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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
第一章「名探偵の死」
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罪⑤

 北城千穂の部屋を出たところで、竹村の携帯電話が鳴った。武部からの電話だった。

「はい。竹村です」電話を取ると、「大変なことになった。竹村、今、何処だ? 直ぐに戻って来い!」と耳元で怒鳴られた。

「か、係長、どうしたんですか? 今、犯行現場のマンションに来ています。それより、グッド・ニュースがあります。金本一家を殺害した真犯人が誰だか分かりました。今から、身柄の確保に向かうところです」

「犯人の確保? 一体、誰を確保するつもりなんだ?」

「三田敬一と言うこのマンションの住人です」

「三田敬一!? たぶん、その男だと思う。その男がたった今、西新井警察署に自首して来た。金本一家殺害の犯人としてな。竹村よ、至急、西新井警察署に向かってくれ」

「ええっ!」マンションの廊下で、竹村が悲鳴を上げた。

 ――三田敬一。

 蔦マンションの住人で、被害者である金本一家の真下の部屋に住む住人だ。

 事件の日、隣家の物音の異様さが気になった北城千穂は、恐々と廊下に面したドアを薄く開けて、外の様子を盗み見た。千穂の部屋はドアを開けると、マンションの中央にあるエレベーターホールの方向が見える。

 ドアの隙間から、エレベーターホールへと向かう男の後ろ姿が見えた。

 男が歩いた後の廊下に、薄っすらとだが、赤い靴跡が残っていた。その為、千穂は男が運動靴を履いていることに気がついた。怖くなって、慌ててドアを閉めたが、男の後姿に見覚えがあった。

 階下の住人、三田敬一のことはよく知っている。古くからのマンションの住人で、敬一の妻、和子とは近所のスーパーに一緒に買い物に行く間柄だった。

 ところが、一年ほど前、和子が癌を患っていることが判明し、闘病生活に入った。一緒に、買い物に行く機会は無くなってしまったが、和子のことは常に気になっていた。

 半月ほど前に、敬一とたまたまエレベーターで一緒になり、和子の病状が進み、余命が幾ばくも無いという話を聞いた。余生を安らかに迎える為に、近々、住み慣れたマンションに戻って来ると聞いた。

 その話を聞いて、エレベーターの中で、千穂は思わず涙した。敬一は「北城さん・・・」と呟いただけだったが、千穂に精一杯の感謝の目を向けていた。

 痩身で背が高く、きびきびとした動きから、廊下を歩いて行った男が敬一だと分かった。

 後日、金本一家が殺害されたと聞いた時、敬一が一家を殺害したのなら、動機は隣家の騒音だと思った。和子が元気だった頃、よく金本一家の騒音の愚痴を言い合っていたからだ。

「病院なんかで死にたくないと、残り少ない余生を送る為に、マンションに戻って来たのに、あの騒音でしょう。三田さんは奥さん思いの、温厚で真面目な方です。きっと、奥さんに安らかな最後を迎えてもらいたかっただけでしょう。それを、あの一家は・・・」千穂は憎しみのこもった目で竹村にそう言った。

 金本家の騒音で悩んでいたのは階下の三田家も同じだった。竹村は事情聴取で三田家を訪れている。老夫婦が寄り添うように暮らしており、確か、奥さんが重病だった。(時間が必要な人間は誰なのか?)を考えた時に、三田家のことがひらめいたのだ。

 その三田敬一が自首をして来たと言う。

「西新井署に向かうぞ」

「ど、どうしたのですか?竹村さん」事情の分からない吉田と木村は困惑顔だ。真犯人が誰なのか分かった。先ずは身柄を確保し、警視庁に戻って武部に報告を上げるのだと思っていた。

「詳しい話は車で――」

 二人は西新井署へと急いだ。

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