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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(三)「黙秘」
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取り調べ②

 村田の取調べが始まった。

 取り調べを担当するのは、引き続き私だ。功労者の特権だ。「村田勇さんですよね? そろそろ、名前くらい教えてもらえませんか? あの日、押収したあなたの所持品から、金本信吾さん一家殺害に関する証拠が見つかりました。衣類や包丁についていた血痕が、金本さん一家のものと一致したのです。金本さん一家を殺害したのは、あなたですよね? 何故、彼らを殺害したのですか?」

 同じ質問を何度も重ねていた。

 取調べが始まって一時間が経過していたが、村田は一言もしゃべらなかった。表情ひとつ変えない。毅然と前を向いたまま、背筋を伸ばして、端然と座り続けていた。

「相変わらず、だんまりですか。困りましたね。では、質問を変えましょう。松永典久さん、ご存知ですよね?」山本は戦法を変え、切り札を出すことにした。

「・・・」相変わらず押し黙ったままだが、初めて村田の視線が動いた。

「ほう、ご存知のようですね。松永家で発見された証拠から、我々は金本信吾が松永典久さんを殺害したものと考えています。あなた、松永さんが金本に殺されたことを知っていたのではありませんか?」

「・・・」村田は答えない。口元を固く結んだままだ。だが、表情が固い。

「やっぱり答えてくれませんか? では、私から一方的にしゃべらせてもらいます。松永さんは一時期、保護司の仕事をなさっていた。最初に保護司として面倒を見たのが、中丸大祐と言う若者でした。村田さん、ご存知ですよね? 中丸大祐です。当時のあなたの仲間で、しかも、舎弟のような存在だった」

 相変わらず黙秘を続けたままだったが、中丸大祐と言う名前を聞いて、村田は一度、深呼吸をしたように見えた。反応ありだ。「村田さん、あなたは中丸大祐を通じて、松永さんを知っていたのではありませんか? あなたと松永さんは親しい関係にあった。あなたと親しかったとすると、松永さんは犯罪に手を染めていたのかもしれませんね。あなたが松永さんを悪の道に引きずり込んだ。違いますか? ところが、あなたが、武藤高士を殺害して服役している間に、松永さんは金本に殺されてしまった。松永さんは資産家でしたから、恐らく、金目当ての犯行でしょう。出所後、そのことを知ったあなたは、松永さんの復讐を誓った。そして、金本のマンションを監視できるアパートに住み、やつを監視し、隙をうかがい、殺害した。違いますか?」

 調べ上げた事実を畳み掛けてみたが、村田は答えなかった。

「何故、金本だけではなく、関係のない奥さんやお子さんまで手にかけたのです? 金本の娘はまだ三つだったのですよ! いくら松永さんの復讐のためだったとしても、女子供まで手にかける必要はなかったんじゃないのか!?」

 今度は強い口調で詰問してみたが、やはり村田は答えなかった。

「そうか、何も教えてくれないのですか。困りましたね。いいですか、あなたがやったと言う証拠はそろっているのです。例え、黙秘を続けたとしても、金本一家殺害の罪で、あなたを起訴することが出来るんですよ!」

「・・・」

「いい加減にしろっ!」

 ばん! と机を叩いて立ち上がった。隣で木村がびくりと体を震わせるのが分かった。だが、村田は動じなかった。長いムショ暮らしで強靭な精神を築き上げてきたのだ。背筋を伸ばし、前を見つめたままだった。

 今度は無言で村田を睨みつけた。だが、村田は動じない。手を替え、品を替え、責め立ててみたが、無言を貫かれた。敵ながらあっぱれ、たいした、やつだ。

 時間だけが空しく過ぎて行った。

 結局、無言のまま事情聴取を終えた。

「こりゃあ、お手上げだな。相手は百戦錬磨のヤクザだ。自分の不利になることは、しゃべらないつもりだ」つい愚痴が出てしまった。

 事情聴取を終え、ずっしりと圧し掛かるような疲労を感じていた。

「そうですね。見ているだけで、疲れました」と木村が言う。

 取調室には張り詰めた空気が漂っていた。そこにいるだけで、体力を消耗してしまう。

「やつは金本一家殺害に使用した凶器を持っていた。言い逃れは出来ないはずだ。このまま黙秘を続けても、起訴を免れないことを、やつは分かっているはずだ。それなにに、何故、口を割らない・・・」

「何を考えているのでしょうか?」

「ひょっとして・・・」

「ひょっとして、何です?」

「いや。何でもない」

 口にするのが嫌だった。村田が犯人ではないのではないかという疑問を認めるような気がしたからだ。何故だろう。その時、ふと、こいつ、何かを待っているんじゃないかと思った。村田が何かを待っている。馬鹿な。そんなはずない。やつが犯人だ。

 私は自分で自分の考えを激しく否定した。

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