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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(一)「蔦マンション一家惨殺事件」
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蔦マンション一家惨殺事件④

 さて、ここからは竹村たちと手分けして聴取した住人の証言を書き記そう。私が聴取したものもあれば、竹村と吉田から聴取した内容を教えてもらったものもある。

 隣の六号室には老婦人が一人で住んでいた。北城千穂と表札にあった。

 未婚なのか、連れ合いを亡くしたのか、一人暮らしの様だった。六十代だろう、小柄な上に、目も鼻も口も小ぶりだな女性だ。ショートカットで、耳だけが大きい。薄いブルーのシャツに、ジーパンと言う若々しい恰好だった。

「警察の方が大勢、いらっしゃっていますけど、お隣で、何かあったのですか?」と千穂は心配顔で尋ねた。

「ちょっと事件がありました。今朝の六時から八時くらいの間に、お隣から激しい物音が聞こえたとか、人が争う声が聞こえたと言ったようなことは、ありませんでしたか?」と尋ねると、「ええ、ございました」とあっさり頷いた。

「どんな物音が聞こえたのですか?」

「はい。ドタン、バタンともの凄い音がして、女の子が泣き叫ぶ声が聞こえました」

「人が争うような音ですか?」

「ええ、まあ、そうです」

「それで、警察に通報しようとは思わなかったのですか?」

「それが・・・何時ものことでしたから」と北城は力強く答えた。

「何時ものこと?」

「はい。娘さんがお家にいる時は、それはもう、毎日が運動会みたいなもので――」

 どうやら隣家の騒音に悩まされていたようだ。精神的に不安定なのか、娘は金切り声を上げることが多く、時に、一時間近く、愚図り続けることがあったらしい。幼稚園に通い始めるようになって、日中、静かな時間が出来るようになったが、それまでは、それこそ、朝から晩まで騒音に悩まされたと言う。

「それにね、ドア。うちはこんな作りでしょう。ですから、お隣さんのドアを開け閉めする音が、響くんです」と言う。

 金本家の人間は出入りする度に、激しい音を立ててドアを閉める。北城曰く、「マンションが揺れるほどの衝撃だった」そうだ。

「マンションが壊れるんじゃないかと思う程の勢いで、ドアを閉めるんですよ。女の子の泣き声が酷いし、最近は、ほら。幼児虐待とか、色々あるじゃないですか。それでね、一度、管理人さんに相談したことがありますの」

 マンションの一階に管理人室がある。マンションに入る時に会ったが、上田誠司と言う眼鏡を掛けた小柄な中年男性が管理人として常駐している。気が小さいのか、話をしている間、始終、きょろきょろと眼鏡の奥の目を忙しく動かしていた。

 見た目とは裏腹に、仕事はきっちりとするタイプらしい。北城から相談を受けた上田は直ぐに金本に苦情を伝えた。

「そうしたら、あなた。いきなりお隣さんが、怒鳴り込んで来たのよ」

 北城は両腕を胸の前で抱えて、怖そうに震えて見せた。

 管理人から注意を受けた金本信吾は不満やるかたないと言った表情で、北城の部屋に怒鳴り込んで来た。「小さな子供は泣くのが商売だろう。それが煩いなんて、あんた、それでも人間か!? 世間じゃあ、少子化、少子化って、やかましく言っているのを知らないのか? 子供は国の宝なんだよ。ドアの音が煩い? マンションが壊れる程の音だって? 自分の家に出入りするのに、何をこそこそしなくちゃならないんだ! 俺は大枚を叩いて、このマンションを買ったんだ。このマンションをどうしようが、俺の勝手だ!」

 金本はそう玄関先で怒鳴り散らしたらしい。

「もう怖くて、怖くて、生きた心地がしませんでした。正直、もうお隣さんとは係り合いになりたくありません。だから、朝からどたばたと物音がしていても、何時ものことだと思って気にしませんでした」

 そういう経緯があったのなら、物音を聞いて北城が通報しなかったことも頷けた。

「物音がしたのは、大体、何時くらいですか?」

「そうねえ。朝のニュースを見ていた頃だと思うので、七時くらいじゃないですかね? 最近は物騒な事件が多くて、ほら、この間も――」

 北城は最近、世間を賑わせている顔の肉をそぎ落とされていたと言う殺人事件の話題を始めた。

 七時前後なら死亡推定時刻と一致している。犯行時刻と見て間違いなさそうだ。

 話題が世間話になってしまったので、北城に礼を言って、四○六号室を後にした。確認の為に、反対側の四○四号室の住人からも、話を聞いておこうとしたが、生憎、留守だった。

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