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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(一)「蔦マンション一家惨殺事件」
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蔦マンション一家惨殺事件⑤

――階下の住人なら物音を聞いているかもしれない。

 ひとつ下のフロアへと降りて行った。

 犯行現場の真下、三階の三○五号室には老夫婦が住んでいた。

 チャイムを鳴らすと、三田敬一と名乗る老人が顔をのぞかせた。七十前後だろう。白髪で、高い鼻梁が目立つ。痩身で背が高く、動作がきびきびとしており、年の割に壮健に見えた。若い頃に、スポーツか武道に励んだのかもしれない。

「マンションで何かあったのでしょうか?」三田が不安気な表情で尋ねるので、「上の階でちょっとした事件がありました」と曖昧に答えておいてから、「ところで、上の階の住人は、日頃から騒音が酷かったと言う話を聞いたのですが、お宅はいかがでしたでしょうか? 騒音が響きましたか?」と尋ねてみた。

「はい。確かに、お子さんが部屋を走り回る音が、しょっちゅう聞こえて来ました。時に足音が夜中まで続いて、眠れないことがありました」

「それで、騒音のことで、管理人に相談したり、直接、上の階の住人に文句を言ったりしたことはありませんか?」

「いいえ。同じマンションの方で管理人さんに相談したら、怒鳴り込まれたと言う話を聞いたものですから、私どもは怖くて、文句なんて言えませんでした」

 北城千穂のことだ。

「なるほど。我慢なされていた訳ですね」

「それに――」敬一は眉を顰めると、「うちは家内が病気で、病院と自宅を行ったり来たりしているような状況です。いえ、むしろ最近は入院していることの方が多いくらいです。ですから、気にならないと言ったら嘘になりますが、ここで騒音に悩まされることはめっきり減ってしまいました」と悲しそうに答えた。

 妻の看病で、病院に寝泊りすることが多いと言う。

「奥様がご病気なのですか? 今も入院されているのですか?」

「いえ、今は幸い、自宅に帰って来ております」

「ところで、今朝、七時頃だと思いますが、上の階で騒音を聞きませんでしたか? どたどたと激しい物音がしたと思うのですが」

「今朝ですか・・・そうですねえ、ほとんど毎日、煩いものですから、気になりませんでした。ですが、そう言われれば、何時もより激しい物音がしたような気がします」

「どんな物音でしたか?」

「何時も通りです。どたどたと子供が部屋を走り回る足音だったような気がします」

「足音ですか・・・何時頃でしょうか?」

「さあ、七時前だった様な気がします。昨晩は零時過ぎまで走り回っていましたからね。あんな小さな子を夜更けまで遊ばしているなんてね」三田が眉をしかめる。七時前なら、北城が聞いた物音と同じかもしれない。

「上の階の住人について、他に何かご存知のことはありませんか?」

「先程も申しましたけど、最近はマンションにいるより、病院にいることの方が多いものですから、詳しくありません。私どもは二十年以上、このマンションに住んでおりますけど、上の方は確か十五、六年前に引っ越して来られたのだと思います。

 もともと騒音がしていたのかもしれませんけど、当時はうちにも子供がいて、賑やかなものでしたから、気になりませんでした。騒音が酷くなったのは、ここ二、三年のような気がします。多分、結婚して、子供が出来てからだと思います。奥さんは水商売の方だとお聞ききしたことがあります」三田はそう言って、はたと口を噤んだ。

 余計なことを喋り過ぎたと思ったのだろう。そこからは「ええ」とか「まあ」としか答えなくなった。

 潮時だ。三田に礼を言って、聞き込みを終えた。

 両隣の部屋を訪ねてみたが、応答が無かった。平日の午前中だ。会社や学校に行っている時間だ。いくつか近所を訪ねてみたが、何処も留守だった。

 ここで、蔦マンションでの聞き込みはあきらめた。

 殺人事件の捜査なんて、華々しく見えるかもしれないが、実際はこういう地味な作業の繰り返しだ。

 私ならば、この時点で、犯人の目星がついていたのではないかって? そんなことない。犯人の目星がつくのは、事件関係者を一通り当たってからだ。まだまだ情報が不足している。

 だが、証言に少しでも矛盾があれば、そいつが犯人だと見抜く自信がある。

「外部犯の可能性だってある。マンションの周りを、少し、聞き込んでみよう」という話になった。

「そうですね。しかし、評判の悪い一家ですね」と吉田が言う。

「そうでもないさ。最近は子供を叱らない親が多いから、我儘な子は何処にでもいる」と竹村が答える。

「小さな子供が夜中まで起きているなんて・・・僕が子供の頃は、八時には強制的に寝かされていましたけどね。夜中まで起きていて良かったのは、大晦日くらいでした。それでも、零時まで起きていられなくて、炬燵で寝てしまっていました」

「ほう。ちゃんとしたご両親から立派な薫陶を受けて育ったようなのに、どうしてそんなにひねくれてしまったんだ?」

「親の薫陶を受けて、僕は立派に成人しました。竹村さんこそ、何処で人の道を踏み外してしまったんですか?」

「俺が人の道を踏む外しているって⁉」

「ダメですよ!暴力は――」吉田が走って逃げた。

 全く、愉快なやつらだ。

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