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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(二)「消えた篤志家」
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緊急逮捕④

 都会の夜は漆黒の闇とは無縁だ。

 木村は前方を見つめたまま微動だにしない。目を凝らして観察しているように見えるが、意外に頭の中では俳句を練っているのかもしれない。

 夕食はまたコンビニ弁当で済ませた。

 割り箸と一緒についてきた爪楊枝を胸ポケットに仕舞うと、木村がちらと視線を投げかけてきた。不衛生だと思っているのだろう。悪い癖だが、止められない。

 アパートから出てくる人影が、暗闇越しに見えた。男だ。

――来た! やつだ。やつに違いない。

 車内に緊張が走った。

 人影は路上に出てくると、さり気なく周囲をうかがった。路上に駐車してある車に気がついたのか、車とは反対方向へ歩き始めた。

「気づかれるなよ」小声で木村に囁くと、音を立てないようにドアを開けて外に出た。木村が後に続く。人影と距離をとりながら、跡をつけた。

 後姿を観察する。右肩が若干上がっている。村田だ。手に黒っぽい袋のようなものを提げていた。

 証拠を捨てに行く気だ。そう確信した。家宅捜索を前に、証拠を始末するつもりなのだ。

「押さえますか?」木村が囁く。

「焦るな。やつが証拠を捨てるのを待って捕まえるぞ」

 袋のねずみだ。村田に逃げ場はない。焦る必要はない。証拠を捨てるのを待って、中味を確認し、身柄を確保すれば良い。

「うん?」先を歩く村田が急に道端で立ち止まった。何かをしている。街灯の灯りが届かない場所で、はっきり見えない。嫌な予感がした。

 村田との距離を詰める。

 突然、村田が動いた。何と、道端に停めてあった自転車に乗ろうとしていた。たまたま放置してあっただけなのか、それとも予め準備してあったものか、路上の自転車に乗って逃走を図ろうとしていた。

 私は一瞬で理解した。鍵のかかっていない自転車が、たまたま路上に停めてあったとは思えない。予め自転車を盗んで、逃走用に確保しておいたのだ。

「しまった!」夜間だ。路上に車両の通行はほとんどない。逃げ切られてしまう。

「待て!」

 木村に「車だ。お前は車を取りに戻れ!」と命じて、走り出した。

 村田は力強くペダルを踏み、自転車を漕ぎ始めた。暗闇に乗じて、小回りの効く自転車で逃走されると厄介だ。

 日頃の運動不足が呪われた。みるみる距離が開いて行く。木村はまだ車に向かって走っている最中だ。村田はぐんぐんスピードを上げて行った。

 村田を追って走り続けたが息が切れた。村田は悠然と走り去って行く。

「ちきしょう! あの野郎」

 村田は背中が小さくなって行く。

 きっと、やつはほくそ笑んでいたはずだ。気が緩む、その一瞬を狙っていた。前方が光に包まれる。その眩しさに、目がくらんだのか、村田は片手を上げて光を遮ろうとした。

「村田、自転車を降りろ!」

 車が停まっていた。煌々とヘッドライトを照らし、村田の行方を遮っていた。

 自転車がブレーキをかけて止まる。

 車の傍らにいた大男が村田に駆け寄って、自転車から引きずり下ろすと、地面にねじ伏せた。

 車から別の人影が現れる。

 竹村と吉田だ。全ては作戦だった。我々はわざと村田の目に留まるように振舞い、やつの注意を引く。囮となってやつを油断させるのだ。そして、別動隊として待機していた竹村と吉田がやつを捉まえる。上手く行った。

 村田は抵抗しなかった。

「ゴミ袋の、中味の確認をお願いします」竹村が言った。

 村田は黒いゴミ袋を手に、自転車を運転していた。ゴミ袋を奪い取る。村田は無言のまま抵抗しなかった。

 ゴミ袋を覗き込む。思わず、「うむむ!」と声が出た。

「何が入っているのですか?」太い腕で村田の首根っこを押さえながら、竹村が尋ねた。

 指紋が残らないように手袋をはめてから、ゴミ袋の中身を確かめた。「服だな。フード付の服にズボン、防犯カメラに映っていた男が着ていたものと同じもののようだ。おっ、それに、これは・・・血のついたタオルに手袋だ」

 ゴミ袋からタオルを取り出すと、真っ赤に染まっていた。

「おや、タオルで何か包んでいる」

 タオルは細長く丸められていた。慎重にタオルを広げる。すると、中から細身の包丁が出てきた。べっとりと血で染まっている。

「包丁、これは凶器の包丁だな。金本一家を殺害した凶器に違いない! 竹村君。逮捕だ!」思わず興奮して叫んでしまった。

「村田勇。金本一家殺害の容疑で逮捕する!」

 竹村が手錠をかけた。村田はその場で緊急逮捕された。

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