怪しい男②
千住本町商店街から、細い路地を分け入った場所に雑居ビルがあり、三階にバー「時流」があった。カウンター席しかない、狭いバーだった。
開店前で、ママの浅尾椿だけ店にいた。でっぷりと太った四十代の女性だ。赤く塗った分厚い唇と糸の様に細く書いた眉毛が特徴的だ。
「どうも~つばきです。本名なのよ。つばきなので、こんな恰好」椿は竹村と吉田の前でくるくると回って見せた。薄いピンクのフリルのついたドレスが椿の花に見えなくもない。
テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」と言う歌が好きで、「時流」と言う固い店名をつけたのだと聞かれもしないのに椿が由来を説明した。話し好きのようだ。
「こちらで働いていた金本美紀さんについて、教えて下さい」竹村が口火を切る。
事情聴取が始まった。
「あら、まあ、お兄さん、せっかちだこと。せっかちだと女の子にもてないわよ。でもまあ、お兄さんは、立派な体をしているから、女の子の方で放っておかないわね」
「いえ、そんな・・・」竹村が顔しかめる。
隣で吉田が笑っていた。
「ニュースで見たわよ。美紀ちゃん、本当に可愛そう。おめでたで、ここを辞めたばかりだったのに」
「おめでた!? 金本美紀さんは妊娠していたのですか?」
「そうよ。知らなかったの? まあ、もともと妊娠しているような体形だったものね。見た目では分からなかったかも。まだ三カ月くらいで、お腹も目立っていなかったし。二人目の子供が出来たので、ここを辞めたの。まあ、辞めたと言っても、どうせ子供を産んで暫くしたら、また戻って来るつもりだったのでしょうけどね。前もそうだったし」
「ちょ、ちょっと待って下さい。金本さんは子供を妊娠して店を辞めたのですね?」
遺体の検死結果はまだ上がって来ていなかった。金本美紀が妊娠していたことは初耳だった。
「うちは産休なんてしろもの、あげることなんて出来ないもの。あっ、こんなこと言うと逮捕されちゃうのかな? 最近は色々、煩いもんね。でもね、美紀ちゃんの旦那さん、あれで結構、お金持っているのよ。ただ、旦那さん、働かないし、ケチだから、美紀ちゃん、遊ぶ金が欲しくて、うちで働いていたようなもの」
「金本信吾さんはお金持ちだったのですか?」
「そうらしいわよ。何でもね、先祖伝来の凄いお宝を持っていたらしくて、それを売って大金を手に入れたんだって。だから、働かなくても食っていけるんだって。あんな、しょぼい禿げ親父だけど金を持っているとなると話は別だわ」
「今のお話だと、金本信吾さんとも面識があるのですね?」
「そりゃあ、あるわよ。だって彼、うちのお得意様だったんだから。いっつもビール一杯、ちびちびやりながら、カウンターの隅に居座っていたの。お金あるのに、本当、ケチなやつ。
お気に入りだった美紀ちゃんと結婚出来たものだから、うちに顔を出さなくなっちゃったけど。美紀ちゃん、上手くやったわよ」
「金本信吾さんはお店の常連客だった訳ですね。そして、ここで奥さんと知り合った」
「そうよ。あら、お兄さん、体だけじゃなくて、頭も良いのね~本当、惚れちゃいそう」
「いえ、そんな・・・」
隣で、「くっ!」と吉田が笑いを堪える。