが私の体を揺すっている。ゆっくりと起き上がって、「……その、ごめん」とだけ言った。
「……食べてくれたんだ」
「うん……」
カルラはちょっと大人びた笑みを見せた。
「じゃあ、今日も行こ?」
「……うん」
カルラの背中に掴まって、学校へ行った。
昼休み、木陰で弁当を一緒に食べていた。カルラの作ったサンドウィッチを頬張った。
「辛っ! カルラ、またからしと間違えたでしょ!」
「えっ、あっ。ほんとだ。うっかり。でも、これはこれで……」
食べ終わり、空を見上げた。
「みんな、そんなに悪くは思ってないよ。悪い人なんていないって」
「でも、現実はそんなものでしょ」
「そう思うのは、あなたが『天才の魔女』って名前に拘るから。そうじゃない? まぁ、みんなも、ね。でも、あなたは――」
「分かってる。気にしないって言ったら嘘だけど、気にしないようにはするよ。私はもう、魔女じゃなくなったから……」
私が祈るように、風の呪文を唱える。すると、やさしい風が落ち葉を運んでいった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
指向を変えて、たまにはこういうのも。