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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
エピローグ
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エピローグ

 村田を送ってロビーに出た。

 釈放が決まった。天涯孤独、迎えに来る人間などいないと思っていたのだろう。ロビーにいた若い女性が駆け寄って来るのを、村田は不思議そうな表情で見守っていた。

「服部恵美子さんだ」と竹村が紹介すると村田は驚いた顔をした。

 竹村は恵美子が会いたがっていると聞いて、釈放の日時を連絡しておいた。正直、会いに来るとは思っていなかった。

「服部、いえ、長沼恵美子です」とぺこりと頭を下げる。

「お嬢さん、あんたが、長沼恵美子さんかい?」

「はい。大ちゃん・・・中丸大祐君の幼馴染です」

「この間、刑事さんから、あんたの話を聞いた。無縁仏だった大祐を引き取って供養してくれたんだって。ありがとうな」村田が笑った。

 笑うと顔中、皺だらけになって、愛嬌が出る。

 取調室では固い表情で押し黙っていた村田だったが、恵美子を前にすると、柔和な表情になっていた。

「大ちゃんとは、幼い頃からずっと一緒で、お兄ちゃんみたいな存在でした。私が遺骨をともらうのは当然のことです」

「あんたに引き取ってもらえて、大祐はさぞや、喜んでいることだろうな。大祐は俺同様、天涯孤独な身の上だと思っていたが、あんたのような人がいたなんて」

「あ、あの・・・今日は、村田さんが大ちゃんを、その、(あや)めた人に復讐をして、今度はその・・・大ちゃんがお世話になった方を、その、(あや)めた人に復讐をしたんじゃないかって聞いて、あの、その、一度、お会いして・・・お礼って言うのも変ですけど・・・」恵美子がたどたどしくしゃべる。村田は「あっはは!」と大笑して言った。「お嬢さん、いいって、無理しなくても良い」

「私はただ、大ちゃんがお世話になった村田さんと会って、大ちゃんの話が出来れば良いなって思って、それで、刑事さんから、今日釈放だって聞いて、一目会って、話をしたいなって思って、やって来ました」

「俺も、一度、あんたに会ってみたいと思っていたところだった。お嬢さん。大祐と幼馴染だって言っていたよな。あんた、美人だし、あいつ、きっと、あんたに惚れていたと思う」と村田は優しく言った。

「どうでしょう? 大ちゃん、一度もそんな素振りを見せてくれたことありませんでした。でも」恵美子は、きっと村田を見据えると、「私は大ちゃんのことが大好きでした。大人になったら、大ちゃんのお嫁さんになるんだと、小さな頃から心に決めていました。

 高校生の頃、母親の職業が同級生に知れて、いじめを受けていたことがあります。同級生たちに、居ないものとして扱われ、無視され続けました。私、グレかけて、大ちゃんに、『学校なんて行きたくない。二人でどこかに逃げよう。一緒に暮らそう』と言ったことがあります。

 そしたら、大ちゃん、『俺は日の当たらない場所でしか生きられない。だが、お前は違う。俺と違って頭が良い。お前は俺のようなやつと一緒にいてはダメだ。お天道様の下で、まっとうに生きて行かなければならない』と言って、取り合ってくれませんでした」と言った。

「ふふ。あんたに、一緒に暮らそうと言われて、大祐はさぞ嬉しかったことだろうな」

「どうでしょう? 暫くして、不思議なことに、クラスで私に対するいじめが、ぴたっと止んだのです。変だなと思いました。そのうち、どうやら林田君と言う、頭が良くてスポーツ万能の、女の子の憧れの的だった子が、私のことをいじめるやつは、クラスで村八分にすると言ってくれたことが原因だと分かりました。林田君とは、そんなに親しい関係ではありませんでした。林田君はちょっと不良っぽいところのある子で・・・」

「なるほどな。裏で大祐が糸を引いていたという訳だ」村田が先回りして言った。

 恵美子が頷きながら言う。「だと思います。林田君が私を庇ってクラスのみんなに言ってくれた訳ではないことは分かっていました。大ちゃんから脅されるか、弱みを握られるかして、学校で私の庇護者になってくれたのだと思います」

「うむ、まあ、間違いないだろう。お嬢さん、あんた、大祐が見込んだ通り、頭が良いよ。大祐から、あんたのことを聞いたことがないけど、今考えると、あんたのことだったんだろうな。大祐が言った言葉が、やっと腑に落ちた」

「大ちゃんが? 何て言ったのですか?」

「一度な、大祐に聞かれたことがある。『(あに)さんは家族、持たないのですか?』ってな。『俺みたいな出来損ないが、家族なんかつくって何になる。世の中に、ゴミが増えるだけだ』って答えたら、あいつ、『そうですよね』なんて言って、頷きやがった。それで、『ふざけんな!』と、ぶん殴ってやった」恵美子が痛そうに顔をしかめたものだから、村田は「おっと、お嬢さん、乱暴な話で御免な」と言って笑った。

「い、いえ」と慌てて恵美子が首を振る。

「でな。『大祐よ。お前はどうなんだ? いい女でもいるのか?』って聞いたら、大祐の野郎、『そんな女、いません!』とむきなって否定しやがる。あまりにむきになるものだから、問い詰めたら、あいつ、『兄さん。守るべきものがあるのって、良いですよね』と答えやがった。

『何だ、そりゃあ?』って尋ねると、真面目な顔をして、『兄さん、俺は兄さんの為なら、死んだって構わない。兄さんの命令なら、鉄砲玉だって何だってやります。でも、もしかしたら、俺の命、兄さんの為に使う前に、他のことに使っちまうかもしれません。そうなったら、兄さん、許して下さい』なんて、妙なことを言いやがった。

『よせ、よせ。俺の為に死ぬなんて。犬死だ。それこそ、いい女でも見つけて、そいつの為に死ね』って言っておいた。どうやら、大祐はあんたの為に命を捧げることが出来たみたいだな。ふふふ」

 村田の言葉に、恵美子の瞳が見る見る潤んだ。両目から大粒の涙が零れ落ちる。

「ご、御免なさい」恵美子はバッグからハンカチを取り出すと、竹村に「返そうと思ってクリーニングして来たんですけど、ゴメンなさい」と言って目頭を押さえた。

「構いませんよ」と答える竹村の横で、「いいって。謝ることなんてない。あいつの、大祐の為に、泣いてやってくれ。きっと、あいつの為に泣いてくれるのは、あんたくらいしかいないだろうからな」と村田が優しく声をかけた。

 すると、恵美子は「はい」と頷き、こらえ切れずに「うっ、うっ」と嗚咽を漏らし始めた。そして、まるで赤子のように、顔を上げたまま、「あー、あー」と大声を上げて泣き始めた。

 村田が竹村に言った。「刑事さん。ありがとう。色々、気を使ってもらって。新しい生きがいを見つけたよ。これからは大祐に代わって、彼女の幸せを見守ってやるんだ」


 了

 一家惨殺事件をメインとして物語を書き終えてから、なんだか単調に思えた。もっと面白くできないかと、試行錯誤している内に、今の形となった。

 既存の作品を全て前振りにして、最終章を書き加えた感じ。

 名探偵が交代するという図式は「悪魔に捧げる鎮魂歌」でも使っている。正直、二番煎じに見えないか心配だった。

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