拾われた人間②
「松永さんは板倉松子と言う女性の家に下宿されていたと思います。下宿を尋ねたことはありませんか?」
「ああ、はいはい。松永は一人暮らしのお年寄りの家の二階に下宿していました。何でも、家賃が安かったので、そこにしたと言っていました。勿論、遊びに行ったことがあります。でも、まあ、部屋で騒ぐことが出来ないので、松永がうちに遊びに来ることの方が多かったですね。うちは六畳一間のアパートでしたけど、誰にも気兼ねが要りませんでしたから。バスケ部の仲間たちと徹夜で麻雀することもありました」
「板倉松子さんと松永さんの関係はどうだったのでしょうか?」
「良かったですよ。大家さんは一人暮らしで無用心なので、松永に部屋を貸していたようです。家賃が安かったので、松永の前に何人も下宿を申し込みに行った人間がいたようですが、皆、断られたそうです。人柄を見込んで、松永に部屋を貸したんでしょう。大家さんだって、女性の一人暮らしですから、変なやつに部屋を貸したりはしたくはなかったでしょうからね。
あいつ、とにかく、いいやつでした。直ぐに、大家さんと仲良くなって、『こっちにお婆ちゃんが出来たみたいだ』と言って喜んでいました。買い物をしてあげたり、病院に付き添ったり、端から見ると、ちょっと異常なほど、大家さんと仲が良かったですね。お年寄りの面倒を見ることが、全く苦にならないみたいでした。私にはあんなこと、とても無理です」そこで友井が笑ったので、竹村も「はは」と愛想笑いをした。
友井の話が続く。「そうそう、大学四年になったばかりの頃でしたね。あいつのお母さんが体調を崩して、仕送りがストップしたことがありました。松永は大学を辞めなきゃならないと、随分、落ち込んでいました。そんな時、突然、大家さんが亡くなって、赤の他人だった松永に、莫大な財産を残してくれたのです。日頃から、良い行いはしておくものです。松永の幸運を知って、素直に喜びましたよ。これで、あいつと当分、一緒にいられるってね。ちょっとくらいは羨ましかったですけどね。
松永は大学を辞めることなく、反対にお母さんに仕送りまですることまで出来ました。みんな大家さんのお陰です。でも、結局、お母さんは回復することなく、松永が大学を卒業してから直ぐに、亡くなったみたいです。それからですかねえ・・・松永がおかしくなったのは・・・」
「おかしくなった?」竹村が尋ねる。
「ええ。大家さんが亡くなって、遺産を相続した後、『ありがたい、ありがたい』って繰り返して言っていたかと思うと、『俺のような人間に・・・』と言って急に泣き出したりしました。情緒不安定って言いますか、兆候のようなものはあったのです。それが、お母さんが亡くなってから、急におかしくなりました。
大学を卒業したら、良い会社に就職して、お母さんを楽にしてあげたいと、何時も松永はそう言っていました。それが、急に天涯孤独になってしまったものですから、目標を失ってしまったのでしょう。
もともと、正義感の強い、いいやつでしたが、急に、『人の役に立ちたい。自分の一生は人の役に立つことに捧げたい』なんて変なことを言い出しました。
額までは聞いていませんが、相当な遺産を相続したようなので、働かなくても生きて行けるものだから、ボランティア活動に熱中し始めました。頼まれもしないのに夜中に町を見回ったりして、警官から職務質問を受けたことがあったようです。朝から晩まで、町のゴミを拾って歩いたりしていた時期もあります。ちょっと度が過ぎていましたね」
友井はかたかたと貧乏ゆすりをした。当時の松永に、苛立ちや嫉妬を感じていたのかもしれない。
「松永さんは一時期、保護司をなさっていました。そのことは、ご存知ですか?」
「保護司ですか? いいえ。大学を卒業してから、私は普通に就職して、サラリーマンとして生きて来ましたから。生活リズムが合わないと言うか、まあ、とにかく、あいつとは疎遠になってしまいました。
結婚して家族が出来ると、益々、縁遠くなりました。正月に年賀状をやり取りする程度の仲でしたね。保護司をやっていたと言う話は初耳です。保護司って言うと、未成年なんかの犯罪者の保護観察をする人のことでしょう?」
「ええ、そうです。では、亡くなる直前に、書生のような男が松永さんの家にいたことはご存知ありませんか?」竹村の質問に、友井はちょっと首をひねった後、「あ、ああ・・・確かに、いましたね。変な男が――」と答えた。そして、「あの年、年賀状に変なことが書いてあったので、妙に気になったのです」と言う。




