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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(三)「黙秘」
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立派なヤクザ③

「で、暴走族のメンバーがやって来て、どうなった?」

「おっと、話が脱線してしまったな。結局な、暴走族の連中を前に、大祐と松永さんの間で、離せ、離さないともみ合いになった訳よ。振りほどこうとした時、運悪く、大祐の腕が松永さんの顔面にヒットしてな、鼻血がどばっと出た。まあ、端から見たら、松永さんが大祐に殴られたように見えたはずだ。

 夜中にガラの悪い連中が、大挙して道端で騒いでいたもんで、近所の人が警察に通報した。そこで、ポリ公――おっと、これは失礼、警官が駆けつけて来た。暴走族の連中は尻をまくって逃げ出して、大祐と松永さんが残された。でもって、ポリ公、おっと、まあ、良いか。警察官が顔面血塗れの松永さんを見て、大祐を暴行容疑で逮捕したって訳よ。まあ、はずみとは言え殴ったことは間違いないから、冤罪とは言えないけどな。結局、松永さんは保護司をクビになって、大祐は立派なヤクザになったと言う訳よ」

 村田が「うふふ」と含み笑いをした。

 今が好機だ。「なるほどな。中丸大祐と松永さんの関係は分かった。お前は中丸から松永さんのことを、よろしく頼まれていた。ところが、中丸の復讐で服役している間に、松永さんは金本に殺害されてしまった。お前は、中丸への償いといして、金本一家を惨殺したと言う訳だ」ともう一度、問い詰めてみたが、「そろそろ、無駄話は終わりにしようか」と言って、村田は口を閉ざしてしまった。

「おい、また、だんまりか!?」

 折角、饒舌になった村田をこのまま黙らせる訳には行かない。焦った。隠し玉とも言える情報を村田にぶつけてみた。

「殺害現場に、お前以外、誰かいたんじゃないのか? お前は誰かに、金本一家を殺害する現場を目撃された。どうだ、違うか?」唾を飛ばしながら、問い詰めたが、村田は表情を変えなかった。

 村田が笑っているように見えた。

「いい加減、落としてみせろよ」、「俺が代わってやろうか?」

 このところ、そんな声が周りの捜査員から聞こえて来るような気がしていた。

 怒りで、我を忘れた。「お前のことだ。目撃者がいたとすると、それを生かしておくほど甘くない。ええっ、おいっ! 目撃者を、目撃者をどうした!? こ、殺したのか!」掴みかかろうとしたところを、「ダメです。止めて下さい!」と、また、後ろから木村が羽交い絞めにされた。

 事情聴取を終え、木村に「悪いな。本気じゃない。それに、あの野郎に強面な面を見せても、どうせ動じないに決まっている。無駄なことは分かっているんだ」と弁解した。

 そう全ては焦りから苛立っているだけだ。

「ヤマさん。僕の初めての捜査会議のこと、覚えていますか?」と木村が言う。

「お前の初めての捜査会議?」

「ほら。都内で何件もあった、あの連続強盗傷害事件です」

「ああ、あれか」

「捜査会議の席で、僕、容疑者の一人だった山之上の足取りを説明しなければならなかったのですが、上手く説明できなくて、もごもご言っていたら、聞こえないよとか、うすのろとか、ヤジが飛んで――」

「誰だ? ヤジ飛ばしたやつ」

「それは分かりませんが、そしたら、ヤマさん、急に立ち上がって、おいっ!うすのろって言ったのは、どこのどいつだ。うすのろとは動作は鈍いことを言うんだ! こいつは柔道の有段者だぞ。こいつに柔道で勝ってから言え! って怒鳴ってくれました。ムラケンさんが管理官をやっていて、止めるでもなく、苦笑いしていました」

「そんなこと、あったっけ」

「ありました。僕、その時、この人について行こう。この人について行けば間違いないって思ったんです」

「はは。褒められて悪い気はしないな。実は――」と私は昔の話をした。「子供の頃、ノロちゃんっていうあだ名で呼ばれていた時期があった」

「ノロちゃん?」

「うすのろのノロちゃんだ。子供の頃は結構、ぽっちゃりした体型でね。トロ臭かったから、そんなあだ名がついた。でも、そのあだ名が嫌でね~」

「それはそうでしょう」

「それで、うすのろの意味を調べてみたりした。頭の働きが鈍くて、動作が遅いことを指すらしい。お前と違って、私、運動は今一つだからね。その点、合ってはいるんだが、頭の働きは鈍いとは思っていない」

「ヤマさんは頭脳明晰です」

「だから、うすのろっていう陰口を聞いて、とっさに腹を立てたのだと思う。子供の頃の記憶が蘇ってね。お前の為に怒ったんじゃないかもな」

「それでも嬉しかったですよ。大丈夫ですよ。ヤマさんなら。あれだけ無言だった村田が、今日は話をしたじゃないですか。あと一息ですよ、焦らずに頑張りましょう」

 木村はぐっと拳を握って見せた。

「お前の言う通りだよ。今日は成果があった。共犯者がいたとは思えないから、目撃者の線だな。その片が突破口になりそうだ」

 事件はまだ終わっていない。そんな気がした。

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