取り調べ①
乗っていた自転車は盗難車だった。
現場で押収した証拠品は、鑑識に回された。ゴミ袋の中から、凶器の包丁と一緒に、フード付のパーカー、濃い茶色のスラックス、そして血痕と思しき赤い液体の付着したタオルと手袋が見つかっている。パーカー、スラックス、手袋から血液反応が出た。
早速、DNA鑑定が行われた。DNA鑑定により、血痕が金本一家のものと一致すれば、殺害の実行犯として村田勇は再逮捕されることになる。
村田は西新井署に連行された。私は村田の取調を任された。村田の存在に目を付けたのは私たちだ。取調官としての指名は当然だった。
「名前くらい、教えてもらえませんかね? 村田勇、それがあなたの名前ですよね?」
「・・・」村田は沈黙を貫いていた。
逮捕の瞬間から、貝のように口を閉ざしたまま、一切の質問に答えようとしなかった。正面を見据えたまま、微動だにしない。
(こいつ、相当なタマだな・・・)
舌を巻く思いだった。村田の威風堂々たる態度を見ていると、覚悟のほどが分かるような気がした。そして、(こいつだ。こいつがやったに違いない。金本一家を殺害したのは、こいつだ)と言う声が、頭の中でこだましていた。
自転車の持ち主は田端在住の学生で、三日前、通学時に田端駅前に駐輪した際に、うっかり鍵をかけ忘れてしまった。その日の夕方、授業を終えて駅に戻ってみると、自転車が消えていた。村田が盗んだのか、そうでなければ、乗り捨てられた盗難自転車を拝借したのだろう。
無言の取調べを終えた後、「しゃべりませんね?」と木村が言った。そう言う木村自身、相当、無口だ。
「ああ、でも、今は黙っていてくれた方が助かる」
DNA鑑定の結果が出るまで、時間稼ぎをしたかった。自転車の盗難について取り調べをするつもりは無かった。
DNA鑑定の結果を待っている間、村田のアパートの家宅捜索が行われた。
証拠品がざくざく出て来ると思われたが、証拠品どころか、家具さえほとんど無い。あまりの物の少なさに、大挙して押し寄せた鑑識官は暇をもてあました。犯罪に関連するものと言えば、金本一家の様子を伺っていたのだろう、双眼鏡が見つかったことくらいだった。村田の部屋の窓から、金本家のベランダが丁度、真正面に見えた。
台所の引き出しから短ドスと呼ばれる短刀が発見された。だが、短ドスから血液反応が見られず、犯行に使用された形跡がなかった。何故、短ドスを使わずに、凶器として刺身包丁を使用したのか謎だった。
更に、捜査員を困惑させたのが、部屋から運動靴が見つからなかったことだ。
犯人は犯行時、運動靴で現場を歩き回っている。被害者の血痕を踏んでしまい、下足痕が残っていることに気がついて、タオルで拭いて回った形跡があるのだ。部分的に残っていた下足痕を合成することにより、運動靴の靴跡であることを科捜研が突き止めていた。
当然、村田の部屋から運動靴が見つかるものと思われていた。だが、無かった。
「どういうことなんでしょう?」木村が不審顔で尋ねる。
「さあな。だが、やつが犯人であることは間違いない。運動靴は既に処分してしまったんだろう。例えば、ほら、レストランなんかで靴を脱ぐ店があるだろう。そういうところで、間違えたふりをして靴をすり替えたとか」
逮捕当時、村田が履いていたのは革靴で、当然、下足痕は一致していない。運動靴だけ、個別に処理してしまったのだろうが、何故、その時、凶器の包丁やタオルを一緒に処分してしまわなかったのか疑問だった。
村田逮捕から二日後に、やっとDNA鑑定の結果が出た。
――タオル、手袋から見つかった血痕のDNA鑑定を行った結果、金本信吾のものと一致した。隠し持っていた刺身包丁は金本一家殺害で使用された凶器の形状と一致し、包丁からは金本信吾、美紀、葉月の血痕がそれぞれ検出された。
「おおおっ――!」DNA鑑定の結果を聞いた捜査員が、地鳴りのように、どよめいた。
「やりましたね!」日頃、無口な木村でさえ、興奮している様子だった。
「ああ、これで決まりだ。やつを金本一家殺害容疑で再逮捕出来る」
こうして、村田は金本一家殺害容疑で逮捕された。言うまでもないことだが、村田に目を付け、張り込み、逮捕したのは私たちだ。
竹村から電話があった。「ご苦労様でした」と苦労をねぎらってくれた。「いえ、これも君たちのお陰だ。今度、飲みに行こうや、タケちゃん。いや、パーフェクト殿下」と言うと、「やめてくださいよ」と苦笑いしていた。
電話の後、椅子の背もたれのもたれかかり「ふむ・・・」と考え込んだ。
木村が不審そうに尋ねてきた。「考え事ですか? DNA鑑定で被害者の血液が出たのですから、金本一家殺害事件の犯人は村田で決まりです。どうしたんです?」
「まあ、そうなんだが・・・」
「何か、引っかかることがあるのですか?」
「何だろう? 大事なことを忘れているような気がする。でも、それが何か分からない」
何かが引っかかった。痒いところに手が届かない。そんな感じだ。犯人を確保した後に感じる喪失感とでも言えば良いのだろうか。




