殺された相棒①
「これ、何です?」
思わず竹村が尋ねた。木村が額の脂汗を拭きながら答える。「山本さんが書き残したものです。小説――でしょうね。山本さんから、一度、若い頃、物書きになりたかったって、聞いたことがあります」
「これって、あの、蔦マンションの事件ですよね。実際に起こった事件を実名で、しかも、かなり詳細に捜査内容を記録してあります」しかも、竹村と吉田のたわいのない会話まで克明に記録してあった。
「ですね。これを世に出そうとしていたとは思えませんけど、これが山本さんのアパートの机の上にあったのです」
どうだろう? 木村はそう言うが、これだけ微に入り細に入り描いてあるのだ。いずれは、どういう形でか、この小説を世に出そうとしていたことは疑いないのではないか。
「机の上に?」
「この小説の中に、犯人を指し示すヒントが隠されているのではないかと思います」と木村が言った。
「この中に・・・」竹村は手に持った原稿用紙の束を「ほれ」と吉田に渡した。
名探偵、霜村陽昇という人物が小説の中では主人公だが、これは山本のことだろう。山本信彦は西新井署刑事組織犯罪対策課の刑事で木村の相棒だ。蔦マンションの事件では、竹村、吉田と一緒に殺人事件の捜査を行っている。
小説の中で「ヤマさん」と呼ばれているのは、山本という名前だからだ。
小説では、霜村陽昇が主人公となっており、捜査を主導しているように描かれているが、山本は竹村と吉田の捜査をサポートする立場で、黙々と二人の捜査を手伝っていることが多い。小説の中ほど饒舌ではなく、霜村陽昇の台詞の多くは竹村や吉田が言ったものだ。
その山本が殺害された。
知らせを受けた竹村と吉田は西新井署に飛んで行った。そこで山本の相棒、木村を捕まえて話を聞くことが出来た。
「何故、この小説の中に、犯人を指し示すヒントが隠されているとお考えなのですか?」と竹村が聞くと、「一昨日のことです」と木村が説明を始めた。
このところ、山本は仕事が終わると、直ぐに帰宅していた。恐らく、この小説を書く為だったのだろう。一昨日も仕事が終わると帰宅の途についたのだが、何時もと少し違っていた。
「どう違っていたのです?」
「何時もは、お先にと言うか、無言でさっさと帰ってしまうのですが、あの日は、『何時も悪いね。明日は、村田を追い詰めることができる、とっておきのネタを持って来ることができるかもしれないから楽しみにしていな』と言い残して帰って行ったのです」
「帰りがけに何処かに立ち寄ったのでしょうか?」
「私もそう聞いたのです。どこかに寄るのですか? って。でも、山本さん、バイバイと手を振って行ってしまいました」
昨日は無断欠勤だった。
「休むことは、よくあるのですか?」と竹村が聞くと、「とんでもない。ヤマさんが休むなんて。皆勤賞が俺の取柄だ――って言っていたくらいですから」
「仕事を終えてから、聞き込みか、現場確認か、何処かに向かった訳ですね。何故、一人で行ったのでしょう」
「それは――」と木村が口ごもる。「なんだか最近、妙に手柄、手柄って言っていて・・・今、考えると、この小説を書いていたせいだったのかもしれません」
小説の主人公になった気分で、実際に手柄を上げてみたかったのかもしれない。




