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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
第一章「名探偵の死」
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自首②

 三田が口を開くのを黙って待った。三田は暫く俯いて黙っていたが、急に顔を上げると、また、訥々と話し始めた。「病院で、先生に言われたんです。もうね、手の施しようがないって。そして、『最後くらいは、自宅で静かに過ごさせてあげたら如何ですかって?』って、そう言われたんです。『静かに――』ですよ。

 あの日、私、どうかしていたのです。前の晩に、女の子が走り回って、あまりに煩いもので、流石にたまりかねて、お願いに行ったのです。お願いしただけです。決して、怒鳴り込んだ訳ではありません。『家内が病気で寝ているので、もう少し、もう少しだけで良いので、静かにしてもらえませんか』ってね。

 お隣の北城さんが、昔、管理人さんに騒音のことを相談したら、『子供は遊ぶのが仕事だ!』と言って、反対に怒鳴り込まれたって言う話を聞いていました。話の通じない人だと言うことは分かっていましたが、その通りでした。

『うちみたいな小さな子が、部屋の中を走り回ったって、体重が軽いんだから、足音が下に響くはずはないだろう! 騒音はうちじゃない』と言って、認めませんでした。でもね、子供の足音って、本当、意外に響くんですよ。

 結局、その夜は零時を回っても、足音が止みませんでした。あんな時間まで子供を起こして遊ばせておくなんて・・・うちへの嫌がらせだったのでしょうか。

 家内がね、眠れなくて、苦しそうだったものですから、私、ずっと傍にいました。家内がね、言うんです。『あなた、苦しいわ』って。でも、私には何もしてあげることが出来ない。あいつに何もしてあげることが出来なかったのです。

 家内の苦しそうな顔を見ていると、私はね。もう、自分のことなんて、どうなってもいい。家内に安らかな時間を、与えてあげたい。いや、与えなければならない、と思ったのです」三田は目を潤ませながら、滔々としゃべり続けた。

「三田さん、ちょっと――」と竹村が興奮を抑えようとしたが、三田は構わずに話し続ける。「夜が白み始めて、ようやく家内が寝息を立て始めました。ほっとしたのも、つかの間で、上から、またどたどたと子供の走り回る足音が聞えて来るじゃありませんか。

 私はね、もう、何もかもがどうでもよくなっていました。家内の安らかな寝顔以外、もう後はどうでも良かったのです。私は、私は――」

 三田は椅子から立ち上がると、「私は、私は――」と繰り返した後、白目を剥いて、後ろ向きにひっくり返った。

 取調室で気を失った三田敬一は最寄りの病院に緊急搬送された。検査の結果、過労が原因による体調不良だと言うことで、入院が決まった。

 体力の回復を待って、事情聴取が再開されることになっている。

 捜査員が三田の自宅に向かったところ、寝室のベッドの上に、冷たくなった妻、和子の遺体が横たわっていた。和子の死を看取り、三田は警察に自首をして来たのだ。

 和子は三田の手厚い看護を受けたからだろう。安らかな死に顔だった。

 自首して来た時に、三田が履いてきた運動靴から血痕が採取された。DNA鑑定が行われた結果、金本信吾、美紀、そして葉月のものであると鑑定された。

 三田敬一は、数日中に検察庁に送検されることになった。

 調べてみると、三田夫婦には苦難の歴史があった。一人娘を二十年前に無くしていたのだ。都内にある電気会社に勤務していたが、働き過ぎから来る過労死だったようだ。

 マンションで一人暮らしをしていたが、無断欠勤が続き、会社から連絡を受けた管理人が部屋で冷たくなった遺体を発見した。

 今ならマスコミでニュースとして取り上げられるような事件だが、当時は、新聞沙汰にすらならなかった。三田夫婦は会社から見舞金を受け取って、示談が成立している。そのお金で、蔦マンションを買ったようだ。

 その後、人目を避けるようにして、二人で肩を寄せ合って生きて来た。奥さんの病気で貯金が底を突き、生活にも困っていた。三田敬一が自暴自棄になっていたことは想像に難くなかった。

 三田敬一は料理が得意で、魚を自分で捌くことが出来たそうだ。細身の刺身包丁を持っていて、それが犯行に利用された凶器だった。村田が持っていたものだ。

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